ようやく黒田総裁が交代-金融政策はよくなるのか

労働大学出版センター「まなぶ」2023年3月号所収

アベノミクスを支えてきた黒田総裁の下での金融緩和。ふりかえって、どのようなものですか。

 民主党政権の経済政策をデフレ継続の緊縮政策と批判していた安倍自民党にとって、政権交代後の円安・金融緩和志向の経済政策を行うためには、日銀出身の白川方明総裁に替えて財務省出身で金融緩和論者の黒田東彦氏は最適だったと言えます。日銀総裁は財務省出身者と日銀出身者の間で交互に任命されることが多く、財務省出身者に交代させるという名目もつきました。
 2013年4月に就任した黒田総裁はデフレ脱却のために、みずから黒田バズーカと呼ぶような超金融緩和政策を推し進めました。消費者物価上昇率を2%にすることを目標に、マネタリーベースをふんだんに供給することで金融政策面から景気を改善するという論理でした。そのためにマネタリーベースの大量供給の目標も設定しました。
 マネタリーベースというのは、市中の現金流通量と市中銀行の日銀への預金の合計額を指し、中央銀行(日本では日銀)がコントロールすることができます。金融政策は中央銀行が政策金利を上下させることによって行うのが正常な姿ですが、ゼロ金利にした上で、さらに金融緩和を行う方法としてマネタリーベースを供給する量的緩和が考えだされました。
 黒田総裁の下ではこの量的な緩和だけでは足りず、さらに「質的」が付け加えられ、日銀の金融政策は量的・質的緩和政策となりました。質的というのは、ETF(株式の指数連動投資信託)の保有額を拡大したり、長期国債買い入れの平均残存期間を延長したりするといった日銀が金融リスクを負担するという政策です。これは、リーマンショック時に米国連銀がクレジット緩和というクレジットリスクを負担して金融の安定を図るという政策を採用したことを日本の金融事情に合わせて真似たものでした。
 安倍政権が黒田氏を総裁にすえ、金融緩和政策を日銀にゴリ押しし「中央銀行の独立性」を損ねたという批判があります。独立性というのは日本銀行法3条と5条で業務運営の自主性が認められていることを指しています。しかし同時に日銀法4条には、通貨及び金融の調節が政府の経済政策の基本方針と整合的なものとなるよう、つねに政府と連絡を密にし、十分な意思疎通を図らなければならないとされています。ガバナンスの観点からもみても中央銀行が政府からまったく独立している状態が必ずしもいいわけではありません。

当初は経済界も金融緩和に期待していたと思います。当時はどんな思惑だったのですか。そしていま、資源高騰と円安の中で、どんな思惑がありのでしょうか。

 2012年当時の白川日銀総裁の金融政策の考え方は、小泉政権による「構造改革」路線の延長であり、産業構造調整という名目の低収益産業・企業の切り捨て政策を後押しするものでした。
 この日銀の金融政策の考え方は民主党政権になっても変わりませんでした。2008年のリーマンショックによって金融緩和を行わざるをえず事実上のゼロ金利政策をとっていましたが、量的緩和やマイナス金利には踏み込みませんでした。そのため、株価は上場平均で1株あたり株主資産(簿価)を下回る状態がつづき、リーマンショックと11年の東日本大震災のショックからの景気回復に不安な大企業経営者には、一段の金融緩和を求める動きが出ていました。こうした財界の意向を受け、12年12月に自民党への政権交代によって生まれた第2次安倍政権は、大規模な金融緩和による景気浮揚を志向したわけです。とくに円高を是正し1ドル80円前後であった為替相場を100円以上にもっていこうとしました。輸出型製造業にとっては、おそらく90円台であったと推定される円ドルの購買力平価より円の為替レートが高い状態は解消したいと考えていたでしょう。
 日銀の金融政策が黒田総裁のもとで大きな量的緩和を始めることを期待して株価が上がり、黒田総裁就任前から大きく円安に動いていきました。このあたりは安倍政権の目論見通りであったと言えます。しかしながら、2%インフレをめざすという政策は、結局、黒田日銀の金融政策では達成できなかった、ということになるでしょう。昨年からのインフレはあくまで、世界的な原油価格の高騰の波及であって、日銀の金融緩和の成果ではありません。
 そもそも、インフレをめざすという政策にはどのような意味があるのでしょうか。主に金融業界がマイルドインフレを求めてきたのは、金利がゼロである状態から脱し、長期国債の利回りや住宅ローン金利を高くし、低い預金金利とこれらの金利の差(利ざや)を大きくして利益をあげたいということなのです。金融政策当局としてもある程度のインフレがあることで金融政策を金利操作に戻せるという利点はあるでしょうが、経済全体にメリットになるとまでは言えません。

 

今回の日銀総裁の交替。どんな意味があるのでしょう。

 昨年の日銀の緩和継続による円安放置は、黒田執行部の超緩和へのこだわりによって極端に相場が振れてしまったわけですが、こうした極端な円安が日本経済のさまざまな分野に困難をもたらしたことから、長期金利の誘導水準の修正が行われることとなりました。
 今回の交代は、日銀総裁の椅子を日銀生え抜きと財務省官僚の間でのタスキ掛け人事にしないという点では良いことかもしれません。植田和夫東大名誉教授は日本の金融論分野での権威ともいえる人物です。すでに1998年の金融不況の時期に日銀の政策審議委員を務めた経験をもち、ゼロ金利政策導入の旗手でもあります。黒田総裁による金融政策の路線に捉われない判断がされていくことになるでしょう。
目標とすべきインフレ率の見直しや膨れ上がったマネタリーベースをどう縮小していくのか、日本の金融の正常化に向けて金融の理論的専門家としての手腕が問われることになります。

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