円高雑学
「まなぶ」1993年11月号(労働大学出版センター)
北村 巌
1.外国人労働者
86年からの円高の過程で日本には外国人の労働者が大量に流入してきました。おもにアジアの国々からです。その理由としては円高の一時的なショックのあと景気がよくなって日本の資本が国内でも新規の労働力を必要としたこと、海外の通貨建てでの日本の賃金は名目的には非常に高くなったので、外国人にとっても日本に出稼ぎにくるメリットがあったということなのです。
前回の日本の景気は20年ぶりの建設投資主導型の景気拡大でしたから、とりわけ建設労働者の不足が生じました。パキスタンやバングラデシュといったもともと外国への出稼ぎ労働者の多い国などから建設労働者がやってきました。この一方には原油価格暴落で中東産油国の財政が苦しくなり、中東でのそれまでの建設ブームが途絶えたことも影響しています。これら国は建設労働者として外国人の出稼ぎ労働者を大量に受け入れていたからです。
また欧米からも外国語教師などとして多くの労働者が来るようになりました。米国やヨーロッパでは若年失業が多く高学歴でも職場がなかなか見つからないのが実態だからです。もちろん円を稼げるという魅力は大きい要素でしょう。
現在、日本には在留資格をもつ107万人(90年)の外国人がいますが、そのうち60%は永住資格をもつ外国人です。円高になる前の84年には永住資格をもつ外国人の割合は80%でしたからそれから急速にそうでない外国人の流入があったことになります。この流入は圧倒的に中国からで、いわゆる就学生の資格できている人が多いわけです。もちろん観光ビザできて働いている人も多いわけですから実態はこの数字以上でしょう。
現在は不況と円高がいっぺんにきていますから外国人労働者を取り巻く環境もたいへん矛盾にみちたものになっています。円高に誘導されて日本に出稼ぎにくる外国人労働者は増加していますが不況のあおりで、働き口がなく日本で失業者になってしまうという事態です。このような人々は失業保険があるわけでもないので、渡航費用を取り返すために大変な苦労を強いられることになります。
2.円高のメリット・デメリット
為替の高安はその国の経済全体にとってプラスかマイナスかという問題は簡単には解けません。今回の円高はようやく在庫調整が終了し景気回復の方向に転換するかにみえた国内の景気をふたたび冷やすことになりました。10円の円高進行は実質GNPを0・5%程度減らす効果があると見積もられています。
第一に円高進行は輸出にダメージを与えます。マージンを維持するために現地での価格をあげて数量を減らすか、数量を減らさずにマージンを減らすかしてないからです。輸出数量の減少は、すなわち国内産業に直接的な悪影響がありますし、マージンが減った場合には収益悪化で設備投資が手控えられるでしょう。輸出業者にとって円高が痛いのは確かです。
しかし、一方で海外で生産しているものが安く輸入できるのですから、その面でのメリットもあるわけです。産業連関表によると生産額に比べて原材料輸入が多いのは電力・ガスや石油・天然ガス、窯業、非鉄金属、製材といった業種です。ただし、商業は取扱いが異なるので産業連関表からはわかりませんが大きな為替差益が発生していると思われます。
これらの企業が円高のメリット分だけ価格を下げていけばそのメリットは全般的に他の部門にも波及していくことになります。そうでなければメリットは偏在する事になるわけです。もっとも輸出業者も輸入業者も為替をいつもその時々で取り引きするわけではありませんから、予約のやりかたによってかなり差益や差損がでます。
ところで、偏在してもしなくても企業部門に残った円高差益はメリットといっても企業収益の増大=設備投資の増大にはなりません。いわゆるカネ余りを発生させることになります。86~87年の円高時にはこの影響が非常に大きく、土地高、株高のいわゆる「バブル」現象を起こしたことは記憶に新しいところです。今回の円高でも「作用」としてはそういう力が働いています。ただ不況が深刻なので表面的には出にくくなっているだけだといえます。しかし、例えば長期金利は87年春以来の長低金利になってますし、株式の価格も利益との倍率でみるとやはり当時と同じような水準になっています。
3.逆輸入
一見すると不思議な現象ですが、日本で生産されて海外に輸出されたものが、ふたたび輸入業者の手で輸入されて国内で販売されています。国民経済的にみると随分無駄なことをしているということになります。ところが逆輸入品のほうが末端価格が安いのですからこういうことが行われるわけです。
その理由は国内の流通ルートより海外経由のほうが流通コストが安いというところにあります。例えば輸出するときにはメーカーが工場出荷価格で直接に海外の卸売り業者に輸出したとします。これを若干のマージンを上乗せした価格で国内に輸入すると国内の卸売り業者が小売り店に売るより安い価格となるわけです。もちろん、すべての商品がそうではありませんが。
逆輸入の増大が円高の影響であるという性格は小さいといえます。つまり円高の影響といえるのは、商品の価格そのものではなくマージンの部分が円高のために相対的に国内が高くなってしまったということです。こうした問題よりも、もともと国内の流通のコストの高さのほうが問題であり逆輸入を増やす要因になっいるといわれています。ですから今の円高が収まっても逆輸入の増大は国内の流通の合理化を迫り続ける要因として残り続けるでしょう
日本の流通のコストの高さは製造業でいうような生産性の問題とはちょっと性格が違います。ひとつにはメーカーの国内における小売り価格のコントロールがあります。値崩れ防止というわけです。また地代の高さによる保管経費の大きさも考慮されなければなりません。またメーカーの政策と結びついているわけですが流通ルートの独占の問題です。
消費者の観点からみると、流通の合理化を促進するような規制の緩和が味方になりうるかのように思われがちですが、真の解決策は独占禁止政策の強化であると思います。へたな規制緩和は、かえって流通の大企業への集約を強め、その価格支配力を強化してしまう可能性があります。
4.ドル安でない円高
今年に入ってからの円高はこれまでとは違って「ドル安」ではない点に特徴があます。円高=ドル安ではないのです。ドルはむしろドイツマルクなどのヨーロッパ通貨にたいしては上昇しており、今回の円高はとくにヨーロッパ通貨にたいしての円高である点に特徴があります。
そこで貿易量で加重した為替レートの指数=実効為替レートでみてみましょう。イングランド銀行の発表している統計によると円は昨年12月に比べて今年の8月には25%上昇しました。9月は8月に比べて3%強下がっています。ドルのほうでみると昨年12月に比べて今年の9月は1%の下落とほとんど変動していないといえます。またヨーロッパ通貨ではマルクは円やドルにたいしては大幅に下落したものの主な貿易相手国であるほかのヨーロッパ諸国の通貨に対しては上昇したため実効為替レートでみるとほとんど変動していないということになります。
以前の大幅な円高、例えば86~87年の円高はそれまでのドル高を是正したものであり全面的なドル安であったといえます。また古い話ですが変動相場に移行したニクソンショック(71年)の時もそれまでの無理なドル買い支えの反動で全面的なドル安でした。今回の円高はまさに円独歩高であるところに特徴があります。
5.途上国援助と国際金融市場
発展途上国への援助にも様々な種類がありますが、その多くは事実上「ヒモつき借款」です。お金の流れをみてみると、先進国から多額の援助がされていても、かならずしも途上国の側に資金が流れていっているわけではありません。たとえば中南米は米国への資金提供国になっていたりします。つまり援助の額以上に、中南米の金持ちは自分のカネを米国へ逃避させていたりするわけです。しかも、その出所は援助のおかげだったりするので、そうした場合には援助はざるに水をためようとするようなものになってしまいます。
途上国援助がヒモ付きであることによって、実は援助する国の側の産業への援助であったり、援助される側の国の高官への多額のリベートだったりするのです。
援助による借款や開発のための外国からの借入金が返せなくなってくると途上国はそれを国際金融市場からの資金の取り入れによって行うほかなくなります。80年代にはそれが国際金融市場を揺るがす大きな問題でした。ベーカープラン、ブレイディープランといった米国財務省長官の名前がついた妥協策によって、結局は借金の棒引きが行われました。しかし、途上国の側も数年は貿易黒字をだすための緊縮政策を強いられ、国民に大きな犠牲が強いられたのです。
途上国援助は日本の場合贈与より借款が多いわけですが、低利で行われているとはいえ援助される側には借金が残りしかも外貨で返さねばならいのですから、輸出主導型の発展軌道に乗れなければ中南米諸国と同じ失敗になるでしょう。逆にいえば援助する側はそうした国からの輸入を積極的に受け入れられなければ結局は援助にはならないということなのです。
この役割は善しにつけ悪しきにつけ、資本主義国では戦後ずっと米国が担ってきました。その役割を日本も応分に負担しなくてはならないというのが最近の米国からの対日要求になっているのです。
6.政治相場
今年の円高は4でもみたとおり、円の独歩高だったわけですが、そのきっかけは米国や欧州からの円高要求でした。もちろん、そうした政治的な思惑で相場が変動するためにはそれなりの背景、つまり日本の経常黒字の大幅な拡大と景気対策の遅れがあったことは間違いないのですが、きっかけとしてはベンツェン米財務長官の円高容認発言(2月6日)、バーグステン米国際経済研究所(民主党系)所長の円高誘導発言(2月9日)と欧州議会の円高誘導決議(同日)が重要な役割を果たしたことは疑いないのです。
とくに欧州は不況のまっただ中であるにもかかわらず日本との貿易不均衡は拡大しておりいらだちが高まっていました。また米国も景気は回復基調になっているものの、内需が堅調になったとたんに日本との貿易不均衡が急拡大していました。92年の日本の対米貿易黒字(通関ベース)は435億ドル、対ECでは313億ドルでそれぞれ前年比14%、15%拡大しました。
これらの発言のタイミングは、直前の2月4日にドイツがそれまでの金融引き締め政策を転換して公定歩合を引き下げ、それまで高金利を求めてヨーロッパに集中していた資金が世界に拡散し始めた時期でした。大変に効果的なタイミングだったといえます。その後も米国の高官の発言によって円相場は動かされることになります。
米国あるいは欧州諸国の狙いは円高で日本に圧力をかけ内需型の景気回復のために財政・金融両面から対策を打たせることです。円高そのものによる日本の輸出数量の削減よりも、日本政府に大規模な景気対策をやらせて、それを通じて日本の輸入が増えることが狙いでしょう。バーグステンの研究所の試算では現在の円相場が持続して行けば3年間程度で日米の貿易不均衡はかなり改善すると見込んでいるようです。
現実には大幅円高のあと、対ECの貿易黒字は減少していますが対米国黒字はまだ拡大しています。米国との不均衡は簡単には縮小しそうにもありません。米国からは再び円高圧力がでてきてもおかしくない状況であるといえるでしょう。
7.ヘッジファンド-ジョージソロス
昨年から今年にかけて欧州通貨制度の混乱がありました。ドイツの中央銀行であるブンデスバンクは統一時の東西マルク交換はそれまでの西ドイツマルクの価値を損なうものと考えていました。そこで当然マルク価値を維持するような引き締め的金融政策が必要となると認識していたわけです。ですから、実際に統一の経済的影響がでて、東ドイツへの輸出ならぬ移出の爆発的な増加で西ドイツ地域の景気が加熱していった91年になると、ブンデスバンクは強い引き締め政策に入り、公定歩合を91年初の6%から徐々に引き上げ92年7月には8・75%としました。この最後の92年7月の公定歩合引き上げが欧州の通貨混乱を招きました。ドイツの公定歩合引き上げ以後、9月にかけてマルクへの買い投機が活発化し、その結果、イタリアリラとイギリスポンドの欧州為替相場メカニズム(ERM)からの離脱を招きました。
ドイツ統一の余波というドイツの経済事情によって金融引き締めが行われたわけですが、もとより経済事情のことなる他国にはドイツと同様の金融引き締めを行える力はありませんでした。またERMにおける中心レートは87年以来改定されていなかったので、その水準自体がそれぞれの通貨の購買力からみてかなり実態にあわなくなってきていたことも指摘できます。具体的にいえばイタリアリラやイギリスポンドはその購買力からみると2、3割程度割高に評価されてしまっていたのです。為替相場を実態にあわせて調整せず、実態経済のほうを為替相場に合わせようとしてしまったわけです。
そこに登場したのがジョージソロスのクォンタムファンドなどのヘッジファンドと呼ばれる資産家向けのリスクの高い一種の投資組合の資金でした。資金はパートナーシップの形で集められ一人当たりの出資額は25万ドルから100万ドルが最低単位となっています。これらの資金運用は株式、債券、商品、通貨と多様できわめて投機的です。ジョージソロス氏はこのヘッジファンドの運用で成功し、その世界で大変な著名人でもあります。彼自身自己資金をファンドにつぎ込み過去20年間で1000億円以上もの資産を築いたといわれています。その資金運用は国際的な分散投資ですが安定した長期投資ではなく各通貨の構成比率をどんどん変えていく短期的な投機を主体としています。カラ売りも当然行います。このヘッジファンドがヨーロッパの通貨混乱が起きたときに真っ先にポンド売り、マルク買いのポジションをとり、通貨当局の介入努力を水泡に帰させてしまったのです。
8.スイス
スイスは地理的に大陸欧州の心臓部に位置している人口690万人の国です。ここには4つの言語(ドイツ語、フランス語、イタリア語、古ラテン語)を話す民族が共存しています。精密工業や食品、薬品などの生産性の高い製造業の企業があり、またそれらの企業はヨーロッパ各地や世界中に支社や工場を持つ多国籍企業でもあります。しかし、スイスを有名にしているのは金融業の世界でしょう。スイスの銀行は高い守秘性をもち、逆にいえば世界中の表に出したくない資金を吸収しています。前項のジョージソロスなどのヘッジファンドの場合にもスイスの銀行を通じて資金を集めているといわれます。
こうした守秘性や税制上の特典で金融業の立地確保を行っている国は、ヨーロッパではほかにルクセンブルクがあります。ここにはドイツの資金が相当に流入しています。イギリスも広い意味ではそうした性格を持っています。というのは非居住者の資金にたいしては非課税であり、そのことによってロンドンのユーロ市場(非居住者のための金融市場)が成立しているからです。このロンドンのユーロ市場発達の要因は60年代には東欧諸国のドル資金でした。またカリブ海の島国には税制によっていわゆるタックス・ヘーヴン(税金天国)となっている国もあります。
ところでスイスにはこうした国にはない強さがありました。それは自国通貨スイスフランの強さです。スイスフランはヨーロッパではドイツマルクとならんで強い通貨、すなわち信認の厚い通貨です。それはスイスが同時に生産性の高い製造業を維持してきたからで、そのことによって国際収支が安定しているということ、また中央銀行が大きな金準備をもっておりスイスフランの価値の半分は金で裏付けられていることなどに理由があります。
たとえば旧ソ連と中国の間の貿易取引はスイスフラン建てで行われていました。金融取引でも、チューリッヒ市場では、多くのスイスフラン建ての債券が外国企業や外国政府によって発行されています。日本企業も88年~90年頃には相当の額の債券(おもに転換社債)を発行しました。いまや日本とスイスの結びつきは貿易関係よりも国際金融関係の比重が大きくなっているといえます。