世界金融危機のもたらしたもの
「青年の声」2009年1月所収(日本社会主義青年同盟機関紙)
北村巌
過剰な貨幣資本の蓄積
資本主義社会において、資本間の利潤獲得競争は過剰な資本の蓄積を招いていきます。資本の蓄積は主に生産手段の蓄積という形をとります。しかし、過剰な生産手段の蓄積は、すなわち過剰生産(力)を作り出すわけですから、そのことで利潤率を低下させ資本主義の成立基盤を危うくしますし、逆に資本に対しては過剰な生産力を廃棄することを強制します。
こうした事態への対応として、現代の資本主義国家においては財政支出や減税といった手段での需要の追加が試みられ、一方で財政赤字を蓄積しながら資本主義経済を維持しているという姿になっているのです。この財政赤字は主に国債の発行や銀行などからの借り入れによって賄われますが、これは購入する側においては利子生み資本(金融資産)の増加に他なりません。これらは生産活動に投ぜられる資本には転化されず、生産的な資本の蓄積の裏側にある金融資産(株式、社債、貸付)の外側に貨幣形態(金融資産の形)で蓄積されていくのです。
現代の資本主義ではこうして貨幣資本の余剰が不断に、またとりわけ不況期に生み出されていくことになります。これがマスコミのいう「カネ余り現象」の本質です。今回の世界金融危機もこうした貨幣資本の過剰がもたらしたものです。その事情を少し詳しくみていきましょう。
今回の金融危機は米国における住宅ローンによる不良債権の問題に端を発しています。米国では06年頃から景気が拡大するにともなって米国の中央銀行である連邦準備制度は、利上げをする方向に決断をしましたが、住宅購入希望者は金利が上がる前に住宅ローンを借りて住宅を買いたいという焦燥感をもちました。また景気拡大に伴って賃貸料が着実に高いペースで上がっていったので、今後もどんどん上がっていく賃貸料を払うよりは、金利が低い時期に買ったほうが良いだろうという焦燥感があおられたのです。一方、その前に資産家による投機的な住宅購入はひと段落していたので、住宅販売会社としては、増えてきた在庫を売り切るために無理な販売促進策をとりました。住宅金融会社(その背景には銀行)と組んで今まではローンを借りることができなかった低所得の人々にも、かなり騙すような手口を使って売っていったのです。そのため金利が上がり景気が落ち着いてくると予想以上に支払いを延滞する人、不払いに陥る人が増えてしまったのです。住宅価格も下がり始めたので、差し押さえをしても元金は回復できなくなります。深刻な金融問題になってきたのです。
米国では住宅ローンを拡大する方法として証券化ということが活発に行われました。証券化というのは住宅ローンなどの担保付ローンをいったんまとめた上で、その受益権、つまり利子と元金返済をうける権利を証券の形にして売ってしまうことです。引き受けた住宅担保証券をさらに細分したり構成を変えたりして証券化して機関投資家なり、他の欧州を中心に世界中の銀行等に売却したのです。しかし、現実には銀行も証券化商品の在庫を相当多く持つということになってしまいました。銀行の資本が少ないのに住宅ローンを急速に拡大してしまったのですが、これは銀行や証券会社が、証券化を行う段階で手数料という形で収入を得ることでビジネスを拡大する経営のありかただったためです。
米国の住宅ローンの証券化商品は米国の銀行だけでなく、米国に進出した欧州の銀行や証券化商品を購入した欧州の銀行の問題にもなりました。実際、昨年からこれまでに公表された証券化商品の損失の額をみると、米国の銀行が約30兆円程度なのに対し、欧州の銀行も25兆円くらいの損失になっているのです。今後そうした損失が増える危険が高くなり、欧米の銀行間の取引が停止状態になってしまったわけです。
「実体経済」への影響
銀行が最後に逃げ込むのは公定歩合で貸してくれる中央銀行です。欧・米・日の中央銀行は協調して、各国の民間銀行に対する大量資金供給などの対策を決め実行しています。この国際協調の結果、銀行間の取引は再開する方向に向かっています。銀行・信用恐慌は発生しましたが、徐々に収束しつつあるように見えます。
一方、金融危機は企業金融に大きな悪影響を及ぼし始めました。図1は、米国の事業会社の社債の信用スプレッドを表わしています。9月以降、急速に上昇しており、欧州もほとんど同様の動きです。信用スプレッドは上昇すればそれだけリスクが高いとされ、より高い金利を支払うことになります。BBB格というのは、超大企業ではないが上場企業クラスで倒産リスクは大きくない企業の債務に対して投資適格であることを示す格付けです。欧米では企業の信用スプレッドが大きく拡大しましたが、これは企業のバランスシートが悪くなったという事情より、貸す側にリスクをとることができなくなっているのが原因です。これだけ高い利子で金を借りてまで企業は設備投資をしません。採算が合わない。そのため今後企業の設備投資はいっきに縮小していくでしょう。
日本は、欧米とは異なり今のところ企業の信用度スプレッドはあまり大きくなっていません。そのため今回の金融・信用面でのパニックが原因で直接的に企業の設備投資が急減することはないでしょう。大都市の不動産投資などは大きく減りますが、他の事業会社は、この悪影響を強く受けるわけではありません。
しかし、今後、世界的に深刻な不況に陥ることは間違いありません。日本経済への影響は、まず、むしろ欧米向けの輸出の急減、採算の悪化として現れます。これは輸出型産業に深いダメージを与え、設備投資が減少して景気悪化が起きてくると思います。そして、次の段階として、中国をはじめとするアジア経済への影響がどうなるかです。いまや、日本の輸出は対米、対ヨーロッパだけでなく、アジア、特に中国が大きな比率を占めているからです。
中国の輸出産業が非常に困難な状況になっているのは事実です。対欧・対米輸出が激減し沿海部の輸出産業が大きなダメージを受けている。農村部から出稼ぎに来ていた人たちが、仕事がなくなって帰っていく状態になっています。
中国政府は2年間で4兆元(54兆円)の大規模な財政出動による景気対策を決定しました。内陸部の震災被災地などで重点的に復興事業をする。それが農村部に帰った人たちの雇用も吸収できるという訳です。地方政府はただちに計画の策定を行っており、大規模なプロジェクトへの投資が始まっていく可能性があります。財政政策で公的な需要喚起を行い、雇用の吸収を行おうとしているのです。
労働運動や青年労働者への影響
欧州はEUで2000億ユーロの財政出動による景気対策を決めました。米国もオバマ次期政権が公共投資の50年代並への回帰=大幅増を主張しており、就任と同時に財政出動を開始するでしょう。日本でも財政による景気対策が打ち出されました。
しかし、財政支出の拡大によって危機を乗り切るたびにまた貨幣資本の過剰はさらに蓄積されていきます。つまり資本主義が資本主義である限り根本的な解決はないのです。こうした事情を資本主義の世界化の完成局面における矛盾として捉えておく視点が必要ではないかと思います。たしかに市場原理主義への反省は生まれています。しかし、それは資本主義の生き残りのためにこれまでの政策を転換しなければならなくなった、ということです。今後、経済への国家の関与が増加し、規制が厳しくなることは、一定の民主主義的な成果をもたらす可能性があっても、資本主義自体の原理を変えるものでないことは認識しておかなければなりません。
不況であれ需要が減少すれば企業は利潤確保のためのコスト削減のため不要な労働力の購入をやめます。つまり解雇が行われます。さらに賃金を削減したり労働強化を行ったりして利潤を維持しようとします。こうした資本主義の原理が貫くことは市場原理主義が転換されても変わることはありません。
GMなど大手自動車メーカーの救済問題でも、この点ははっきりしています。ブッシュ政権は議会で救済法案が通らない情勢の中で、今回の金融危機対策でつくられた財務省が権限をもつ不良資産買取プログラムを利用した支援を行おうとしていますが、その条件として労働組合に大幅な譲歩を求めています。救済法案の審議においてもすでに労働組合は労働条件についてのかなりの譲歩を行いました。ブッシュ政権はさらにすでに協約されている賃金の削減など労働条件の切り下げを求めているのです。救済策が成立せずに経営が行き詰れば破産法が適用となり、大規模な解雇が行われることの脅威を利用した圧力をかけているのです。まず資本の責任、具体的には経営側の責任追及=辞職と株主責任=株価のゼロ化が行われることが第一だと思います。
11月は米国の雇用が53万人減少しました。かつてない解雇の波が業種を問わずに職場を襲っています。失業率は六・七%に上昇しました。こうした人員削減の嵐の中、12月2日、シカゴのリパブリック・ウィンドウズ・アンド・ドアズという企業の工場閉鎖、全員解雇攻撃に対して、二五〇人の労働者が座り込み職場占拠で闘いました。労働者の要求は法定の退職金と休日分の補償という極めて当たり前で、むしろ控えめといってもよいものでした。しかし、経営側はすぐには要求に応じず、11日間の座り込みの結果、2つの銀行がこの要求への支払いのための資金の貸付に応じました。労働者側の小さな勝利ですが、全米に伝わり倒産攻撃に曝されている労働者たちを勇気づけています。
人員削減の嵐は欧州にも日本にも伝播してくると予想できます。日本の雇用情勢をみるとすでに求人数を求職者数で割った有効求人倍率は大きく低下し、労働需給の悪化を示しています。派遣労働者をいっせいに解雇したり、来年の採用の内定を取り消したりする動きがでてきました。(図2参照)弱い立場の労働者に真っ先に影響が及んでいます。不況の深刻化に伴って希望退職などの人員削減や労働条件の切り下げが次々と出てくるでしょう。
今回の経済危機が世界同時に発生したものであり、グローバル化の中で米国発の金融危機が世界に広がっているのですから、労働者運動の国際的団結がますます必要とされてきます。各国の労働者運動が連携し、労働者を基盤とする政治勢力を強めながら、労働者の権利を守る闘いを強めることが重要だと思います。