公徳心(17)認知発達と社会人
認知発達を考える上で、道徳性発達段階(コールバーグ)と社会性視点取得(セルマン)は欠かせません。共に、年代に応じた段階があるので、以下の表のように相互に照らし合わせることができます。
上記の表を参考にしながら「社会人」はどうあるべきか、私は私なりの解釈でこう考えます。
段階4は”守”、段階5は”破”、段階6は”離”。新卒社員は段階4からのスタートで、中堅社員は段階5以上が必須。管理職は段階6まで発達したもの。つまり社会人の成長には認知発達が大切で、その成長欲求が社会人の嗜みと考えています。
段階3以下は褒められたい、罰を逃れたい、良く見られたい、という幼い道徳観。発達過程なら(自分の欠乏を補完する)欠乏欲求、発達の逆行過程なら(究極的には胎児に戻ろうとする)退行欲求と言われます。これは社会人として頂けないレベル。
先日の記事で、仙台市民読本で仙台人は「公徳心が甚だ幼稚」と評されていたことをお伝えしました。
公徳心は中学校の道徳の授業で学ぶもので、道徳発達では段階4で芽生え始めるもの。すなわち公徳心が幼稚な成人とは、発達段階は3以下で退行欲求に支配されている状態となります。
そういう人が仙台に多いと評されたのが昭和10年代。今はどうかというと…、今も確かに多いかもしれません。
多分、周りがみんなそうだから自覚してないし、自覚したところでどうしたらいいかわからないでしょう。
それはとても気の毒だと思っているのですが、いくら慎重に触れても傷を負うので、もはや手に負えなくなりつつあります。