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『恋愛社会学』が気になる人のためのnote:④ 上岡磨奈×永田夏来×高橋幸──アイドルへの「ガチ恋」って、結局なんなの?

この記事は、10月7日にナカニシヤ出版より発刊された『恋愛社会学:多様化する親密な関係に接近する』の刊行にあたって、著者の1人である上岡磨奈、編者である高橋幸永田夏来がスペースにて行なった雑談を記事化したものです。同書は先日、紀伊國屋じんぶん大賞2025にて13位にランクイン!増刷も決定し、絶好調です。

また今回から、必要だと思われる箇所には注釈を入れました。

恋愛に関心がある方、アイドルに関心がある方、誰でも気軽にお読みいただけると嬉しいです(少し長いですが……)。

文字起こし/編集/注釈:小阿瀬達基

これまでの記事はこちらから。

また、こちらは今回のゲストである上岡さんが当事者として「ガチ恋」者の葛藤と苦悩を書かれたnoteです。併せてお読みください!


スペースって、難しいですよね。

※ 一度スペースを立てたのですが、落ちてしまいました。

永田:OK、もう大丈夫。ごめんごめん、なんかさっきおかしなことになってたわー。

高橋:よかったですー。みんな来て……ない。

永田:磨奈さんどうなった?あ、来たね。よしこれでいけるはずだ。

上岡:どうでしょう?

永田:良かった。なんかこっちがね、うまくいってなかったです。申し訳ないです。

上岡:難しいですね。

永田:そうなんです……上岡さん、どうもどうも。

上岡:こんばんはー。よろしくお願いします。

高橋:よろしくお願いします。

上岡:お願いします。

永田:さっき聴いてくれてた人たちが全然帰ってきてないからね。ちょっと心配……。

高橋:悲しい。

永田:私が焦って閉じちまったからね。いろいろ頑張ったんだけど、駄目な感じで。スペースは難しいよね。

高橋:大変でしたしね。

永田:いやー、本当にそう。今日はいわゆる親族の不幸ってやつで1日ゴタついてまして、ずーっと移動してました。

高橋:そうだよね……そしたら、みんな戻ってきてないですけど始めますか?

上岡:今やってるスペースを、さっきの落ちちゃった方のリプライにぶら下げるのはいかがでしょうか?

永田:それだな、賛成。ぶら下げておきます。

高橋:いけます?

永田:大丈夫です。

高橋:さっきの、20人ぐらいリスニングしてくれてる。

永田:そうなんだよー……はい、立て直しましたっと。

「ガチ恋」の意味が多すぎる!

高橋:上岡さん、お久しぶりですー。

上岡:お久しぶりです。だいぶお会いできてなかったので……いろいろ情報交換をさせてください。

高橋:研究会とかもねー、なかったですし。で、今日はアイドルへの「ガチ恋」についてじっくり聞かせていただくと。

永田:あの、本当にしょうもないとこからなんですけど……これは「ガチこい」で良いのね?「ガチれん」じゃないよね。

上岡:はい。「ガチこい」です。

永田:ですよね?発声したことがなかったから……わかった。そしたら、早速10章の著者解説をお願いします。

上岡:『恋愛社会学』の10章を担当した上岡磨奈です。「アイドルに対する恋愛感情を断罪するのは誰か──「ガチ恋」の苦悩に向き合う」というタイトルですね。要は「アイドルに対する真剣な恋愛感情」って、よく物笑いの種になったり、目を覚ました方がいいと説得されたり……ポジティブなものとして受け取られることがほとんどないと思うんですよ。

けど、それって何でなのか?と。周りから「もっと身近に好きな人を作った方がいいよ」とアドバイスされるのってよくあることだと思うんですよ。アイドルに限らず。ただ、相手がアイドルになると、すこし言葉選びが難しいですけれども……「ヤバいやつ」とされることが多くて。じゃあ実際、本当にヤバいのかと。ヤバいんだとしたら、なんでヤバいのか?とかってあんまり検討されていないと思うんですね。今回、ふちりんさん*1という方へのインタビューもさせていただいて、要は当事者目線で「本当に、アイドルに対して恋愛感情を抱くというのはやばいことなのか?」っていうことを少し丁寧に……分析、とまではいかないですけど、素描してみました。

「ガチ恋」……アイドルに対する恋愛感情の話をすると必ずと言って良いほど出てくるファン用語でもありますし、フィクションの中でも「ガチ恋」っていう言葉でその辺の事情が描かれたりとか、作品タイトルになったりもしている*2ので、アイドルに詳しくなくても何となく「ガチ恋」って言葉だけは知っていて、「ガチ恋=ヤバいアイドルファン」みたいな構図が出来上がってしまっている、っていうのが現状としてあります。

ただ、アイドルに対する恋愛感情を「ガチ恋」という言葉で表現するのがそもそも適切なのか?という問題があるんですよね。

10章ではそこにも触れていて。「ガチ恋」って言葉がどうも上手くフィットしないケースや、その言葉がいつから出てきたのか、といったことについても書いています。要は「ガチ恋」という言葉に託されている意味、表されている現象がわりと多様で、単にアイドルに対する恋愛感情、それも一方的な恋愛感情だけを表すってわけじゃないんですよね。今日はそのあたりも話しつつ、ぜひ10章をお読みいただければと思います。

あと、最初にお伝えしておきたいのが「ガチ恋」って言葉が意味している現象や事象は、私が10章を書いた段階から今に至るまでにも既に変わっちゃってるんですよね。変わるというか、そこから想像される現象が追加されてる……より違う方へ移行していっている状況があります。なので「ガチ恋」の現在についても、このスペースでは話したいと思ってます。

*1 ふちりんさん
モーニング娘。の元メンバーである石川梨華に「ガチ恋」しているオタク。そのことによる葛藤、第三者から受ける誤解や偏見などの困難について長年ブログ等で発信。今回、『恋愛社会学』第10章で上岡さんのインタビューに協力。

*2「ガチ恋」が作品タイトルになったりもしている
星来『ガチ恋粘着獣 ~ネット配信者の彼女になりたくて~』(コアミックス)のこと。
ネット配信者グループ「コズミック」のメンバー、スバルに「ガチ恋」している大学生の雛姫。あるとき、彼女のもとへダイレクトメッセージが届く。それに従って待ち合わせ場所に行ったことで、人生が急転し──という漫画。先日、最終回を迎えた。

永田:素晴らしい!もう面白さしかない。

上岡:本当ですか。これ、全然面白いかどうかわからなくて。

高橋:いやいやいや。面白いです。アイドルへの恋を「疑似恋愛」って言われるのは心外だ、っていうふちりんさんのインタビューがあって。「これは本当の恋愛感情なのに、なぜ「疑似」だと言われなきゃいけないんだ」っておっしゃってたのがすごく印象でした。本当にそうだよなー、って。インパクトのあるご論考でした。

上岡:ありがとうございます。もしかすると、いま「疑似恋愛」と言われているものは「疑似両思い」って呼ぶ方が良いのかなとも思ったんです。アイドルの演出で想定されているのは、お互いに恋人として思い合っている……というような状況を描き出す「擬似両思い」なのでは?みたいな。

高橋:あー。

上岡:だとしても、誰かの真剣な恋愛感情を否定することにはなりますし……10章では書ききれなかったんですけど、私が去年出した『アイドル・コード:託されるイメージを問う』という本でも、疑似恋愛については1章分割いていて。

そこで書いたんですが、ファンからアイドルに対する感情だけでなくて「アイドルからファンに対する感情」もかなりいろいろあると思うんですよ。距離感によっても違うし、そのアイドルないしファンのスタンスによっても全然違うと思うんですよね。言ってしまえば人によって違うというか。そう考えると「疑似両思い」についても、疑似ってつけるのはちょっと違うんじゃないか?と思うところがあります。

高橋:あー、なるほど!「疑似両思い」という新たなワードが来まして、私は今一瞬にして頭をガーッて働かせたんですけど(笑)……一方で「疑似両思い」という言い方も「なんで擬似なんだ?」ってなりますよね。やっぱりモヤモヤは残るっていう。

上岡:恋人的な演出だっていうのはよくわかるし、それはアイドルのパフォーマンスにおける魅力の一つだと思うので、全くもってそれを否定するわけではないんですけれど……その感情を「疑似」とされちゃうと「それは誰が決めてるんだ?」って感じにはなりますよね。

高橋:やっぱり、人の感情に対して第三者が「それは疑似で〜」とかっていうのは、完全におかしい感じがします。

上岡:そうですね。よく「同性を好きになった」ってことを人に相談すると「多分すぐ冷めるよ、今だけだよ」みたいなことを言ってくる人がいるわけですけど、ちょっとそれに近いのかなと思って。誰かが勝手に「それ嘘だよ」って決めてくるみたいな。

高橋:なるほど。それと、ふちりんさんの「ガチ恋」の定義を読んでいたら……人によっていろんな定義があると思うんですけど、ふちりんさんの場合は「付き合えることの可能性」を信じ続けることがガチ恋で、いわゆる独占欲がないのはガチ恋とは呼ばない、ということなのかな?と思ったんですけど、そこはどう考えますか。

上岡:確かに「アイドルを好きだ」っていう気持ちに独占欲が含まれてる人と、そうじゃない人がいて。独占欲があるからといって、必ずしも恋愛感情があるわけでもない……みたいな。

高橋:そこ、切れるのか。なるほどね。

上岡:あることの方が多いとは思うんですけどね。このまえ聞いた話で、自分の好きなアイドルに恋人がいることがわかったと。で、そのこと自体は嫌じゃなくって、その人が幸せなことは嬉しいと。けれども、自分もそのアイドルのことがすごく好き。周りから見ても、すごく熱心に好きで、叶うなら個人的に付き合いたいって気持ちがありそうに見える。

けど「そのアイドルが恋人と幸せにしてること自体も嬉しい」って気持ちが両立している、って話をちょうど聞いて。あぁ、そのパターンもあるなと。

高橋:重要な話ですね。個人的に付き合いたい!と思うガチ恋もあれば、そうとは限らないガチ恋もあるってことですよね。

上岡:好きだけど付き合いたくはない、ってガチ恋はなんだかよくわかんないですけど……一回、整理しますね。「ガチ恋」って言葉には「本当に好きで、付き合いたい」という人だけでなく「この関係は疑似的なものだ」と認識した上で、恋愛ごっことして熱烈な気持ちをアイドルに抱いている人も含まれる。加えて「真剣にアイドルが好きなんだ」ってことを、ポーズとして見せる……ファッションガチ恋的な人もいるし。

あとは、好きなアイドルが異性と近いところにいることやパートナーの存在を明らかにすることについて、すごくモヤモヤした気持ちを抱いてるけど、別に自分が付き合いたいわけじゃないんだよね、みたいな人もいて。それらが全部「ガチ恋」って表現されたりするので「ガチ恋」って素朴に使っちゃうと、何を話してるかちょっとわかんなくなっちゃう。

高橋:あー、めちゃくちゃ重要。

上岡:難しいんですよね。だからもっと「アイドルに片思いしている人」とか、ケース分けしていくのが良いのかなと今は思っています。

永田:めちゃくちゃわかるわー、それ。自分の気持ちもいろいろ整理できる話だ……。

高橋:めっちゃ勉強になった。なんか、グラデーション的に整理したい。社会学者ってすぐ理念系で整理したがるからさ、それがしたくなってる(笑)。

上岡:私は全然社会学者じゃなくて……いや、社会学者ぶってるのに社会学者じゃないなんて何たることだって話なんですけど。お二人と「今日、何のお話しますか?」ってなったときに「社会学の研究を始めたきっかけ」とか「おすすめの本」とかって話を最初聞いて、そんな話は多分できないと思って。

私は、社会学なら自分の知っていることをもっと丁寧に分析できるはずだから、私の限界レベルでアウトプットして、もっと優秀な方に今後の研究の糧にしてもらおうっていう気持ちなんです。私の話を聞いて「これはこの理論に当てはめるともっと分析できるな」と思った人はぜひやってください、という。

高橋:そうなんですね。上岡さん、ビシバシ鋭い話を出してくるけど……。

上岡:いやー、自分では全然鋭くないと思ってるんですよ。

高橋:なるほどね。私、今回の10章とコラムを読んで「ガチ恋」の定義を明瞭にしてみようかなと思ったんですよ。で、それは結婚とか恋愛に繋がる感じかな?と思ってたんだけど、実はかなりグラデーションがあることがわかって。

独占欲と「恋愛的に好き」も全然一緒じゃないから、そこも切った方が良いっていうことですよね。あと、アイドルからファンに対する感情っていうのもかなりいろいろだと。ファンからアイドルへの感情だけじゃなくて。アイドルからファンへの「ガチ恋」とかは、言わないんですかね?

上岡:そうですね、それは言わない。もちろん、アイドルと結婚したりお付き合いしたりする人はいる。ただ、個人的な関係性ができた瞬間、そこにある恋愛感情は「ガチ恋」とは言われなくなるんですよね。

永田:うん。わかる。

上岡:世の中的な扱われ方としては、いわゆる真剣交際になっちゃうんですね。その段階で。

高橋:え!名前変わっちゃうの?

上岡:変わる気がします。それでいうと、元アイドルとファンでカップルYoutuber*3をやってる方もいたりしますね。あと、パートナーに対して「彼氏にガチ恋」みたいな使い方をしたりもする。TikTokとかでそういった使われ方を見ますね。

高橋:一周回っちゃったんだ(笑)。トキメキの表現としてとか、そういうことなんですかね?

上岡:なんなんですかね……?「ガチ恋」って言葉がどこまで指しているのか、もうわからないってところが正直あるっちゃあるんですけれども……とはいえ、この10章で私が書きたかったことは「アイドルに対する真剣な恋愛感情の話」で、そこはズレないです。

*3 元アイドルとファンでカップルYoutuber
「みつともチャンネル」のこと。元アイドルの「ともえ」と、その元ファンである「みっちゃん」夫婦によるカップルYoutuber。動画内容は大食い、Vlogなど。

恋愛のゴールは結婚……だけなのか?

高橋:永田さん、何かありますか。

永田:すごくいっぱいある!難しいなと思うのが、アイドルって存在自体がすごく変化してるでしょ。例えば、キャンディーズとかピンク・レディーの頃みたいに「絶対に会えない」関係から、今般の地下アイドルとか、あとYouTubeでアイドル的な活動してたり、TikTokで配信しているような人との関係は距離感が全然違うよねっていうところで。

上岡:これはちょっと難しいところで、ピンク・レディーとかキャンディーズにファンが会えてなかったか?っていうとそんなことはないんですよ。

永田:あ、それは絶対あると思うんだよ。「ガチ恋」だっていただろうしね。

上岡:いわゆる「親衛隊」*4の方はきっとかなり近い距離で接してたと思うし、ファンクラブツアーや、握手会とかもあったわけで。ただ、現在はより多くの人が近いところで接することができるようになったっていうのは確かに一つあると思います。

あと、80〜90年代以降にいわゆる「プレアイドル」と呼ばれる方が出てくるようになって。メディアアイドル……要はテレビに出て、紅白に出てっていうレベルで成功してるアイドルではなくて、デパートの屋上での営業がメインだったり、区の施設みたいな小さいキャパシティのところでイベントとかコンサートをやったりするようなアイドル。

彼女たちとの距離感は現在でいう地下アイドル、ライブアイドルに近いだろうし、それが80〜90年代……少なくとも90年代には確実に生まれてると思うんです。ただ、当時と今ではメディア環境が全然違う。会える頻度は今の方が上がっているし、会えなくてもSNSでコミュニケーションを取ることができる。テレビや現場で目にしていない日でも、何となく繋がっているような感覚を常に得られるっていう違いがあると思います。

*4 親衛隊
出待ちや入り待ち、カメラ小僧などからアイドルの警護を自主的に行なったり、ライブ中のコールを主導したりなどした組織化された熱心なファン集団。70年代〜90年代にかけて全国的なアイドルファン文化として存在した。

永田:そうだよね。だから、マスメディアしかなかった時代の感覚で「アイドルに恋愛なんて目覚ませよ!」って言うのと、今般の双方向的なメディア環境のなかで言うのって、やっぱり背景事情が違うから区別したい。同時に、どっちにしたって「恋愛が実る/実らない」で愛の正当性みたいなものをジャッジする、ってこと自体が気持ち悪いから「目を覚ませ」とか言うこと自体、どうなんだ?って考えもあるし。どっちの筋もあるなと思ってました。

上岡:そうですね。結局、可能性の話をすると究極的にはどうなるか誰にもわからないってところではあると思うので。そこを外野にジャッジされると、された側の精神的なダメージとしてはどういう状況でも一緒なのかなと思ったりしますね。

永田:そうだよね。そういう人に対する反論として、あ……私、結構なバンド追っかけだったんでね。「そんなことないよ、ファンと結婚しているバンドマンだっていっぱいあるよ!」みたいな反論もあるかもしれないんだけど。だけど、他方で「いや、最終的に結婚して妊娠・出産するような恋愛だけが正当な恋愛で、そうじゃないものは全部変だ、みたいな言い方ってなんだよ」的な反論もあると思ってて。どっちかっていうと、こっちの路線を取りたいってのが私の考えなんだよね。

上岡:確かに。この本でずっと考えられているところだと思うんですけど「恋愛感情から個人的な関係性が発生して、その先に結婚があって、最後には家庭を持つ」みたいなかたちが「当たり前の恋愛」とされているからこそ、それ以外が「疑似恋愛」にされてしまうっていうところが大きそうですよね。

永田:そうなんだよね。やっぱり恋愛伴侶規範*5が強すぎて、それ以外の恋愛のかたちが全く無視されてるんじゃない?みたいな。

高橋:恋愛の真正性、オーソリティ*6を主張するときに、やっぱり既存の規範に乗っかって「結婚したいぐらい真剣なんだ!」みたいなかたちで主張せざるを得なかったみたいなとこもあるんですよ。今ではもうちょっと変わってきてると思うから、永田さんが言ったように「結婚に繋がるぐらい真剣なんだ」……ではない方向で真正性を主張する、ってのがあると良いよね。

上岡:それでいうと、すごく象徴的な言葉があって。女性アイドルファンの文脈なんですけれども、アイドルに向かって「絶対結婚しようなー!」って叫ぶ文化があるんですよ。みんなで言うわけじゃなくて……自己紹介のタイミングとか、ステージ裏にはけるときとか、曲終わりのタイミングとか……要は、ライブ中に大きい声で「絶対結婚しようなー!」って叫ぶ、っていうのがあって。本当に結婚したいと思ってるかどうか、っていうのは人によって違うけれども、最上級の「好き!」という感情を言語化しようとしたときにどうしても「結婚」という言葉が出てくる。これってアイドルファンに限らず、いまの社会全体にある恋愛至上主義的な価値観が反映されてますよね。

永田:恋愛ボキャブラリーの限界だ(笑)。

上岡:そう、恋愛ボキャブラリーの最上級が「結婚」になっちゃう。女性アイドルファンの文脈で、って言ったんですけど……それ以外のところでも「すごく好き」って気持ちを表現するときに「もう結婚だ」とか「結婚……」だけ言う、とかってありますよね。「好き」の一番でっかい最上級に「結婚」という概念を置きがち。

高橋:別のロジックを考えていきたいですよね。そして、次に上岡さんには最近の変化についてもお聞きしたい。それと、今回はお1人、リスナーの方からもスピーカーに上げていただいて……メン地下*7の話とかも出来たら、とのことです。ここまでは基本、女性アイドルについてだったと思うんですけど……。

上岡:あ、でも全然女性アイドルに限定した話はしてなくて。「絶対結婚しよーなー!」はあれですけど……性別問わず、ジャンル問わず、時代問わずでアイドルの話をしているつもりです。

高橋:了解です!

*4 恋愛伴侶規範
Amatonormativity(アマトノーマティビティ)。「人間にとって、二人きりの恋愛関係を継続的に結び続けることが幸せであり、それを理想とすることが当然である」という考え方。この考えのもとでは、自ら望んで独身であることや、友人関係を恋愛関係より優先すること、複数の相手を同時に愛することなどは正常でないもとされる。

*5 真正性、オーソリティ
こうであれば「本物」だといえる、といえるような性質。

*7 メン地下
「メンズ地下アイドル」の略称で、男性版の地下アイドルのこと。成功モデルの確立され具合や、物販や接触といったパフォーマンス外の重要度が占める比重などにおいて、女性地下アイドルと文化や慣習が大きく異なる。

最前管理、鍵閉め、オタ芸……「ガチ恋」以外の諸現象。

上岡:最近では「ガチ恋されて困ってる人」が、以前よりも可視化されつつあると思います。それにともなって「やっぱ、ガチ恋って良くないよな」って空気が強まってきて「ガチ恋ファン=迷惑」が共通認識になりつつある。ここで「迷惑行為としてのガチ恋」がどういう意味か、は精査されていないと思うんですけれども……どういう人が迷惑なガチ恋ファンだとされているかというと、こんな感じ。

まず「個人的に連絡を取ろうとする」……これは大抵の場合、ルール違反とされているんですけれども。あと、特典会などで一緒に写真を撮れるアイドルであれば、その日に一番最後に撮るファン(「鍵閉め」と呼ばれる)になるために、他の人が終わるまで周りでウロウロしてるとか。独占欲、印象に残りたい……そういう動機ですね。あと、他のガチ恋っぽいファンに対して攻撃的だとか。

あと、高橋さんがコメントしてくださっていたサイゾーさんの覆面座談会*8に登場していた「最前管理」という文化……いや、文化とは言いたくないな……。

*8 サイゾー (202411月号)「[第一特集]ライブアイドル業界関係者座談会 拝金主義と二番煎じの歪な構造」。

高橋:あ、そういう感じなんだ(笑)。

上岡:あ、はい!全然したくないです。皆したくないと思ってるはず……多分。アイドルが頻繁に出るライブに「対バン」っていうのがあるんですね。1日に10組のアイドルが出て、20分ずつパフォーマンスしていくようなライブ。で、ライブハウスって基本フロアのどこでステージを見ても良いんですよ。けど、最前管理は徒党を組んで「どのアイドルが出演しているとき、フロアの最前列にいるのは誰なのか」というのを、ときにはExcelとかを使って管理している。

彼らが開場後にすぐ最前列を確保するので「自分が推しているアイドルを最前で応援したい!」と思う人は、その旨を伝えて交渉するんです。で、たとえば4番目に出演するアイドルのときに最前に入りたい人が少なかったら、誰かを都合してそこに立たせるとか、そういう感じで最前のスペースを管理してるんです。

最前管理グループの一員になれば、自分が推しているアイドルが確実一番近くで見れるし、アイドルからも自分を見てもらえる。そういう動機で最前管理をしている人もいるので「最前管理=ガチ恋」という理解もあります。ただ、そうではないと私は睨んでいるんですね。どちらかといえば「管理したい」という欲求の方が強くて「この現場は俺たちが管理している!俺たちの縄張りだ!」っていうマウント的な仕草、ホモソーシャル*9的な仕草なのかなっていう方が強くて。

*9 ホモソーシャル
男性同士の絆や連帯感、恋愛感情を伴わない密接な結びつきを意味する概念。「男らしさ」に重きをおき、「女性排除的、ないしは女性が「結びつきを強化するためのネタ」として扱われる」「同性愛嫌悪」といった傾向がある。たとえば、男性同士のコミュニティにおいて誰かが「自分の彼女が性行為のときどうだったか」を話して盛り上がる、といった会話は典型的な「ホモソーシャル」仕草。

高橋:ぽいよね。

上岡:アイドルにはもはや興味ないんだけど、「ここを仕切っている自分」っていう方が実は大事なのかもしれない。

永田:いるよなぁ、そういうの。いるいる〜。

高橋:それも「ガチ恋」って含み得る?……それもまた「ガチ恋」として一応通用してしまうのであればさ、それはやっぱり「恋」って言葉がなんかフワフワしてるからだよね。

上岡:そうですね。本当に「ガチ恋」しているのかもしれないけれども……好きというより「このアイドルのファンの中で、一番は俺なんだ!」みたいな、ちょっとトロフィーワイフ*10 的なポジションに好きなアイドル置いている場合もあるのかな?と思って。最前管理のフィールドワークは絶対必要なんですよね。でも、そこの世界って割とがっちりしているので、ちゃんと最前管理のなかに入っていけないとちょっと難しいと思います。

*10 トロフィーワイフ
主に社会的・経済的に成功した男性が「俺にはこんな美人の妻がいる」というステータスにするべく結婚した女性のこと。ここでの意味としては、ファンが最前管理をすることでアイドルに対して所有感を覚え、他のファンに対して自慢げに振る舞う……という様が想像される。

高橋:なるほど。なんかその覆面座談会ではすごく類型化されていて、それが本当か嘘かわかんないから上岡さんに聞こうと思ってたんだけど……「20代のガチ恋勢が最前管理をしていて、30代・40代の中年層が後ろでオタ芸を決めている」というようなことが書かれていたんですけど、最近の現場はそういう感じなんでしょうか?

上岡:それも本当に人によります。最前管理には中年もいるし、若い子もいるし。アイドルに「ガチ恋」しているおじさんだっていっぱいいるわけですよ。そして、ガチ恋おじさんが最前に入らないか?って言ったら別にそうでもないので……若者がメインであることは間違いないですけど、それだけではない。女性だっていますしね。少し前に最前管理をやっているオタクから逮捕者*11が出て話題になりましたけど、それは男女両方だったので。

本当に人それぞれなんです。静かに見ている人もいるし、めちゃくちゃ盛り上がりたい人もいる。ただ、めちゃくちゃ盛り上がりたい人はどっちかっていうと若者ですよね。「君たち、全然リアルタイムじゃないよね?」と思うような若い子たちがオタ芸……サンダースネイクとかを決めてたりするわけです。

*11 最前管理から逮捕者
昨年8月に発生した事件。「最前管理」を目的として、3名の男女が偽の入場チケットを使ってライブ会場に入ったとして逮捕された。

*12 サンダースネイク
オタ芸のなかでも特に有名なものの一つ。楽曲のサビで打たれる「サビ技」。

高橋:オタ芸をめちゃめちゃやる「ガチ恋」もいる、って理解で良いんですか?

上岡:……いるのかな?いるとは思います。でもめちゃめちゃオタ芸してたらライブはまともに見れないので、相手をずっと見てたいって気持ちがある人とオタ芸は相性よくないですね。葛藤しながらやってる人もいるはずですが。

リスナーからの質問タイム!

永田:質問がいくつか来ているのでちょっとそれに答えていきましょう。まず、一つ目。「「ガチ恋」の整理の難しさは、そもそも「恋」自体が定義不能概念であること自体が関連すると思うんですが、いかがでしょうか?」という質問です。

上岡:はい。さっきの話にも繋がるところですよね。

永田:「ガチ恋」の整理が難しい……って今なってるけど、そもそも「「恋」や「恋愛」は、整理できるものなのか?」ということが気になる。

上岡:そうなんですよね。アイドルのことを考えてすごくドキドキしたり、本当に興奮してテンションが上がる気持ち……この「好き」を言語化しようとすると「恋愛感情」という言葉選びになってしまう。ただ、確かに似ているかもしれないとはいえ、その「好き」が恋愛感情とは限らない……とはいえ、なんとか既存の言葉にその感情を当てはめようとすると「恋愛」になってしまう、ってことなのかなと思います。

永田:同感だなぁ、それ。

高橋:私たちも『恋愛社会学』なんて本を一冊作ったけど、まだ「恋愛」の定義*13ができるか不安(笑)。

*13 「恋愛」の定義
高橋さんはご自身のブログで「恋愛社会学は恋愛をどう定義して議論しているのか?」を3分類に整理しながら検討しています。

永田:ここから定義を考えていこう。

高橋:そうね、今から洗練させていこうね。

永田:あと、もう一つ質問を読みますね。……「ガチ恋をしている人は、相手がアイドルを辞めたとしても恋し続けるものなのでしょうか?それとも、あくまでアイドルである相手が好きなのでしょうか?」とのことです。

上岡:それも人それぞれだと思っていて……実際、お付き合いや結婚をする人もいるんですよね。一方で、好きな人を構成する要素って大事だと思うんですよね。私たちってつい「それが全部とっぱらわれても好きでいるのが愛!」みたいな考え方をしがちなんですけど……とはいえ「好きな人を構成する要素がなにか欠けてしまって、好きではなくなる」ってきっとあると思うんですよね。

アイドルが相手じゃなかったとしてもそうですよね。たとえば、顔が変わってしまった場合。家族や友人だったとしても、全く見た目が変わってしまった人を変わる前の人と認識できるのか?みたいなことって多分あると思うんですよ。これは極端な話かもしれないですけど……。

あと、関係性が変化したときも同じ様に混乱することがありますよね。それこそ「アイドルとファン」として会うことがなくなってしまったときに、その気持ちをどう持続させたらいいのかって悩む人はいると思います。一方で「アイドルを辞めてくれたおかげで、付き合える可能性がぐっと上がった!」と思う人もいますよね。卒業発表した途端、DMで「付き合ってください」「友達になりませんか」みたいな感じで連絡先を送ってきたりする。今まで普通のファン!みたいな感じだったのに、急に態度を変えるんですよね。そういう人にとっては、関係性の変化はチャンスかなと思います。

高橋:面白いね!なるほど〜。今の「私たちって、実は属性を愛しているんじゃないですか?」って話は結構重要な気がしていて。だからさ、トランスした相手について色んな話が出てくるわけじゃないですか。ジェンダーが変わってしまうと、これまでと同じように愛せるのかわからなくなってしまう人もいるし、愛し続ける人もいるし。

上岡:そうそう。そういうことですよね

高橋:それと同じく、アイドルを辞めて大きく属性が変わったときにどうなのか?っていう話は、いろんなバリエーションとパターンがありますよね。

永田:ある日、転職して超貧乏になって、今までの彼とは違うようになってしまってやっぱり別れるとか、一般的な恋愛にもバリエーション無限にあるよね。

高橋:そうなの。属性を愛してるところもあるんだよね。

上岡:それに関連して話したいことがあって。これはアイドルの話じゃないですけど、舞台で恋人とか夫婦の役だったときに「好きかもしれない」って思ってしまうのって、私が俳優をしていたときに時々聞く話だったんですね。

一回、友達にそのケースで相談されたことがあって。相手が私の尊敬してた俳優の方だったので「いやいや、俺の方が先に好きだし」とかちょっと思いつつ……好きになっちゃったかもって言われたから「ちょっと一回落ち着いて、この公演が終わるのを待って、終わって一週間経っても好きだったら、その話あらためて聞かせて」って言ったんですよ。

で、一週間経ったら案の定「全然好きじゃなくなっちゃった」って言われたことがあって。だから、それもシチュエーションが感情を醸成する例ですよね。

高橋:シチュエーションで好きになる、みたいな恋愛って本当にすごく良い文化コードだから、大事にすべきだと思ってたりします。今の話もすごくわかる。

上岡:そうですね。はい、それも全然いろんな場であるなと思ってます。

高橋:ですよね。……ここでリスナーの方に上がっていただいて、直接上岡さんにご質問をお願いしたいと思います。このスペースをnoteで記事にしてくれている修士の方ですね。

小阿瀬:こんにちは。小阿瀬こあせ達基たつき……といいまして、今は立教大学の大学院に通っています。ご紹介いただいた通り、このスペースを記事化させていただいているものです。恋愛社会学の第10章を読んで、上岡さんに聞いてみたい思ったことがあったので、お伺いできればと思います。

上岡:ぜひお願いします。

小阿瀬:草食化・若者の恋愛離れと言われるような現象と、アイドルに恋愛感情を抱くことは関係あるのかな?っていうのが気になったところで。ファンの好意が、アイドルに拒絶されることって基本的には無い……無いというか、表面化しないようになっているじゃないですか。あるいは「こういうコミュニケーションはダメですよ、ルールを破れば出禁になりますよ(現場への出入り禁止=好意を届けることが不可能になる)というのが、ある程度決まっていますよね。

一方で、たとえば同僚や同級生に好意を向けたり、恋愛関係を構築しようとしたときは違う。どうすれば好意を拒絶されずに、関係性を維持することができるか?には個人差があるし、もちろん、明文化されたルールがあるわけでもない。すると、「好意を寄せる相手と恋人になる」ことにかつてほど憧れがなく、かつ「誰かに好意を拒絶されることなく、抱き続けることができる」ことの幸福感で十分満足できる世代は、それが安定して満たされるアイドルとの関係に向かいやすい、という側面があるんじゃないかな……と思うんですが、どうでしょうか?

上岡:ありがとうございます。書いたり喋ったりするとき、10代〜20代前半の方の感覚がすごく抜けてるなー、ってことを常に痛感しますね。今おっしゃっていただいたことも本当にそうだなと。確かに「他者と関係を築くときのマニュアルがないことへの恐怖」を感じている世代だとするならば「アイドル-ファン」という関係性の維持が、恋愛関係の代替になりえるのかなと思います。もちろん、世代で全部くくれはしないんですけども……ありがとうございます。

小阿瀬:ただ一方で、「ガチ恋」が最終的に付き合いたい!ってところに繋がるとしたらまた違うはずで。恋人になってしまえば、結局は一般的な恋愛同様、マニュアルのない自由だけど不透明な恋愛の世界に放り出されていく……ってことになりますよね。だから「ガチ恋だし、最終的には普通に付き合いたい人」と「ガチ恋だけど、安定的に好意を抱き続けたいから付き合いたくはない人」がいるんじゃないかな、と思います。

上岡:そうですね。そこはまた、別になるんだと思います。


……ここでスペースの録音に不具合が発生してしまい、今回はここまでです。残念……ぜひ『恋愛社会学』第10章をお読みください。


上岡磨奈(かみおか まな)jktdaisukiclub
担当:第10章、Column 4
慶應義塾大学非常勤講師。専攻は文化社会学、カルチュラル・スタディーズ。
主著に『アイドルについて葛藤しながら考えてみた──ジェンダー/パーソナリティ/〈推し〉』(青弓社、2022年)、『アイドル・コード──託されるイメージを問う』(青土社、2023年)など。

高橋 幸(たかはし ゆき)
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担当:はじめに、第1章、Column 2、第12章、Column 6、7、おわりに
石巻専修大学人間学部准教授。専門は社会学理論・ジェンダー理論。主著に『フェミニズムはもういらない、と彼女は言うけれど──ポストフェミニズムと女らしさのゆくえ』(晃洋書房、2020年)、共著に『離れていても家族』(亜紀書房、2023年)など。

永田夏来(ながた なつき)sunnyfunny99
担当:本書のねらいと構成、第2章、本書を閉じるにあたって
兵庫教育大学大学院学校教育研究科准教授。専門は家族社会学。主著に『生涯未婚時代』(イーストプレス、2017年)、共編著に『岩波講座社会学 家族・親密圏』(岩波書店、2024年)など。


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