金融改革 - 寡占強化と円国際化への道
「社会主義」1997年12月号(社会主義協会)
北村 巌
一 産業界全体の利害となった金融システム改革
1997年6月、橋本内閣によって打ち出された金融システム改革、通称金融ビッグバンは80年代からの金融自由化を加速させ、総仕上げを狙ったものである。これまで、金融自由化の流れは大手都銀グル-プを中心とした推進力で行われてきたが、業界利害のぶつかりあいから、その流れは緩慢であった。特に90年代に入ってからは、むしろ不良債権問題による経営危機で銀行業界は金融自由化推進力とはなりにくくなり、自由化は掛け声ばかりで遅れ気味となった。巨額の不良債権に直面し銀行業界は従来型の保護行政をあてにするムードが強まったからでもあろう。
しかし、金融システムの改革は単に大銀行にとっての「有利な自由化」にとどまらず、巨額の不良債権問題と金融市場の機能不全を目の前にして産業界全体の利害となった。それが、橋本内閣をして、「金融ビッグバン」に取り組ませた理由であろう。これまでの日本的金融システムは経済が順調に成長している過程では極めてシステム維持コストが低かったといえる。しかし、いったん巨額の不良債権問題を抱えた途端、その処理費用は膨大なものになる。つまり、経済の低成長=低迷とひきかえに処理していかなければならないようなシステムである。これは他の産業界にとっては耐え難い物であるはずだ。潰れるべき不良金融機関はつぶしていくことにより迅速に問題を処理しうるシステムへの転換が求められたわけである。
不良債権問題はなにも日本独自の問題ではなかった。80年代から先進資本主義国のほとんどがかなり深刻な不良債権問題を抱えていた。そのほとんどが、不動産関連の不良債権と途上国への融資の焦げ付きであった。これも日本の事情がけっして特殊ではないことを示唆している。しかし、多くの国では再建できない金融機関は早めにつぶし、預金保険や財政資金を投入して信用危機を防ぐといった手法により日本より比較的短期間に解決させているケースが多い。日本の場合、従来型の手法で金融機関を潰さずに解決しようとすれば何十年とかかるわけであり、それまで銀行の貸し渋り行動が続いたのでは経済は死に体になってしまう。そこで、大蔵省は不良機関を潰す方針にしぶしぶ、かつ中途半端に転換したのがここ数年の姿であった。今回の三洋証券倒産にさいしても相変わらず、厳密に法に従った処理ではなく、超法規的な投資家保護策(口座資金の保証)をとった。これまでの金融機関倒産にあたって預金保険を厳密に適用するのではなく預金全額を保証する措置を行ったことの延長線上にある。自己責任原則といいつつ、日本政府は本当にはそれを実行できずにいるのである。
金融システム改革は日本の金融システムを国際的な標準に適合させ、競争力を維持することが目的になっている。これは、自己責任原則を一般預金者、投資者に要求しつつ、金融機関については、総合的な競争力のある部分のみを残していくことにより、金融コストの削減を進めていこうとするものである。同時に80年代の金融自由化の延長として大銀行の利害を貫徹していることにも注意が必要である。
大蔵省「金融システム改革のプラン」は、金融システム改革の必要性を次の3点にまとめている。
(1) 我が国経済が、21世紀の高齢化社会においても活力を保っていくためには、我が国の経済社会システムを構造的に変革することが必要であり、経済の動脈ともいうべき金融システムについても、21世紀の我が国経済を支える優れたものへと変革することが不可欠である。
(2) 一方、グローバリゼーション、情報・通信の技術革新が進展し、欧米金融市場においては新たな金融商品の登場、さらには、1999年には新通貨ユーロの出現といった大きな変化が見られる中、我が国金融市場の空洞化を防ぐためにも、市場機能を活性化させることが急務である。また、これにより、通貨としての円の地位の向上が図られることにもなる。
(3) このためには、1200兆円にも上る個人金融資産が有利に運用され、次世代を担う成長産業への資金供給が円滑に行われ、また、海外との間でも活発な資金フローが実現するよう、市場の透明性・信頼性を確保しつつ、大胆な規制の撤廃・緩和を始めとする金融市場の改革を行うことにより、マーケットメカニズムが最大限活用され、資源の最適配分が実現される金融システムを構築することが喫緊の課題である。
また、改革の理念として、以下の3つのスローガンを掲げている。
・Free(市場原理が働く自由な市場に)
・Fair(透明で信頼出来る市場に)
・Global(国際的で時代を先取りする市場に)
これらのスローガンのうち前2者はブルジョア民主主義の観点からの経済正義という意味においてはもっともなものであって、当面の政策課題を考える場合、あえて反対すべきスローガンともいえない。とくにディスクロージャーは推進すべき課題だ。問題は本当に現在進められている金融システム改革がこれらの原則に適した物であるかどうかである。3番目の国際化というのが実はかなりのくせ者である。国際化が金科玉条となって労働者、一般国民を犠牲にした合理化の遂行の理由となっているからである。
大蔵省の具体的なプランは表1にまとめた。(1)投資家・資金調達者の選択肢の拡大、(2)仲介者サービスの質の向上及び競争の促進、(3)利用しやすい市場の整備、(4)信頼できる公正・透明な取引の枠組み・ルールの整備と4つの分類にまとめてあるが、Free、Fair、Globalの原則と照らして疑問に思われる項目も少なくない。その際立ったものが持株会社の解禁である。
二 背景に情報通信革命
金融システム改革の背景には技術的なものとして情報技術革命の進展があることを指摘せざる得ない。情報通信革命の進展は世界の金融を一体のものにしつつある。まず、第一に国際デ-タ通信の発達により金融データの瞬時の低コストでの配送が可能になり、一般消費者のレベルでも主要国の金利、為替、株価などの金融情報が簡便に入手できるようになった。つまり金融の国際化の技術的基礎になっている。
さらに企業金融に側面からみてこれまでの金融仲介のあり方を急激に変える可能性がでてきている。企業間通信であるEDI(電子データ取引、標準化された電子データのやりとりで企業間の取引を行うこと)の普及は急速であり、利用企業は4割にのぼっている。産業別には金融・保険業、卸売・小売業、飲食店に分類される企業が他企業との接続数が多く、製造業などは平均30社程度と接続している。この差は電子取引になじみやすい業種が先行している実態をあらわしているが、インターネットの活用を含め、企業間取引が電子データによって行われるようになる動きがでてきている。この動きはさらに国際的なものになりつつあり、外国為替取引の自由化は、国際的な企業間取引をより円滑なものにしていくと思われる。
今後の動きとして電子ネット上での「通貨」として、登場しそうな「電子マネー」の開発にも注目したい。実質は銀行の決済機能を利用しながら、国際的な取引も電子的に行えるようになるわけで、個人による直接輸入の動きは加速するだろう。またICカードを利用した電子マネーは現金に代わるものとして登場しようとしているが、これはPOS(販売店情報管理システム)とともに小売の取引情報の収集には最適であり、企業側にマーケッティングのための大きな情報源となろう。この分野での競争は小売資本にとっても死活問題になるだろう。
こうした企業内外のデータ通信による結び付き、企業活動の組織的再編は、企業組織の形態も大きな影響を与えつつある。現状で、大きく不足している専門的ネットワーク技術者の問題、職場レベルでのネットワーク、パソコンを使いこなせる労働者の不足という問題も仕事の更なるアウトソーシング(社外への分業)を導き、人事・賃金制度の見直しの誘因となっているといえるだろう。企業金融の面にも大きな影響を与えることになるだろう。
三 避けられない公的金融の改革
金融システム改革では直接的は従来の民間金融に相当する部分の合理化の構想となっているが、当然にも公的金融の改革なしには円滑にはいかない。第一に公的金融の入り口機関である郵便貯金は、個人の預貯金市場において圧倒的にシェアを伸ばし続けており、この存在は銀行にとっては目の上のたんこぶである。現在、郵便貯金は「民業圧迫」にならないように銀行定期預金金利より低く貯金金利を決めているというが、その預入に関する有利さからみて必ずしも銀行よりも低い条件にしているとはいえない。また、こうした存在があるだけで銀行にとっては預金者との力関係で弱くなり、預金金利の引下げに対する抵抗力となる。実際に、個人の預貯金市場における郵便貯金のシェアは90年代に入ってからとくに上昇を続けており、90年には27%前後だった残高シェアが現在では33%に上昇している。新規資金(預貯金の増分)では5割以上といったペースである。こうした動きとなった背景には銀行側が預金金利を低めに設定して預金をとらず、貸出も伸ばさないという経営を行ってきた要因も大きい。しかし、そのために余剰となり郵便貯金に流れ込んだ個人資金は財政投融資の源資となり、財投機関の貸付などに回ったり国債の購入に充てられて不況期間の財政赤字をファイナンスしたのである。これは、景気対策として大型の公共事業を行うことを容易にし、確かに景気の下支えの役割を果たしたが、一方で公的金融のシェアを過大にし、産業資本の立場からみた場合、貴重な日本の金融資産の使い方を歪めるものと認識されるようになった。つまり、例え銀行の貸出行動が保守的になったとしても、郵便貯金が資金を大きく吸収しなければ債券市場を通じて設備投資資金が民間に回ったはずだというのである。つまり、郵便貯金の存在は直接金融を通じた民間産業への資金供給に対してもネガティヴであったのではないかという批判である。
しかし、不良債権を抱えた銀行や利益水準の落ち込んだ企業への資金提供がスムースではなかったのは主には、個人の資金運用に保守的、慎重な姿勢がでたためであって、それは現金保有の著しい増加にも現れている。郵便貯金の存在に設備投資資金の回復の不調の理由をもとめるのは当を得ているとはいえないだろう。
保険に関しても簡易保険のシェアの上昇は目覚ましく、民間保険会社にとっては脅威となっている。これも民間(保険業界)からの批判があるが、郵便貯金に対して行われている批判のような意味で日本の資金流通を歪めているといった批判は少ない。もっぱら民業圧迫論である。また、財政の悪化が見込まれる年金の改革も必至であり、将来的に公的金融の源資としての公的年金の役割は終焉に向かう。
公的金融の出口ではその非効率性が大きな問題とされており、それはそれで問題とされるべきである。財投機関債の提案は、この公的金融の出口機関にたいして市場原理の洗礼を受けさせることで、その非効率をただそうとするものであるが、その本旨はこれら機関のディスクロージャー(情報公開)の徹底でなければならない。またディスクロージャーなしの改革はまったく改革の体をなさないでろう。財投機関債を発行させるといっても現状では投資家は政府保証の有無によってしか、リスクを評価できない。仮に政府保証なしの財投機関債を発行しようとしてもどれだけ市場が消化できるか疑問である。ようは結果として発行できるできないにかかわらず、政府保証なしの債券を発行するに足るディスクロ-ジャ-を図ることがポイントである。米国の政府援助機関の債券発行では、ディスクロージャーがなされた上で、その財務の健全性を政府が担保するということで政府保証なしの債券発行が行われている。こうした制度的枠組みなしには財投機関債の発行は絵に描いたもちに終わるだろう。
四 寡占の強化と国際競争の激化に帰結
金融システム改革が進んだ結果の日本の金融の姿はどのようなものになるのであろうか。まず、金融持株会社を設立して総合的な金融業務を展開し得ないグループ、または専門的に特化することができる企業以外は、淘汰されていく可能性が高い。地方銀行など地域的な金融機関も生き残りのために大金融グループの傘下に入る動きが強まるだろう。
現在の不良債権処理の進展をみると都市銀行大手の処理がめざましく、小規模な金融機関ほど進んでいない。96年度末の公表分の不良債権比率(対貸付額)は主要銀行で前年度より1.42%低下して4.16%となったが、信用金庫の場合は4.58%から4.61%へ上昇、信用組合に至っては7.82%から12.23%へと急上昇した。つまり、中小金融機関は護送船団方式の保護がなくなれば、淘汰される圧力をもろにかぶることになるだろう。
結果的には自由市場の原理よりは寡占の原理がより強まることになるだろう。さまざまな金融新商品の登場、とりわけ派生商品(デリヴァティヴ)の普及は、大銀行により金融仲介業務における有利な競争条件を与えることになる。派生商品の利用はそれが合理的なものである限りは、(この保証は必ずしもないが)銀行の資産負債管理を低コスト化し、純利ざやを大きくする効果をもつ。
数個の大金融グループが国内金融に支配的な地位を占める一方、国際競争は激化する可能性がある。とりわけ大口金融ではその傾向が強まるだろう。結果は大口の利用者、つまり機関投資家、企業にとって有利な状態が作られるわけである。外資系のこの分野での攻勢はさらに強まるとみてよい。
この過程を見る場合に重要な注意点は、システム改革で生み出される金融仲介業の大グル-プと産業資本の関係であろう。伝えられるところでは、株式の所有についてグル-プト-タルで15%まで保有が認められるという。可能性としては、金融独占資本による支配が強まる領域が生まれる可能性もある。しかし、一方で、製造業から出てきた企業においても松下グループやトヨタグループのようにそれ自体、莫大な金融資産を運用している企業群もあり、これらの企業が金融仲介行にまで乗り出す可能性は十分にある。そうしてみると、大銀行や保険会社を基盤とするかどうかにはかかわりなく、製造業を母体にしたり、その他のサービス業を母体にした金融・産業複合体が生まれてくる可能性も十分にあるだろう。
五 東京国際金融市場と円通貨圏
金融システム改革の狙いは東京を国際金融市場として復活させることにあるが、これと並行して円の国際化(円通貨圏)への動きもでてきている。円の国際化を進めるためには円貨の本拠地である日本に国際金融市場が機能していなければならない。
95年の円高では、アジアの中央銀行の円買いが需給上の大きな要因となったといわれている。これは、円建て債務のヘッジを図ったものといわれるが、いずれにせよ、日本との経済的結び付きが強まり、円建ての巨額の債務を持つようになった国にとって、準備通貨として円を保有していくことは必要になっていることは疑いがない。
97年夏のタイ・バーツ危機を発端とするアジア通貨危機をきっかけにして、日本銀行が従来のドル資金の提供に加えて円資金をアジアの中央銀行に提供することを決めた。これは、「円の国際化」の大きな前進である。また、一定の枠内で「円通貨圏」(ないし「円通用圏」)を創出していく準備とも受け取れるものである。
今回のアジア通貨危機は、対ドルでの円安にも拘わらず、対ドルペッグ(為替レートを対ドルで固定すること)を続けていたアジアの中央銀行の政策が限界に突き当たったことを示している。対円で自国通貨高となったアジア諸国は結局円に鞘寄せする通貨調整を余儀なくされたからである。ドルペッグを続けていたのでは対日輸出に影響が出る、輸出不信で国内産業の収益が悪化、海外からの投資が減少する動きが出ることでいっきに通貨危機を現出させた。それだけアジアにおける日本経済の影の濃さを認めざる得なくなった証左である。
円がどれだけ外国の中央銀行に外貨準備として保有されていたかをその外貨準備全体に占める比率でみると、80年末にわずか4%であったものが、現在では10%強に上昇している。アジア諸国における円建ての外国の負債が大きく膨らみ続けているからである。
一方で米国のドルは世界の準備通貨に占める割合を減らしており、ヨーロッパ通貨統合はこれを加速させるだろう。円がドルや将来のユーロのような力をもつことはあえないにせよ、アジアにおいて国際通貨として流通するようになる可能性は大いに考えられるところである。アジア通貨基金(AMF)の設立計画はそうした動きを国際制度の面から支えるものになる可能性もあるだろう。
(図2)日本の対外純資産
表1 金融システム改革プラン(大蔵省資料より作成)
(1)投資家・資金調達者の選択肢の拡大
・証券デリバティブの全面解禁
・「証券総合口座」の導入
・銀行等の投資信託、保険の窓口販売の導入
・ABS(資産担保証券)など債権等の流動化
・内外資本取引等の自由化
(2)仲介者サービスの質の向上及び競争の促進
・持株会社制度の活用
・証券会社の免許制の見直し
・業態別子会社の業務範囲等
・普通銀行における長短分離制度に係る業務上の規制の撤廃等
・証券会社の業務の多角化
・株式売買委託手数料の自由化
・電子マネー・電子決済
・ノンバンクの資金調達の多様化
・算定会の改革(保険)
・外国為替業務の自由化
(3)利用しやすい市場の整備
・取引所集中義務の撤廃
・店頭登録市場における流通面の改善
・未上場、未登録株の証券会社による取扱いの解禁
・金融先物取引のあり方
・短期金融市場の整備
・内外資本取引等の自由化
(4)信頼できる公正・透明な取引の枠組み・ルールの整備
・連結財務諸表制度の見直し
・金融商品に関する会計基準の整備
・会計士監査の充実
・有価証券定義の拡大
・証券取引法のルールの拡充等
・検査・監視・処分体制の充実
・証券取引における紛争処理制度の整備
・早期是正措置の導入
・決済リスクの削減策の強化
・金融機関等の利用者の保護
・分別管理の徹底及び寄託証券補償基金制度の拡充
・経済制裁等の国際的要請への対応
・マネーロンダリング防止等に対する国際的要請への対応
・事後報告制度の整備
表2 主な円国際化政策
1986.12 東京オフショア市場発足
1988. 1 非居住者による円建てCP発行解禁
1988.12 非居住者による外貨建てCP発行解禁
1989. 5 居住者向け中長期ユーロ円貸付解禁
1989. 6 非居住者ユーロ円債、居住者海外預金自由化
1992. 8 外債発行にかかる適債基準を緩和
「社会主義」誌(社会主義協会)掲載 経済情勢分析リスト(北村執筆分)