世界経済の動向 - 米国とアジアを中心に (2022年7月)
「社会主義」(社会主義協会)2022年7月号所収
原油高とドル高・円安
世界的な物価上昇の原因である原油価格の上昇は、プーチン政権によるウクライナ侵攻後、3月8日にW T I原油で123.64ドル/バレルの高値をつけた後、比較的落ち着いた動きとなった。6月2日、サウジアラビアやU A Eなども価格上昇に対応して増産の方向を決定した。しかし、米英に続いてE U諸国もロシア産原油輸入禁止に動いてきたため、緩やかに上昇してきており再び120ドル前後となっている。今後の価格動向はサウジアラビアなどがさらに原油増産に動くかどうか、中国やインドなどが、中東産原油からロシア産原油に切り替える動きをすすめるかどうかにかかっている。
かつて1970年代にO P E C(石油輸出機構)は、金・ドルリンクをやめたニクソン・ショックによって暴騰した金価格に対して、原油価格をスライドさせようと値上げを繰り返した。そうした1970年代のオイルショックとは違って、現在のO P E C諸国は必ずしも大きな価格上昇を目指してはいない。原油価格が上昇しすぎると代替エネルギー開発や利用が促進されて原油の需要が減退してしまうからである。しかし、全般的な物価上昇が起きてくると、それに応じた値上げというスパイラルが生じる可能性には注意しておきたい。現状では120ドル前後は増産を促す水準である。
天然ガスについては、欧州はロシアからの輸入を継続するが、経済制裁に対する報復としてロシア側が欧州に対して供給を減少させる動きを示しており、特に冬の暖房需要が増加する時期の欧州でのエネルギー不足が懸念される。
日本国内の物価上昇要因として円安の動きが注目されている。世界経済の視点から見ればただ単に円が安いというよりもドル高が起きている、ということに注目したい。通常、為替相場は国際収支が良好だと高くなり、悪化すれば安くなるといった動きが想定される。しかし、米国の国際収支が良好というわけではない。米国の経常収支赤字は2020年6161億ドルから2021年はさらに8216億ドルに増加し、縮小の兆しは見えない。ドル高で輸入がさらに増加の勢いを増す可能性もある。それでもドル相場が強いのは、米国への投資の低リスク感、リターン期待による資金流入が大きな要因であろう。
ドルと並んで上昇しているのが中国人民元である。ただし、人民元の上昇はもともと絶対的な購買力平価水準から見て非常に安かった水準であり、経済力の強化に従って上昇してきたという側面が強い。また、中国が国際収支上、貿易黒字を基礎に莫大な経常収支黒字を上げ続け、為替レートの切り上げを求められ続けていることが背景にある。中国自身も、為替レートを切り上げ、国内のインフレを抑えながら消費水準を上げていく(共同富裕)ために輸入増加の方向に舵を切っているのではないだろうか。
一方で、ユーロや日本円の実質実効為替レート は低下を続けており、特に日本円はかつてないほど購買力平価から大きく円安に乖離している。(図表1)トレンドとして日本円の実質実効為替レートが低下しているのは、主な貿易相手国である中国の人民元が上昇トレンドにあるからで、これは人民元が購買力平価から見て安すぎたことの修正であり中長期に続く傾向であろう。
しかし、対ドルでの日本円の大きな下落は、主に金利差によるものと考えられる。米国は、コロナ禍対応で事実上のゼロ金利を続けてきたが、今年3月以降はインフレ状況に対応して利上げに転じており、6月15日政策金利はさらに0.75%引き上げられて1.5%-1.75%ゾーンとなり、今後も利上げを継続する見通しである。こうしたF R Bの金融政策転換を受けて長期金利も上昇してきた。10年国債利回りでみると、年初の1.63%から3.38%(6月15日)まで上昇しており、期待実質金利を表すインフレ連動国債 も年初▲1.08%が0.89%(6月14日)とプラスとなってきた。引き締めとまでは言えず、超緩和の修正という段階であるが、それでも大きな金融政策の転換である。
一方で、日銀は超金融緩和の継続に固執しており、長期金利(10年国債利回り)の水準を、0.25%を上限としてコントロールしており、期待実質金利を表す物価連動国債の利回りも、マイナス圏が続いている。直近の物価連動国債の入札結果は▲0.715%(5月16日)であった。物価上昇に差があるとはいえ、期待実質金利が日米で1%以上乖離していることになる。また財務省も為替相場への介入姿勢を見せていない。そのため、円の実質実効為替レートがすでに相当に低い水準にあるにもかかわらず金利差拡大を背景にした投機的な円安が進行した。
日本経済の輸出入構造は、特に輸出においては製造業による財貨の輸出は飽和し、訪日観光によるサービス輸出の増加が大きな寄与をするようになった。しかし、これはコロナ禍で途絶えている。現在のコロナ禍の状況から円安になったからといって訪日観光が増加することには相当の制約がある。一方、輸入において、特に消費財は中国をはじめとするアジア諸国に依存しており、円安になっても国内生産が代替するような水準にない部分が大きい。そうした事情も投機的円安を許しているということになるだろう。
コロナ対策から脱するか、中国経済
2022年4月から中国の経済成長は大きく減速した。これは、主に上海市で新型コロナウイルス感染症の感染爆発が起き、3月28日から1カ月半以上にわたり厳格なロックダウンが実施されたことによる。上海市での感染は4月半ばには1日3000件程度まで増加したが、6月になってからは1日数件にとどまるまで抑制された。中国の厳格なロックダウン政策は成功した形となっている。
感染爆発の起きた上海市でかなり収束が見通せるようになったため、ロックダウンは6月初めに解除された。しかし、11日には検査のためのロックダウンが実施されるなど、完全な収束と解除には至っていないようだ。中国当局の姿勢はかなり慎重であるといえる。
2022年1月~3月の実質GDP成長率は前年同期比4.8%となったが、4月~6月はロックダウンの影響で2%程度に落ち込むと予想する向きが多いようだ。7月以降の経済成長はロックダウンが終了するかどうかにかかっているので確たる予測はできないが、現在のコロナ感染の収束状況であれば、ロックダウン解除後は反動増的な経済活動の活発化が起きる可能性がある。今回のロックダウンの影響は、自動車の生産に大きく響き、そのほか金属加工機械、セメント、パソコンなど広範囲の製造業に渡った。サービス産業では外食産業への影響が大きい。これらの産業が急速に正常化される可能性はあるだろう。ただし、政府目標である5.5%を達成できるかどうかは不透明である。
経済減速は中国でも失業の増加をもたらした。特に若年失業率の高まりで、若年層にはロックダウン政策に対する不満が高まっていることが指摘されている。全体の失業率は6%程度であるが、若年層(16〜24歳)の失業率は18%を超えており、社会不安の要素となりかねない。経済活動の再開による新卒者の雇用増加が急がれるわけである。
またこれまでの不動産バブルのツケとして不動産開発大手の恒大集団の経営危機が中国の金融市場に大きなリスクとなっている。恒大集団は2021年12月に米ドル建て社債の利払いを行わず、欧米格付け会社から一部デフォルトと認定された。恒大集団は7月ごろまでに債務返済の暫定的な計画を打ち出す方針と発表している。他の大手不動産開発会社にも飛び火しかねない問題である。克爾瑞不動産研究センターが発表した4月の大手不動産100社の新築住宅販売成約高は4284億7000万元と、前年同月比58.6%減少、1−4月累計でも50.2%減となる。不動産不況は深刻化、長期化している。不動産投機を抑え込むために導入した住宅取引制限は、多くの都市で緩和あるいは完全撤廃されたが、それでも不動産不況は改善していない。
こうした金融状況とロックダウンでの経済停滞を受けて中国の株式市場の株価は大きく下落した。2021年12月9日に3673ポイントだった上海総合株価指数は、その後大きく下落し、4月26日には2886ポイントまで下落した。その後ある程度回復してきてはいるものの停滞感は強い。
こうした中、中国政府は積極的な財政・金融での景気対策を発動している。ブルームバーグの集計によれば、今年の中国の景気対策は35兆5000億元(約676兆円)規模となるとされる。こうした対策によって財政赤字が増加するのであれば、一方で富裕層や企業に対する増税をおこなっていかなければ、経済格差は拡大し、貨幣資本の過剰によってバブルに再びさらされることになるだろう。
中国共産党は、秋に5年に1度の党大会を開く予定である。今回は習近平総書記(国家主席)が2期10年という一旦確立された通例を破って、3期目続投が確実視されている。習近平の路線は改革開放の修正であり、習近平=社会主義核心といった思想(個人崇拝)や経済・社会の統制強化など特徴とする。目標とする「共同富裕」(格差社会の是正)をより現実化していくことが求められる。市場経済万能主義から規制を重視する路線への転換のようではあるが、人民の参加による民主主義の発展を同時に追求しなければ、官僚主義の弊害が増すだけであろう。
アジア新興国の経済動向
中国以外のアジア新興国の経済動向を見てみよう。
インドは2020年にコロナ禍に対するロックダウン政策を実施し、実質G D Pは▲6.6%と大きなマイナス成長を経験した。2021年はその反動もあって8.9%の高い成長を記録した。今後は7〜8%のコロナ禍以前の成長軌道の復活が期待されている。
ただし、インフレ率は加速して中央銀行の目標を上回る水準となっているため、金融政策は引き締め気味の政策が採られていくと思われる。原油高に対しては、ロシア産原油や石炭の調達を活発化させる動きとなっている。
IMFの世界経済見通しによれば、2022年の経常収支は1020億ドルの赤字となると予想され、G D P比でも2.9%にのぼる赤字となるとされている。原油高の負の効果もあり、資本流入が順調に進むかどうか、という点がリスクとなる。
タイは2020年にコロナ禍に対するロックダウンの影響で実質G D Pが▲6.2%となったのち、2021年は1.6%とプラス成長に復帰したが大きく反動増とはならず低空飛行である点は否めない。2022年は3%程度の成長が予想されているが、これでもコロナ禍以前の水準には戻らない。経常収支は2021年に109億ドルの赤字となった。近年にない大幅な赤字である。タイバーツは2020年からかなり上昇しており、今のところ通貨危機の心配はないが、バーツが強いことによって輸出型の経済成長が制約され経常収支も悪化している構図となっている。
ベトナムはコロナ禍においても、2020年の実質G D P成長率が2.9%と2019年の7.2%から大きく減速したもののマイナス成長とならなかった。2021年は2.6%とさらにやや減速したが、今年から成長軌道への回復が起きていると見られている。国際収支は落ち着いており、2021年は17億ドルの赤字となったが2022年はほぼゼロに回復する見通しとなっている。
インドネシアは2020年▲2.1%のマイナス成長となった後、2021年には3.7%と回復し、今年は5%台へと成長軌道に復帰する見通しとなっている。失業率は2020年に7%に上昇したが、緩やかに回復しており今年は6%程度に落ち着くと見られている。国際収支はコロナ禍で設備投資など経済活動の停滞による輸入の停滞でかえって改善している。今後順調に成長軌道に乗ると再び悪化する可能性があるだろう。インドネシアは産油国ではあるが、国内需要を満たしきれず、2003 年以降輸入超過となっている。今回の原油不足対応ではロシア産原油の輸入を再開する可能性がある。
マレイシアは2020年▲5.6%のマイナス成長の後、2021年は3.1%に回復したが回復力はあまり強くないと言える。国際収支では経常収支の増大傾向が続いており国際金融面で安定していると言える。
フィリピンは2020年に実質G D Pが▲9.6%と大幅なマイナス成長となった。2021年は5.6%と回復し、今後は6%程度の成長軌道を取り戻すと予想されている。失業率は、2020年に10.4%に急上昇したが2021年には7.8%に低下、今年は5.8%とコロナ禍前の水準に落ち着いてくる動きになった。国際収支面では2020年は輸入減少で一時的に経常収支が黒字となったが、景気の回復とともに赤字になってきている。海外からの投資が継続し、輸出増加につながるかどうかが今後の経済動向を占う上でのカギとなるだろう。
ミャンマーはコロナ禍の2020年には減速しながらも3.2%のプラス成長を確保していた。しかし、2021年2月の国軍によるクーデターにより経済は混乱し、実質G D Pは同年に▲17.9%の落ち込みを見せた。今年は若干のプラス成長が見込まれているが、経済低迷の継続であり、今後5年程度かかっても実質G D Pがクーデター前の水準に回復するのは難しいと考えられている。国際収支動向では、2020年は27億ドルの経常収支赤字であったが、2021年は8億ドルに改善した、経済活動の大きな落ち込みで輸入が減少したためである。基本的に慢性的な赤字体質は変化していない。今後の経済は政治面での動向が大きく影響するであろう。
米国住宅バブルとその崩壊リスク
米国の資産市場ではコロナ禍に対する金融緩和政策の結果、株価の上昇に加え、住宅価格が大きく上昇した。リーマンショック前以来の住宅バブルが発生しているといっても良い状況になった。
ケースシラー住宅価格指数(20大都市)で見ると、2010年初と比較して108%(2022年3月)の上昇を示しているが、この間の住宅賃貸料(消費者物価)は45%しか上昇しておらず明らかに住宅価格が割高となっている。(図表3)
これまでコロナ禍対策の金融緩和政策で長期金利が低く抑えられ、従って住宅ローン金利がかなり低くなったために賃貸料よりローン返済額の方が低くなり、住宅価格の上昇傾向が続いてきた。この状態はリーマンショックが起きる1、2年前の住宅市場の状況にかなり似てきている。
住宅購入のしやすさを指数化したアフォーダビリティ指数 (全米不動産協会)を見ると、2021年1月に187.8まで上昇したが、価格上昇と金利上昇で2022年4月には109.2まで低下してきた。リーマンショックの直前では同指数は120から140のゾーンで推移し、住宅価格が高くなりすぎて同指数が100程度まで低下したところで住宅価格が下がり始めたという経緯がある。住宅価格下落がサブプライムローンの不良債権化につながり、さらにサブプライムローンの証券化商品の派生商品の価格が暴落したことによりリーマンショックと呼ばれる金融危機が発生した。
F R Bは3月から金融緩和の修正を開始しており、長期金利が短期金利に先行して上昇してきている。米国の10年物国債利回りは、年初には1.63%であったが、6月13日には3.63%に上昇している。これにともなって30年固定金利住宅ローンの金利も年初3.22%から6月9日5.23%に上昇した。この金利上昇で30年ローンでの支払い総額は25%程度増加することになる。住宅はすでにかなり買いにくくなっているはずである。
住宅と並んで超金融緩和でバブルを起こしたものに仮想通貨がある。仮想通貨の代表格であるビットコインの相場は、コロナ禍の始まった2020年3月13日には5165ドルに下がっていたが、2021年に入って急騰し11月12日に64400ドルまで上昇した。長期金利の上昇とともに相場は崩れ、現在はピークから3分の1未満の20430ドル(6月15日)まで下落している。なんらの経常的収益をもたらさない資産であるビットコインは期待実質金利がマイナスであったことによって急上昇したが、F R Bが金融政策を転換し、期待実質金利がプラス圏に回復したことで暴落を始めた。
株式市場では、コロナ禍で大きく上昇したI T、ハイテク系の株式が値崩れを起こしている。インフレ率の高止まりが予想以上になっているため、長期金利の上昇を受けて株式市場は全体に調整に入った。
こうしたインフレと金利上昇が住宅市場、株式市場、仮想通貨市場でのバブルを崩壊させつつあることが、リーマンショックのような金融危機にまで至るかは今のところ未知数である。F R Bは物価上昇に対応して、利上げを急ぐなど非常にオーソドックスな金融緩和の修正で対応しており、住宅価格の下落が起きる前にすでに株式市場などの資産市場を冷やすという動きに出てきている。この点は緩やかな利上げしか行わず、長期金利が比較的低位に安定していたリーマンショック前のグリーンスパンによる金融政策とは異なっている。ソフトランディングを狙った政策であるが、原油価格上昇が続き、かつ住宅価格下落が起きてきたときには金融政策は相当に綱渡り的にならざるを得ないであろう。
米国経済は、景気循環の観点で見れば、設備投資の水準がすでにかなり回復し、失業率もコロナ禍以前の最低の水準まで改善しており、いずれにせよ景気調整は避けられない局面に入っている。それが住宅バブルの崩壊によってリーマンショック以来の金融危機に発展することがあるかが焦点である。
「社会主義」誌(社会主義協会)掲載 経済情勢分析リスト(北村執筆分)