戦争と経済 - 行き着く先は

月刊「まなぶ」2024年8月号所収

防衛費と呼ばれる軍事費

 自公政権は防衛費をGDP(国内総生産)の2%にするとして、GDPの1%以内を原則としてきたこれまでの防衛費の基本的な考え方を大きく修正し、防衛費(と呼ぶ軍事費)の倍増に舵を切りました。日本の名目GDPは2023年度597兆円で、その2%にあたる約12兆円もの国費を軍事費に使おうとしているのです。国の予算のうち、国債の償還や再分配である社会保障などではなく、じっさいに物品購入や人件費などの支出に使われるのは年間28兆円程度ですから、このうち防衛費(2024年度予算で8兆円、3割程度)を最終的には4兆円程度増加させて4割程度(約12兆円)にまで増やそうというのです。この費用を一体どこから捻出しようというのでしょうか。
 自公政権が目標としている防衛費のGDP比2%は、NATO(北大西洋条約機構)の各加盟国の目標(今年達成見込み)でもあります。自公政権は日本の軍事費水準をNATO加盟国並みにすることで、アジア・太平洋における米国を中心にした集団防衛体制(複数国の軍事同盟)構築の条件づくりを行っているのではないでしょうか。国民の生命・財産を守るためにこれが必要というのではなく、軍事にお金を使うことが先に来ているのです。
 NATOをはじめとする軍事同盟の一つの中心となる米国は、世界一の軍事大国です。米国の国防予算(2023年度)は8200億ドル(約130兆円)と巨額です。これは、米国のGDPの3%強にあたります。米軍は208万人の軍人と78万人の軍属で構成されています。軍人の数では中国もおおよそ同数ですが、全体人口に比較すれば、米国の軍人比率は中国の3倍以上にのぼります。軍事費の大半は軍人・軍属の人件費ではなく軍用機、船舶、戦車などの装備費であったり、じっさいの戦闘で消費される弾薬類であったりします。また、日本の場合は、日本の自衛隊の費用だけでなく、在日米軍の費用の負担(年間2100億円程度)も行っており、これも防衛費となっています。

収益性の高いビジネスとなってきた防衛産業

 国家安全保障戦略(2022年12月16日閣議決定)では、「我が国の防衛生産・技術基盤は、いわば防衛力そのものであると位置付けられる」としています。政府として大きな軍需産業を成立させようということです。軍需産業が大きくなっても国民生活にはなんのプラスもありません。また、生産的な資本ストックの蓄積にもなりません。無駄なものが多いと批判される公共事業ですが、それでもインフラ整備につながる利点はありました。国民の福祉も公共投資も削って軍需に回すのでは、国民経済としても大きなマイナスになります。
 現在も政府がすでにGDPの1%超える額を防衛費として支出しています。これまでは人件費などで4割程度が使われており、武器などの購入費は8千億円程度でした。しかも主力戦闘機やミサイルなどは、事実上、米国からの輸入です。装備品の最大の調達先企業である三菱重工の場合、調達額は3652億円(2022年度)で全体の21.2%を占めています。三菱重工の連結売上額は4兆2027億円(2022年度)でしたから、その8%弱ということになります。売り上げの1割未満とはいえ、継続的でかつ安定した利益を確保できるわけで、三菱重工にとって重要な部門であることには違いありません。防衛省は発注の際に見積もる企業の利益率を、これまでの8%程度から最大15%に引き上げました。収益性も高いビジネスになってきます。
 調達額の上位には三菱重工の他、川崎重工、日本電気、三菱電機などが並んでいます。今後の防衛費の増加は人件費などではなく、主に装備品調達の増加につながるので、これらの企業はより軍需企業の性格を強めていくことになるとなるでしょう。また、部品調達などの産業連関を通じて、さらに多くの企業が間接的に軍事関連企業になっていきます。武器の輸出も軍需産業を大きくしていく一つの手段です。平和憲法を持つ日本が武器の輸出に踏み切ることは重大な転換で、憲法に違反する行為です。
 資本主義の下での産業の進展の中で、産業技術の発展には軍事技術が応用されることが多かったとの指摘があります。たとえば、ロケット技術はナチスのミサイル開発で発達しました。その後も長距離ミサイルの技術と宇宙開発を名目にしたロケット開発の間に大きな境目がないのも現実です。あるいは、インターネットは米国の国防省と大学をつなぐコンピューター・ネットワークが起源です。ここで開発されたインターネットの通信方法がコンピューターをつなぐ標準的な通信方法として普及し、そのもとでさまざまなビジネスが生まれ、デジタル技術も発達してきました。
 しかし、軍事技術がいつも先にあったというわけではありません。多くの産業技術が軍事にも応用されてきたという方が適切でしょう。

戦争と景気の関係

 株式市場では「遠くの戦争は買い、近くの戦争は売り」という古い相場格言があります。膨大な物資を消費してしまう戦争は、一時的には特別な需要を生むという性格があります。戦争に直接巻き込まれるのでなければ、需要が不足している不況時には軍需物資などの輸出によって景気を立て直す場合があるということになります。朝鮮戦争は戦後の経済困難の時期に日本の産業に米軍などからの特別な需要をもたらし、その後の高度成長のきっかけになりました。しかし、これは公共投資などの増額で十分に行うことができ、本来は軍需に頼る必要はありません。戦争で景気を良くするなどというのは、現実を直視しない言説でしょう。
 現代では限定的な地域紛争以外の国家間の戦争になれば、世界戦争のリスクが一気に高まります。核戦争になれば経済どころか人類の破滅の危機に陥ります。将来への不安は経済活動には大きなマイナスです。
 ウクライナへのロシアの侵攻によってエネルギー価格が急上昇しました。欧米の一部の軍需企業はウクライナへの軍事物資支援で潤ったかもしれませんが、ほとんどの産業はエネルギー価格上昇でコスト高となり、全体的にはインフレも高まって金融政策が引き締めに転換(日本は例外)したため、景気にはブレーキがかかりました。株価は上昇をつづけましたが、各国で企業設備投資が増加と企業利益の増加が相乗的に起きたことが主要因であり、戦争景気ではありません。

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