成熟し始めた日本企業の海外進出―日本帝国主義の現在(2021年)

「社会主義」2021年5月号(社会主義協会

                              北村巌


外国における搾取が大きな収益源となった日本資本主義

日本の対外純資産は、2019年末で364兆5250億円(財務省「本邦対外資産負債残高」)に達した。対外純資産というのは経常収支の累積であり、日本が貿易・サービスや投資収益などの受け取りによって所得が対外資産となることによって増加していく。2020年の経常収支が17兆5,347億円(財務省・日本銀行「国際収支統計」)であったことから、2020年末の対外純資産は380兆円を超えていたであろう。当面、日本の経常収支が赤字化する条件はほとんどなく、対外純資産は今後も増加を続けていくであろう。
1990年以来、日本の対外純資産は世界最大という状態を続けている。対外純資産は日本の対外国資産1097兆円から外国の対日資産733兆円を差し引いたものであるが、対外外国資産も対日資産のあり方もバブル時代の1990年当時からは大きく変わっている。
日本経済は「停滞のXX年」などと表現されることがあるが、日本の対外資本進出(資本輸出)は停滞どころか急成長していた。1980年代までは、日本が対外債権国になったとは言っても、資本輸出は証券投資が大きく米国債を中心にした投資であった。しかし、1990年代に入ると日本独占資本は国内における設備投資は停滞させつつ、外国への直接投資(企業の海外進出に伴う投資)を着実に行い、2000年代になって急増した。

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国内で余剰となった資本は貨幣換算で国際収支上の経常収支(国民経済計算上は海外部門の国民経常余剰)に現れる。日本の経常収支は1981年以降ずっと黒字が続いている。つまり、日本は40年に渡って資本輸出国であり続けている。資本輸出は当初は余剰資金を外国への証券投資という資金運用が主体に開始され、次第に大規模な企業進出(直接投資)へ振り替わっていったのである。余剰資金は金融機関への預金などになり、金融機関による資金運用として対外投資の大規模化が始まった。事業会社もある程度は外国への証券投資に入っていったが、証券投資で利子や配当を得る収益性に比べて、事業リスクはあるものの高い利潤率が実現できる可能性がある直接投資が次第に増加してきたという経過をたどった。統計上では資産側でも負債側でも証券投資も大きく増え、金融派生商品も計上されるようになったが、この動きは金融の国際化が進んだものと解釈できるであろう。
直接投資残高の増加は、00年代43兆6522億円、10年代は133兆4938億円と加速している。その結果、直接投資の残高は2019年末には202兆8330億円(財務省「本邦対外資産負債残高」)まで増加した。経済産業省「海外事業活動基本調査」によれば、18年度(直近統計)で、現地法人数は2万6,233社、うち製造業が1万1,344社、非製造業は1万4,889社となっている。これらの企業に605万人が雇用されている。18年平均の国内雇用者数が5936万人(総務省「労働力統計」)であるから、その1割以上の労働力が日本企業の海外事業で使用されていることになる。また製造業についてみると、国内の雇用者は1014万人(同)であるのに対し、製造業の海外における雇用者数(常時従業員数)は457万人であり、日本の製造業が海外現地生産なしにはやっていけない状況になっていることがわかる。
こうした直接投資による収益、すなわち外国における労働搾取の果実は、2020年で14兆3643億円(国際収支統計)に達している。残高と比較しての投資収益率はおおよそ7%であり、世界的低金利状態においては、証券投資よりははるかに高い収益率を実現していると言える。さらに指摘しておきたいのは、直接投資収益だけでなく、日本の独占資本は外国の現地子会社への技術ライセンス料のなどの名目で利益を回収している。子会社分についてだけの統計はないが、国際収支上の知的財産権使用料の受け取りが2020年で4兆5982億円(同)となっており、2000年に1兆1024億円であったことと比べ、かなりの部分が直接投資の拡大、とりわけ製造業などの展開に伴って上がっている可能性がある。もう一つの考慮点は、直接投資による現地子会社が販売小会社であるような場合、必ずしも子会社自体には高い収益性を求めているわけではなく、子会社のマージンは低めにして、むしろ利益は日本の親会社が直接得ている場合もある点である。また製造業においても現地からの出荷価格は抑えて輸入し、親会社が超過的な利益を得るというケースもあり、この場合も現地子会社の収益性は表面上低くなる。多国籍企業グループ内の国際取引は節税のために価格操作されている可能性はかなりあるとみた方がいい。直接投資からの収益の状況についてはこうした事情があるので、ある程度の幅をもって評価すべきであろう。以下、収益状況についての記述についてはこの点を含んでみていきたい。
直接投資から得ている利益(直接投資収益)の規模は経常収支の黒字幅に、ほぼ匹敵している。つまり、直接投資収益が、日本経済が経常収支黒字を維持している大きな要因担っているわけである。また日本の非金融法人企業部門の19年度経常利益総額が71兆円(財務省「法人企業統計」)であることと比較すると、直接投資の収益はその20%程度の水準に達している。
 ちなみに2020年の直接投資収益を各国の国際収支統計でみると、米国4947億ドル(約52兆円)、英国514億ポンド(約7兆円)、ドイツ894億ユーロ(約11兆円)となっている。ただし、英国は対内直接投資に対する投資収益の支払いも大きく、ネットで見ると2020年はマイナスに変化した。直接投資による他国の労働搾取に関していえば、日本企業は米国企業に次いで2番目の国になっていそうだ。
 日本企業の直接投資による収益が巨額になってきているとはいえ、一方で上場日本企業の外国人による株式保有比率は29.6%(19年度末、東証等「株式分布調査」)となっており、特に多国籍化している企業への外国人投資家の投資が多いことを考慮すると、利益の3割以上は再び外国に帰属している可能性がある。
また資金的な流れでいえば、利益のかなりの部分は内部留保として現地法人の再投資に使われている。20年でみると直接投資収益14兆1593億円(前掲)のうち、配当として親会社に還流した額が6兆9127億円、利子として還流した額が2049億円に対し、7兆2466億円が内部留保として再投資されている。

直接投資の地域的分布

日本の直接投資残高(2019年末)を地域別に見ていくと、北米が最も大きく31%、次いで欧州が29%、アジアが28%となっており、この3地域におおむね同じくらいのウェイトで投資が行われていることがわかる。
北米は米国がほとんどであるが、米国向けでは製造業よりも非製造業、特に卸売・小売業と金融・保険業が大きい。製造業では化学・医薬、輸送機械、機械が比較的大きい投資額になっているが、雇用の点では輸送機械の常時従業員数22万人(経済産業省「海外事業活動基本調査」)が大きく、自動車の現地生産および関連企業によるものと思われる。現地法人数で見ても輸送機械は293社と多く大手だけでない海外立地が行われている。
欧州でも直接投資残高は製造業よりも非製造業が大きく、卸売・小売業と金融・保険業が大きいが通信業もそれに匹敵するのが特徴である。製造業では化学・医薬、輸送機械、食料品が大きい。雇用面ではやはり輸送機械が大きく常時従業員数18万人(同)となっている。これも自動車の現地生産および関連企業によるものと思われる。
アジアは欧米とは異なり、直接投資残高で製造業が非製造業を上回っている。輸送機械、電気機械、一般機械、化学・医薬が大きな投資額になっている。非製造業は金融・保険業と卸売・小売業である。雇用面から見ると、輸送機械の常時従業員数(同)が119万人と圧倒的に大きく、現地法人数でも1475社とかなり多い。自動車産業がアジアを生産拠点として重視してきていることがわかる。

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(多国籍企業トヨタ自動車の例)
製造業の海外進出では自動車の割合が大きいので典型的な例としてトヨタ自動車の海外進出をみてみよう。トヨタ自動車は、年間売上30兆円規模であり、多くの国に生産拠点を持ち、みずからグローバル企業と名乗っている。株式は国内だけでなく、ニューヨーク証券取引所に上場され、普通株式の約20%が外国人所有となっている。
トヨタ自動車の米国SECに届け出た年次報告(19年度)によれば、子会社数は国内219社、海外309社となっている。生産拠点は日本および27カ国に50社あり、主要生産拠点は、日本、米国、カナダ、英国、フランス、トルコ、チェコ、ロシア、ポーランド、タイ、中国、台湾、インド、インドネシア、南アフリカ、アルゼンチンおよびブラジルである。
生産台数882万台のうち、日本50%、北米20.5%、アジア17.3%、欧州7.6%などとなっており、国内生産は半分、残りの半分は北米、アジア、欧州などに分散した生産拠点を持っている。
自動車の販売という面で見ると、日本で224万台(25.0%)、北米で271万台(30.3%)、アジア160万台(17.9%)、欧州102万台(11.5%)、その他となっており、ネットでみると日本からの他地域への輸出がまだ大きいという構造が変わるまでには至っていない。ただしアジアに関しては生産台数と販売台数がほぼ同じ水準となっている。
海外における従業員数は詳細には開示されていないが、ケンタッキーの工場7795人、インディアナ5928人、タイ9818人など1工場で5000人から1万人の規模の模様である。米国でケンタッキーやインディアナといった地域を選んでいるのは、経済的に停滞した地域であり、労賃が安く、また労働運動が弱く労働組合が結成される可能性が小さいということが背景にある。こうした立地条件を選択しているのは他の日本の自動車会社も同様である。
トヨタの関連会社としては自動車の電装品製造企業であるデンソーが大きい。デンソーの海外進出も、トヨタの海外進出と同じパターンになっている。売上高6兆3623億円のうち、日本51.3%、北米18.5%、アジア20.1%、欧州9.1%、その他という構成でトヨタの生産台数ベースの内訳とよく似ている。
関連会社だけでなく、多くの下請け会社も元請け会社の立地に沿った海外進出を行なっていると考えられ、立地する現地法人数の多さに関係していると推察できる。

アジアにおける日本企業

アジアといっても大きくは中国、インド、ASEAN、その他といった国、地域に分けて見ていく必要があろう。

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中国への直接投資残高は13兆9147億円(19年末、「国際収支統計」)で、直接投資収益2兆1027億円(20年)となっている。資本利潤率は15.1%と非常に高い。中国での常時従業員数は144万人であり、うち製造業が120万人と圧倒的なウェイトを占めている。従業員1人当たりの直接投資収益は146万円となる。製造業の中でも人数が多いのが輸送機械と情報通信機械であり、自動車の組み立てや携帯電話の組み立てが比較的低い労賃を利用して中国で行われているという姿を示している。ただし、自動車生産については主に中国市場向けであり、携帯電話については輸出(日本を含む)が主力となっていると考えられる。
中国への直接投資は中国市場へのアクセスを求めるための自動車生産、企業内分業において労働集約的な組み立て工程を低賃金で行うための立地の大きく2つに分けられるかもしれない。後者については、現状の利潤率は高いものの、中国の賃金が順調に上昇していることから、立地の再考が迫られているのではないだろうか。日本企業の中国からの撤退率は3%程度になっており、今後もその傾向は続くだろう。
中国と同様10億人以上の人口を抱えるインドに対する日本の直接投資はあまり大きくなく、3兆471億円(同)である。直接投資収益は971億円にとどまっており資本利潤率は3%に満たない。進出している業種は輸送機械と金融保険が大きい。輸送機械が大きいのはインドに積極的に進出している自動車のスズキの影響であろう。やや特殊ケースであるが、スズキはインドにおいて自動車の現地生産を行い、自動車販売のシェア5割を達成している。インドへの直接投資はアメリカ、シンガポール、オランダ、英国、UAEなどが多い。米国からの直接投資残高は458億ドル(19年末、米国経済分析局)となっていて日本より5割程度大きい。ただし、欧米の場合、シンガポール経由の投資(シンガポールの子会社がインドに投資)も大きい可能性がある。
ASEANへの直接投資は全体では29兆円(同上)と中国の2倍程度になっている。直接投資収益は2兆6457億円(20年、ミャンマー、カンボジア除く)と資本利潤率は9.1%以上とかなり高い水準である。常時従業者数は160万人であり投資額との比較いうと中国よりは少ないが、絶対数では大きな数であるといえよう。
ASEAN諸国の中で日本企業が最も大きな直接投資を行なっているのは、シンガポールである。シンガポールへの直接投資は8兆9341億円(同上)、直接投資収益8296億円(同上)で、資本利潤率は9.3%となっている。シンガポールは人口570万人の都市国家であるが、ASEANの中では高所得国であり、またASEANのハブの役割を果たしている。日本の直接投資も金融・保険業、卸売・小売業が中心で製造業への投資は少ない。常時従業員数12万5852人であるので、1人当たりの直接投資収益は659万円とかなり高い。シンガポール自体が高所得国であることが要因であろう。

シンガポールと並ぶ投資先となっているのはタイである。タイへの直接投資残高8兆1992億円(同上)、直接投資収益9324億円(同上)で資本利潤率は11.4%とかなり高い。業種別には輸送機械(主に自動車と考えられる)が大きいが、他の業種も多く進出している。常時従業者数は70万7686人と日本企業の海外現地雇用全体の1割以上にのぼっている。従業員1人当たりで見ると直接投資収益は132万円となる。大量の低賃金労働者を搾取するという目的の投資と位置付けて良いだろう。
その他のアジア諸国で重要なのは韓国と台湾である。両国ともハイテク産業の輸出を中心に経済発展し、ハイテク分野では日本企業のライバル企業も多い。
韓国への直接投資残高は4兆2415億円(同上)で、おおよそ製造業と非製造業が半々の構成になっている。直接投資収益は4151億円で9.8%と比較的高い資本利潤率になっている。常時従業員数は8万508人であり、1人当たりの直接投資収益は515万円とアジアの中ではシンガポールについで高い。
韓国への製造業の投資では、化学・医薬が7732億円と大きく、ついで電気機械となっているが、化学・医薬は近年になって大きく伸びた分野である。組み立てなどが主であった電気機械はかなり撤退している模様で、ハイテク分野が増加しているということであろう。かつて初期の韓国への直接投資を行なった繊維は41億円まで減っており、事実上消滅したと言える。
台湾への直接投資残高は1兆7085億円(同上)で製造業が1兆198億円を占める。直接投資収益は2192億円(同上)で12.8%とかなり高い。常時従業員数は製造業では電気機械、化学・医薬といったハイテク産業中心である。11万2723人と韓国と比べて投資額の割には多い。
アジアの現地法人の販売先(18年度、経産省「海外事業活動基本調査」)では日本が15%、アジア域内が79.6%(うち現地56.0%、域内23.6%)となっている。欧米への直接投資に比べ、日本への販売が大きいのが特徴であり、アジアへの直接投資は、日本の需要を満たすためでもあるという関係になっているのが特徴である。一方、原材料調達における日本の比率は23・4%で現地生産が日本からの輸出ドライバーになるという関係は徐々に薄れてきているようだ。

最後に

製造業の現地生産比率は2014年に38%を超えてからはほぼ横ばいに推移している。日本の製造業の海外現地生産化は成熟期に入っていると思われる。今後は非製造業の展開が直接投資の主流となっていく可能性がある。
現代の資本輸出はますます相互的で補完的になっており、これまで欧米諸国に比べると比較的少なかった対内直接投資が増加してきている。対外直接投資に比べればまだかなり少ないとはいうものの対内直接投資残高も24兆920億円(「国際収支統計」)まで増加してきた。シンガポールを中心にアジアからの投資も増加している。コロナ禍で足元では停滞気味であろうが、長期的には貿易関係だけでなく、ますます資本関係においても相互依存的な関係が強まっていこう。

「社会主義」誌(社会主義協会)掲載 経済情勢分析リスト(北村執筆分)

月刊「まなぶ」連載 経済を知ろう! 目次



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