世界経済はバブル化加速局面か(2015年)
「社会主義」2015年1月号(社会主義協会)
北村 巌
1 量的金融緩和の行方
世界経済は全体として緩やかな景気回復を続けてはいるが、不安定、不均衡は継続している。その主因は企業部門における過剰な貨幣資本の蓄積の傾向であり、企業利益の回復に対する相対的な投資不足という形で現象している。そのため、最終的には世界経済全体の均衡という点においても、どこかで家計の過剰消費(過小貯蓄)か財政赤字の累増が起きているという状態である。こうした状態は慢性的な需要不足構造を創り出しており、各国により事情にはタイムラグなどがあるが、通貨当局に金融緩和政策を採らせるものになっている。
日米欧先進国では、すでに政策金利は実質的にゼロになっており、これ以上の金融緩和は、金利政策ではなく、貨幣の量を増加させたり(量的緩和)、金融市場におけるリスクの肩代わりを中央銀行が行ったり(質的緩和)といった政策を行う以外には手段がなくなった。
米国では米国連邦準備制度(中央銀行、FRBと略)が「量的緩和第三弾」(QE3と略)と呼ばれる政策を採ってきた。QE3は、2012年9月に導入された市場への大量資金供給政策である。毎月、国債450億ドル、住宅ローン担保証券400億ドルを市場から買い取って資金を供給することとした。これによってデフレのリスクを回避しようということであった。景気や物価上昇がある程度回復してきた2014年1月からは買い取りの規模は徐々に縮小する政策に移行し、公開市場委員会ごとに買い取り規模を100億ドルずつ縮小してきた。
FRBは金融政策を決める2014年10月29日の公開市場委員会で、これまで行ってきたQE3を終了させることを決めた。今回の公開市場員会で買い取り額はゼロになったが。これは「予定通り」であって、金融市場に動揺を与えるものではない。しかし、大胆ともいえる大規模な量的金融緩和をやめることが金融市場にどのような影響をもたらすかについては、漠然たる不安心理が存在していることは確かである。FRBは事実上のゼロ金利政策はしばらく維持する方針であり、そうした方針を市場に理解させることで長期金利の安定を図ろうとしている。
一方、まさにこの米国の量的緩和第三弾の終了にタイミングを合わせて、日本銀行は10月31日の政策委員会で、「量的・質的金融緩和」の拡大を決定した。(1)マネタリーベース増加額の拡大、(2)資産買入れ額の拡大および長期国債買入れの平均残存年限の長期化で、具体的には、2つの対策が発動されることになった。いわば、量的緩和のキャッチボールが行われたかのようである。
第一は、長期国債について、保有残高が年間約80兆円(現状より約30兆円追加)に相当するペースで増加するよう買入れを行うことである。金融緩和の「量的」部分の拡大である。イールドカーブ全体の金利低下を促す観点から、金融市場の状況に応じて柔軟に運営すること、買入れの平均残存期間を現在より最大3年程度延長し、7年~10年程度とすることとなっており、そうした買入れ方針を示すことで長期金利を低位安定させていくという政策を明確に打ち出している。第二は、ETFおよびJ-REITについて、保有残高が、それぞれ年間約3兆円(従来の3倍増)、年間約900億円(従来の3倍増)に相当するペースで増加するよう買入れを行うこと、新たにJPX日経400に連動するETFを買入れの対象に加えることで、「質的」部分について緩和を強化するものだ、としている。
この日銀の「量的・質的金融緩和」の拡大決定は世界の金融市場、とりわけ株式市場や為替市場に影響を与えた。今回の決定は、このタイミングで行われたことに多くの市場参加者には予想外であったようだ。そのため、直接的に日本の株式市場が大きく上昇したり、円相場が急落したりするという反応があった。また、米国が量的緩和を終えたところで日本がマネー供給役の肩代わりを始めたかの印象で、米国をはじめ他国の株式市場も上昇する反応を示した。
株式をはじめ資産市場における価格上昇は、世界景気にとっては、資産効果による消費増大への期待や金融市場の安定への心理的効果からプラスであると判断できる。とはいうものの、世界的に民間企業の実物投資行動を積極化させるところまでの効果を持ちうるか、今後の経済状況を観察していかなければならないだろう。欧州の景気や金融情勢に対してもプラスであると思われるが、欧州自身が本格的な量的緩和政策に踏み込んでいくことが不可避になってきたのではないだろうか。
米国の量的緩和第三弾終了は、実は世界経済全体の流れでみれば、次の大幅量的金融緩和時期の到来を告げるものだったのかもしれない。量的緩和の受け手は日本だけではない。欧州も日本以上に金融緩和で景気をサポートしていかざるを得ない状況にあり、ほぼゼロ金利まできた欧州中央銀行(ECB)金融政策がさらに市場からの債券等の買い入れを大量に行う量的緩和に踏み出すのは時間の問題だろう。これによって、為替市場ではドル高傾向はより明確になり、世界景気の方向が米国の需要動向に依存する構図となる可能性が高い。
2 新興国経済のスローダウン
現在の世界経済に影響を与えている問題として、新興国の経済のスローダウンという要素がある。21世紀に入り、BRICSという言葉を投資銀行ゴールドマン・サックスが持ち出した。BRICSはブラジル、ロシア、インド、中国の頭文字をとったものだが、その経済成長の中身はかなり異なったものである。低賃金を活かして輸出向け製品を中心に工業化を図る中国、IT産業の隆盛(主に先進国の下請け)を背景とするインド、天然資源を活かすブラジル、ロシアが新しい成長地域であるとの認識で生まれた言葉である、しかし、天然資源依存の経済成長には限界がある。資源採掘への投資と資源輸出による外貨収入で、消費も伸びるので一見高い成長を実現するが、競争力のある製造業などの展開による国内産業の発展に結びつかないと経済成長の持続性はない。
まず、世界の工場と称せられた中国経済は、徐々に成長速度を落としてきている。数年前まで8%の成長率を達成できないと失業が増加するので潜在成長率は8%程度とされてきた。しかし、潜在成長率が緩やかに低下傾向にあり、また大気汚染などの環境問題の制約を考えれば工業化の進展にはブレーキがかかる。今後、若年人口の減少、人口高齢化の進行がはっきりしてくる中で、中国経済の構造転換の必要性は増している。中国指導部は投資主体の経済から消費主体の経済への転換と成長率の緩やかな低下を掲げるが、それを摩擦なく行っていくのは容易ではないだろう。
特に中国は不動産バブルの問題を抱えている。1980年代当時の日本のバブルに比較するといくらか穏やかではあるものの、現象的にはリゾートマンションブームなど類似する現象も多い。ただし、日本の場合は銀行融資を使った企業の不動産購入が不動産価格押し上げの要因であり、家計は全体としては売りに回っていたという事情があるが、中国は家計の購入が住宅価格上昇の主役である点で異なる。むしろ住宅価格高騰の問題は米国のサブプライムローン問題に似ている。また潜在的に金融機関に不良債権が発生している可能性があるが、そのうちの大きな部分は地方政府による不動産開発の問題とかかわっている場合が多いと推察される。地方政府の収入源として不動産開発、使用権売却が欠かせないものになってしまった状態を改善することが必要だろう。
中国金融当局は輸出の停滞や住宅価格の下落をうけて、緩和方向に舵をきった。2014 年11 月22 日、中国人民銀行は貸出基準金利(1 年物貸出基準金利6.0%→5.6%)と預金基準金利(1年物預金基準金利3.0%→2.75%)の引き下げを実施した。「利下げは、金融政策が(緩和に)変化したことを意味しない」としているが、最近の経済状況から見て、緩和の方向が継続する可能性は高い。今後さらにどの程度の金融緩和が行われるかは未知数であるが、日本のバブル崩壊や米国リーマンショックの経験をみて、中国当局はソフトランディングを追求しており、資産価格下落を放置することはしないと思われる。目標成長率をわずかに下方修正して7%としているが、これも財政的なてこ入れで高めの成長率をめざすということをせず、構造調整を優先させながらソフトランディングを目指すという考え方であろう。そうであれば、当面の成長維持を金融緩和に頼ることになる。同時に預金保険の整備や金融機関の破たん処理の手続き整備など、金融危機対応への制度整備を進めていくことになるだろう。
新興国のうち資源輸出国は、世界の工場である中国の資源需要停滞によって、デメリットを受けている。ロシアは、ウクライナ問題にともなう経済制裁の影響もあり、かなり困難を抱えているようだ。ロシアの通貨ルーブルへの売り圧力が強まった結果、ロシア中銀は2014年11 月10 日に、従来のルーブル安定策を放棄した。これまではルーブルをドルとユーロの通貨バスケットに対して一定のレンジ内で連動させることを目標として、ロシア中銀が為替介入を行ってきた。ロシアの外貨準備も、10 月末時点で前年末比16%減少しており、ロシア中銀は変動相場制への移行を前倒しせざるをえなくなった。ロシアの2014年7-9 月期のGDP 成長率は前年比+0.7%となり、1-3 月期の同+0.9%、4-6 月期の同+0.8%からやや減速した。生産回復の主因は経済制裁で欧米からの輸入が禁止された食品などを代替する生産が拡大したことで、国内投資の本格的な回復につながるものではない。原油価格が下落したことでエネルギー関連の投資は減少すると見込まれ、当分停滞状況が続く可能性が高い。
ブラジルの場合も資源輸出への依存は大きく、鉄鉱石などの中国向け輸出の伸び悩みが国内経済に通貨下落とインフレ、金利上昇という形の悪循環を招いているようだ。2014年7-9 月期の実質GDP 成長率は前期比+0.1%、前年比は▲0.2%であったが、1-3月期、4-6月期と2 四半期連続での減少のあとのわずかな前期比プラスであり、ブラジルの景気はかなり弱いとみるべきだろう。
インドについてみると、モディ政権への政権交代に伴って、インフラ投資拡充を含めた投資環境の改善への期待が高まっているようだ。経済活性化期待からまず盛り上がりを見せたのが、乗用車に代表される家計消費であった。次に企業が需要拡大に対応した投資拡大を行えば、経済の好循環が実現すると期待された。しかし、その消費にやや息切れが起きているようで、企業投資を刺激しうるのか微妙な状況となっている。
こうした中で、原油価格が大きく下落してきている。これは世界的な需要動向の停滞にたいして、サウジアラビアなどの主要な原油輸出国が、減産による対応よりも価格下落により代替エネルギー需要に歯止めをかけることを優先しているからであると思われる。2014年11月27日のOPEC(石油輸出国機構)の総会では、は、日量3,000万バレルの現行枠の維持を決め、減産合意はできなかった。加盟国間で価格下落に対する耐久力の違いがあり、据え置きか、減産かで意見対立が激しくなった模様である。こうした利害の不一致は結果的にOPECの価格決定力を今まで以上に損ねている。OPEC 総会の後、原油価格の下落に拍車がかかった。12月8日現在、WTI原油は1バレルあたり62ドル(ニューヨーク市場)にまで低下している。リーマンショックの後、一時的に40ドルまで低下したが、再び上昇していた。今回、50ドル以下に下落が定着すると、生産者物価全体との対比では、2000年頃の水準に戻って米国の消費を刺激しまた新興国の工業化を促進する条件が生まれることになる。(図1参照)
原油価格の下落をきっかけに工業化が促進されるのは、もはや中国ではなく、もう少し所得が低いが教育レベルはある程度確保されている諸国、地域となるのではないか。低賃金労働での軽工業の立地が中国から移動していく動きが加速するだろう。中国企業にも自らの生産拠点をこうした新興国に移転する動機が生まれる。実際に中国の大企業が多国籍企業化を進めるのかどうかは注目すべきである。もし、中国の大企業が海外生産拠点を拡大し多国籍企業化したら、これは中国にとっても、「社会主義市場経済」の質を問われる問題となるはずである。
3 米国経済
米国経済は緩やかな拡大過程にある。2014年10月の失業率は5.8%に低下してきた。これはちょうどリーマンショック直前の水準に回帰したということを意味する。リーマンショック後のピークだった10.0%(2009年10月)からみて相当の改善であり、この間に雇用者数は1006万人増加した。ただし、賃金上昇には勢いがない。2014年10月の時間当たり賃金上昇率は2.4%で、この1年間ほとんど加速していないし、リーマンショック前は4%程度であったので停滞感は強い。
FRBが量的緩和政策を終わらせたものの、当分の間は金利引き上げにまでは踏み切らず、実質的ゼロ金利政策を続けようとしている理由は、こうした国内インフレ圧力の弱さである。
家計のバランスシート調整は大きく進展した。家計はモーゲージ(住宅)ローンを削減してきており、ピークだった2008年1-3月期末10兆6930億ドルから2014年7-9月期末には9兆3746億ドルと12.3%の減少となっている。ただし、モーゲージ以外の負債、例えばオートローンなどの伸びがあり、負債総額は2011年末頃から緩やかな増加となった。ただし、これは金融資産の増加に比較すると小さく、家計部門全体としては健全性を増しているといえる。ただし、資産と負債の両者が増加している背景には所得格差や資産格差の拡大があることが窺える。
今後の景気動向をみるうえでの注目点は民間設備投資の動向であろう。設備投資の循環過程を民間設備投資のGDP比の動きでみると、設備投資増加の波はかなりの位置にまできている。リーマンショック前の民間設備投資GDP比はピークが13.5%(2008年1-3月期)で、その後10.9%(2009年10-12月期)まで低下して、2014年4-9月期に12.7%まで回復してきた。仮にその前のピークの14.6%程度まで回復したとしても設備投資の回復は、概ね5合目には来ているということができるだろう。今後、2年程度のうちに設備投資がピークとなる可能性はかなり高いと思われる。
米国も日本と同様、企業はカネ余り状態である。資金循環勘定(FRB)でみると、非金融法人企業部門では、2013年は3368億ドルのカネ余り(キャッシュフローのうち固定投資に使われなかった額)となった。2014年になってもこれまで統計が出ている前半では年率1340億ドルとある程度設備投資の回復が起きているもののカネ余りであることは変わっていない。こうした企業による「キャッシュ」大量蓄積が経済全体のバランスを崩し、慢性的需要不足を生み出している。
4 欧州経済
欧州景気は、全体として底打ちしたものの停滞感が強い。ユーロ圏の7-9月期のGDP成長率(速報値)は前期比+0.2%と若干のプラス成長だった、これで6四半期連続のプラス成長となった。財政懸念を乗り越えた国々や、東欧には景気堅調な国がでてきているが、ドイツ、フランス、イタリアの3大国では、今後の景気停滞が懸念される。
ドイツでは、輸出はある程度好調に推移してきたものの、企業の設備投資が不発である。設備投資の先行指標となる資本財受注(大型受注を除く)をみると、国内向けは2013年まで緩やかに回復していたが、2014年は減少に転じている。ドイツ国内からの受注が減少していることは先行きの設備投資が再び減少する可能性を示している。雇用情勢は、他のユーロ圏諸国と異なり、2009 年半ばから失業率が明確に低下し、賃金上昇率は前年比3%前後の伸びで推移している。そのため、国内消費は比較的しっかりしている。
フランスとイタリアは、景況感の改善が頭打ちとなっている。スペインやアイルランドの雇用コストが急上昇した2000 年代後半には、フランスとイタリアの雇用コスト上昇は限定的であり、相対的にコスト競争力が上昇した。その後、欧州金融危機が発生し、財政赤字問題で国債金利が急上昇し苦しんだスペイン等が、雇用コスト削減を進めたため、今度はフランスやイタリアの相対的なコスト高が目立ってきた。
ユーロ圏における固定投資の状況をみると、2012年以降、GDP比で20%割れし、停滞、底這い状態が続いている。固定投資が上向いていかなければ景気の本格的回復への動きは始まらないであろう。ユーロ圏も日米と同様に企業の投資活動の停滞が景気の停滞の主因であり、それが慢性化しつつある。
ユーロ圏において、金融緩和だけでなく、財政的な手段も用いて景気回復を促進させようとの動きが以前よりは活発になってきた。2014年12 月のEU 首脳会議の議題には、ほかに欧州委員会のユンケル委員長が以前から表明している3,000 億ユーロの投資奨励基金が挙げられている。この基金の対象期間は2015 年から2017 年とされているが、資金をどのように調達するのか、どのような手法で投資促進を実現させるのかなどはまだ不明である。3 年かけて基金による対策が執行されるのであれば、その効果が出るまでには時間がかかるし、ユーロ圏のGDPが9兆9043億ユーロであることと比較すれば基金の規模はそう大きなものではない。また、そもそも、投資促進に効果を上げられる仕組みを用意できるか、構造調整基金など現在のEU 予算ですでに実施されている投資促進策の衣替えにすぎない可能性もある。一方で、財政支出や減税によって本格的な投資促進策を行った場合、再び欧州財政赤字への不安が金融市場を混乱させてしまうリスクがあり、
ユーロ圏景気をすぐに本格回復させる要因にはならないと思われる。ユーロ圏経済の停滞感は長引くだろう。
5.バブル化のはざまに
世界全体でみれば緩やかな景気の回復が起きているといえるものの、力強さはない。その主因は民間企業の設備投資の弱さであり、その裏側での貨幣的な蓄積の進行である。政策当局が、財政政策の限界から、景気を金融政策で支えようとしている現状では、金融緩和による資産価格の上昇に依存する需要刺激、いわゆる資産効果を求めることになる。つまり株価や不動産価格の投機的な価格上昇をもたらし、金融政策はそれを容認したり積極的に求めたりすることになる。
しかし、こうした資産価格の投機的上昇は持続可能なものではなく、必ず反転金融市場の危機を生むものになってくる。2015年中に、そうした事態にまで立ち入ることはまだ可能性としては低いが、バブル化が加速していく可能性は十分にあり、そうした視点からも世界経済情勢を観察していくべきであると考える。
「社会主義」誌(社会主義協会)掲載 経済情勢分析リスト(北村執筆分)