不況から脱し切れない日本経済(1995年)

「まなぶ」 1995年8月号(労働大学出版センター

                              北村巌

バブルがはじけてから日本経済は不況期に入ったといわれますが、 具体的にはどういう現象が起きているのでしょうか。

 不況の原因を「バブルの崩壊」に結び付けるのはマスコミのお得意の論法ですが、これは非常に表面的な見方だと思います。株価の暴落はまだ景気の強かった90年に起きましたし、東京の地価もその前に暴落が始まっていました。これは景気の強さと金融 政策当局のインフレ警戒により金融が引き締められ金利が上昇したこと、賃金上昇によって企業収益が減少したことが原因でした。 さらに、91年に至って金融引き締めの中、設備投資の過剰が表 面化してきて不況入りしました。そうしてみると、今回の不況もその原因は過剰な設備投資に求められるべきです。ただ、日本経済の中で資産価格の影響が様々な経済活動に大きく関ってきていることも事実です。そのことが、好況・不況と資産価格の変動=「バブル」とをストレートに結び付ける見方を広げています。
 「バブルの崩壊」は主に金融機関の問題です。約70兆円ほど の担保割れ債権を日本の金融機関は保有しています。もちろん、 このすべてが返ってこないというわけではなく、利子も支払われていないというわけでもないのですが、貸付金を完全には回収で きない債権(不良債権)としては日本の金融機関がはじめて体験する規模です。こうした事態が金融機関の資金貸し出し態度を厳しくし、そのことで設備投資も回復しないのではないかという見方があります。たしかにこの銀行ブラックホール説には一理ある のですが、そのことで不況の長期化がすべて説明されるわけではありません。日本の金融機関以外の大企業はふんだんに資金を持 っています。なにも設備投資資金を銀行から借りる必要はあまり ないのです。公的資金を導入して銀行を救済しなければ日本経済 がつぶれるというような問題ではありません。
 それよりも、一、70年代からの現象ですが国内の投資の収益 率が次第に悪化していること、二、好況期に過剰な設備投資を行 ってしまったこと、三、円高により輸入品に国内市場が食われて いること、などのほうが、不況長期化の原因としては重要です。 これは資本主義では避けることのできないものです。そのために失業も増加し、政府統計でも3%を越える事態となりました。
 これを資本主義として乗り越えるためには人員削減、合理化しかありません。昨年はこの動きが本格化し始めた年でした。そして、企業の収益は人減らしと賃金抑制によるコスト削減によって 回復し始めています。

アメリカの景気が回復するとやがて日本もよくなるといいながら、 そうならないのはどうしてですか。

 なにも日本の景気だけを特殊視する必要はありません。第一に 景気が回復したといわれる米国の景気の強さは非常に弱々しいものです。失業率も下がりましたが増えた雇用の大部分はサービス部門の低賃金の雇用ですから、労働者の生活が楽になっているという実感はありません。もちろん、企業収益は回復し株価はつい最近まで史上最高を更新していました。ですから資本の立場から は回復といえるでしょう。
 つぎに指摘しなければならないのは、90年ごろから、世界の先進資本主義国の景気循環は同時性が失われていることです。7 0年代のはじめごろから、世界の主要資本主義国の景気は強さの 違いこそあれかなり同時に動いていましたのでその印象が強いのでしょうが、90年ごろからは変化しています。まず、日本の景気が強かった89年に米国は不況に入りました。次ぎにヨーロッパです。91年後半から92年前半は日本も不況となり、世界同 時不況でした。しかし、米国の景気は92年後半から回復しはじ めました。
 こうした時間差が出ているのはそれほど不思議なことではありません。日本の景気も非常に緩やかですが回復を始めていると思 います。マスコミで盛んにデフレ不況論議がされているのは不況宣伝によるさらなる合理化攻撃の正当化のためだと考えたほうがよさそうです。このところのマスコミの宣伝は日本は特殊で米国のようには回復しないというものですが、米国の回復程度のことであれば、「合理化投資の回復」しだいで実現することができま す。日本の独占資本は明らかにそれをターゲットにしていますし、 その兆候はでています。米国でも91、92年ごろは銀行の不良債権問題で景気は永遠に回復しないといった宣伝がされたもので した。
 ただ、日本経済の世界経済との関りかたに変化がでてきている のも確かです。円高のためもあって、日本の輸入は数量ベースで 急速に伸びています。また、製造業の多くの企業が海外へ生産拠点を移しています。そのことは現状の景気にはマイナスに働いて いるのですが、一方で、日本市場というものが世界経済の中で非常に大きい市場として浮かび上がっているということもできます。 円高も単に不況要因としてだけみるのではなく、アジアの中央銀行が円を外貨準備として持つようになった契機でした。つまり円の国際化が本当に始まったのです。このことは日本資本主義が一 流の帝国主義へと発展していることの表れとみるべきです。

政府の景気対策が功を奏していないという批判をどう考えるべき でしょうか

 「政府の景気対策が功を奏していない」という批判は資本主義 の立場からすればもっともでしょう。現村山政権は減税は行いましたが公共投資の増加はそれ以前の政権に比べて抑制する結果と なっています。国民所得統計で政府部門(地方公共団体も含む) の投資額は昨年度わずか1・5%(名目ベース)しか伸びませんでした。一昨年度が11・9%であったのと比較すると大きな違 いです。これは、景気の回復を鈍らせる要因となりました。個人 向けの所得減税の効果は定かではありません。名目雇用者所得の伸びと名目家計消費の伸びはともに非常な低さでしたから、効果があったのかどうかは怪しいというべきでしょう。
 しかし、現在のような政府投資のやり方ではやれることにも限 界がきている、というのが官僚の言い分です。ひとつには省庁間の予算配分が硬直的で柔軟に可能な投資に予算を配分できないことがあげられ、「新社会資本」への投資がそれを変えるものだと説明されています。そのことには独占資本も賛成のようです。独占資本は新しい産業の基盤となる情報通信分野への公的投資の拡 大を求めています。クリントン政権が標榜した情報スーパーハイ ウェイのようなものです。そうした分野への投資が本当に既存の公共投資に比べて「景気対策」として有効であるかは定かではありません。ただ、それが財政支出の合理化であるということはいえるでしょう。つまり長期的には労働者の首切りにつながるものだということです。
 また、もうひとつ独占資本が要求している経済対策が「経済規制撤廃」ということで、新規の産業育成のために障害を撤廃しようと説明されています。たしかに、日本の産業の収益率が低下してきた要因には新規産業への投資が経済規制によって抑制された という面もありますが、それにもまして、そのことで産業全体の 淘汰による合理化を図りたいというのが本音です。


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