現代資本主義の金融経済(12)

3. リーマンショックと金融システム安定化
②リーマンショックの構造
 2008年9月中旬以降、米国の投資銀行リーマン・ブラザーズの破綻、保険会社AIGの救済をきっかけに欧米においては事実上、「信用恐慌」の発生に近い状況が起きた。つまり、金融機関同士の信用が危機に瀕し、銀行間市場が実質的に凍結状態に入ってしまった。これが、銀行間取引の政府保証という例外的な措置をとらざるをえなくなった最大の要因である。銀行の信用力回復は資本増強と不良資産の処理の進展が王道であり、資本増強も民間資本を取り入れることが望ましいことはいうまでもない。しかし、信用恐慌は実物経済をも恐慌状態に導く可能性をもっており、緊急性を要する場合、公的資本注入は止むを得ない選択であるといえる。
 2008年10月10日のG7をきっかけに欧米で主要銀行への大型公的資本注入が矢継ぎ早に打ち出され、預金保護の拡充や銀行間取引への政府保証といった大胆な措置が国際的な協調の下に採られた。この時行われた銀行間取引についての政府保証はかなり緊急対策的な例外措置だったといえよう。しかし、そうした最後の資金の出し手なしには、世界的な信用恐慌に発展していたことはほとんど疑いがない。信用恐慌=金融危機を脱せるかは、銀行間市場の回復にかかっていたが、日米欧の中央銀行のこれまでにない協調的な流動性供給を行った。そのことによって、銀行間市場金利は2009年1月中にはピークアウトして、信用恐慌が世界中に拡散していく事態は回避されたのだった。一方で、多くの金融機関は中央銀行からの借入を急増させてしまった。
 本来、銀行間取引に政府保証がつくのであれば、銀行間市場金利は政府債務並みの金利に低下するはずであるが、実際にはそこまで低下しなかった。当時の市場は「政府保証」ということも完全には信じ切れない、といった心理状態になっていたと推察できる。
 もう一方の中央銀行の金融機関への貸出状況をみてみよう。この緊急対策の結果、米国連銀の金融機関向け貸出残高は急増した。このうち、銀行向け窓口公定歩合貸付は10月末頃ピーク1119億ドルとなった、リーマンショック直前の200億ドル程度からいっきに増加した。その後も高水準は続き、200億ドル前後に戻ったのが2009年11月、さらに2010年7月には数億ドルの水準となり正常化した。
 この間に米国でまず銀行の信用力を取り戻すため、経済危機時にどれだけ銀行の財務が耐えられるかというシミュレーション=ストレステストが大手銀行持ち株会社に義務付けられた。第1回の結果公表は2009年5月7日に行われた。19行のうち10行に増資が必要との結論となり、その後増資が取り組まれた結果、大手銀行の信用力は徐々に回復した。
現代資本主義はその大部分の付加価値生産を株式会社形態で「所有と経営の分離」の下にある企業によって行っている。古くは近代的株式会社の祖とされるオランダの東インド会社の設立の以前にも、個別プロジェクト毎に多数の出資者から出資を募り、貿易などの事業を運営して、成果を出資に応じて配分するという事業の方法が取られることはあった。かなり古くから「所有と経営の分離」は部分的には存在していたといえるだろう。近代的株式会社の「所有と経営の分離」の下でも、資本の提供とリスクテークは株式保有という形態で不可分になっており、企業への貸付は債権の所有と信用リスクへのリスクテークが一体となっている。資金提供とリスクテークはエクイティでありデットであれ、最近の金融派生商品の発達まではほとんど一体であった。伝統的な金融制度や規制体系は暗黙にそうした前提のもとに設計されていた面があるのではないだろうか。
 今回の金融危機で教訓になることは幾つもあるが、その中で筆者が興味を抱くのは「資金提供とリスクテークの分離」についてである。確かに古くより債務保証や信用保証という取引はあり、これは信用リスクの分離といえるものである。しかし、最近の金融派生商品の発達によるリスクの分離は目を見張るものがある。
例えば、現在その清算が大きな問題となり、統一的な清算機構作りが図られているCDS(クレディット・デフォルト・スワップ)は資金提供と信用リスクの分離の最たるものである。エクイティではオプションがあるが、これは更にエクイティの価格を組み入れた仕組み債などに応用され、エクイティのリスク自体の取引が行われている。
 さて経済全体の効率のためには資金の過多とリスクテーク能力の過多は一致しない、資金需給のマッチングとリスクのマッチングが効率よく市場で行われるために資金供給とリスクが分離されて取引されことは必要なことであろう。しかし、今回の金融危機が惹起した問題点は多くの金融機関が自らの能力を超えてリスクテークした問題である。株式会社など有限責任の主体がリスクテークすることにはもともとモラルハザードの問題がある。
本来であればこれはBISの自己資本規制の枠組みの中で制限されなければならないものだった。証券化商品のSIVもCDSも簿外で行われ、自己資本規制が利かなかった。つまり規制の不備という面がある。公的資本注入という形で最後のリスクテーク補完者として、国家がでてこざるえない状況となったが、もはや国籍を超えてトランスナショナルな存在となってきた大金融機関を、本籍があるという理由でその国の納税者が補完しなければならないのか、という点には疑念もある。
 一方、国際的経済不均衡の拡大という背景も忘れるべきではないだろう。自由に処分可能な資金な事業リスク(エクイティリスク)も信用リスクもとることは出来ないわけで、国際収支の黒字が大きく拡大した諸国からリスクマネーが十分に赤字国、すなわち米国に供給できなかったことにも問題があるのであろう。結果、赤字国で過度なレバレッジによる擬似的なリスクマネー供給が起きてしまったのである。
 リーマンショックの約半年後の2009年3月26日、米国財務省は、金融規制の改革問題について、「規制改革の枠組み大綱」(Framework For Regulatory Reform) を発表した。ガイトナー財務長官(当時)は、議会証言で「これらの失敗に対処するには、総合的な改革 -仔細な部分の穏やかな修復ではなく、進路をもった新しい規制が必要である」と語っている。続いて、4月2日、G20サミットにあわせて金融安定化フォーラムが報告書”Enhancing Market and Institutional Resilience”を発表している。
 国際的な金融規制改革は、徐々に進んできたが、もっとも重要なポイントは、”大きくて潰せない”問題への対処である。2008年9月15日のリーマンブラザーズショックはMMFの元本割れ問題を通じて金融市場をパニックに陥れた。”大きくて潰せない”のは預金金融機関ばかりではないことが白日のもとに晒された。米国でも金融を担う主体は預金金融機関から様々な他の金融機関へと大きくシフトしている。米国の金融機関部門の金融資産でみると、1983年末に預金金融機関は2兆9965億ドル、それ以外の金融機関が3兆3463億ドルで、大きな差異がなかったが、2008年末では前者が15兆7565億ドル、後者が43兆5216億ドルと非常に大きな開きが生まれている。後者に適切な規制をかけていくことは必然であるといえる。
 当時の米国財務省の大綱では、預金金融機関以外に対してもシステミック・リスク対処でFDIC類似の救済、破たん処理方法を策定することが盛り込まれ、そのための法案も提出された。しかし、本質的な問題は、預金金融機関の破綻にも備える体制を作ることではなくて、金融市場においてある程度のリスクテークする主体が”大きすぎて潰せない”のでは”潰れないからリスクがとれる”というモラルハザードが生じることであり、そのことによって新たなバブルが生まれることである。
 そのため、システミック・リスクに関する規制の対象を預金金融機関以外にも広げるとともに、今までの景気や金融拡張に対して増幅的な規制のあり方を見直すべきとの議論が有力となり、米国財務省の大綱にも、今回の金融安定化フォーラムの報告書にも、その方向性が盛り込まれた。しかし、金融業態間の利害関係も複雑で、具体的に適切なカウンター・シクリカルな規制を構築するというのは容易ではないないだろう。しかし、いずれにせよ、巨大総合金融機関がリスク・ビジネスを行うのには不利な規制体系となっていくことは間違いないと思われる。これが新しい金融機関再編の引き金になるのではないだろうか。
 2009年のストレステストの対象は総資産が1000億ドルを超える19の銀行持株会社であった。前述のように金融機関へのストレステストとは、大手金融機関の財務の堅牢性のシミュレーションであるが、2009年2月27日に発表された財務省の金融規制改革大綱の中で位置づけられた。2010年の金融改革法においても位置づけられ、これまで金融機関の財務の健全性を維持するために行われてきた自己資本比率規制とあわせて金融機関の財務の健全性の評価の方法として、継続的に行われていくこととなる。しかし、2009年のストレステストの場合、金融危機の最中での実施であり、特別な意味を持っていたといえるだろう。すなわち、相当経済環境が悪化しても十分な資本を金融機関に求めることで、金融システムへの不安感を取り除くという目的があったのであり、それだけに批判も強かった。
 2009年のストレステストでは、2年間の想定損失額を2つの経済情勢シナリオの下に推計した。標準シナリオの下では対象19機関はすべて自己資本不足に陥ることなく財務の健全性を維持できる。一方、より悪化したシナリオの下では10機関が資本不足となることがわかった。具体的には資産の種別に損失発生率を仮定した推計が行なわれた。例えば、サブプライム・ローンに関しては21-28%の損失発生を見込み、標準シナリオが15-20%であるのに対し6-8%損失率を上げている。通常の商業、産業ローンについてみると、標準シナリオの下では損失率が3-4%であるのに対し、より悪化したシナリオでは5-8%となるので2-4%の上昇をみていることになる。種別にはより住宅、非住宅を問わず不動産関係のローンを厳しくみているようだ。
 このより悪化したシナリオというのは大恐慌並に損失率が高まるケースでありそうした場合でも金融機関の破綻の可能性が無くなるのであれば、金融不安を鎮静化できる。つまり、今回必要とされた増資が行なわれれば米国の大手金融機関の破綻の可能性が無くなるとすることができたわけだ。またこのような資本強化により、金融機関のレバレッジは全体としても大きく低下した。
 またストレステストに耐えるようにするには、増資だけでなく、資産側のリスク資産を切り離すことでも達成できる。金融機関に対して不良資産売却、特により悪化したシナリオの下で損失率が大きく高まるということになっているサブプライム関連などの資産売却を促す効果があった。
 今次金融危機はグローバルな金融制度改革を検討するきっかけとなった。2009年のピッツバーグサミットでは資本規制(銀行資本の質と量の改善及び景気循環増幅効果の抑制)や報酬制度について改革を行っていくことでの合意がなされた。前者は国際業務を行う銀行を対象に自己資本強化の規制を勧めたバーゼル国際銀行監督委員会によるガイドラインバーゼルIIIに反映された。バーゼルIIIの提供は2013年3月末から順次開始されている。一方、報酬制度についての規制は、とくに米国ではうやむやになったといっても過言ではない。こうした在り方への反発が、2011年秋ころからのウォール街占拠運動につながった。
 欧米では「自己資本の質の強化」という論調で、普通株による資本の比率を4%以上にすることを既成事実化しようとする動きがある。普通株での資本増強に力を入れてこなかった日本の金融機関には対応が難しいと受け止められていた。しかし、これは、欧米銀行の有利に働く部分である。普通株の部分の比率を高めるということを「質の向上」としているが、これは議決権をもつ株主の責任を増やしてコーポレートガバナンスを通じた過剰リスクテークの抑制を図ろうというわけで、それ自体は経営の暴走に歯止めをかける手段ではあろう。しかし、問題はそう単純ではない。コーポレートガバナンスの質の向上が行われることが大事なポイントである。普通株資本は2%であっても、逆に株主は過剰なリスクテークで損害をうる度合いは大きくなるので、コーポレートガバナンスが適正であれば、経営が過剰なリスクテークを行わなくなるともいえるのである。逆に普通株資本の割合が高ければ、実質的なリスクテーク増大に鈍感になる可能性もあるのではないだろうか。
 株主をベースとしたコントロールだけでは不足であるとの認識はあり、これは、経営者や従業員の報酬制度に規制をかけるという発想に結びついている。金融機関の報酬体系に盛り込む要素として(1)金融機関の収益が芳しくない場合、現金による報酬の「回収」を強制する(2)長期的なパフォーマンス(業績)や基本給に基づいて報酬を定める(3)支払い時期を延期する(4)最高の報酬を受ける者について一層の情報開示をする、などの点も規制にも盛り込むべきポイントであろう。
 そもそも、必要自己資本比率の高さやその中身だけを固定的な制度としていじっても景気循環増幅効果の抑制にはあまり繋がらないだろう。反循環的な資本規制制度を導入してはじめて問題の解決につながる。日本の場合は、金融機関の実質的な自己資本の大きさが保有する株式の価格変動に大きく依存していることが問題であり、株式持合の解消を進めることと、株価変動に対して反循環的に作用する自己資本規制の仕組みを作らなければならない。自己資本比率向上で、レバレッジを低めたとしても、実体経済と金融市場の相互増幅作用がバブルを生み出していくことには変わりない。ここが重要なポイントであるが、バーゼルIIIでは規制当局の判断任せで明確にならなかった。

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