再び関心集まる欧州財政問題
「社会主義」2011年4月号(社会主義協会)
北村巌
はじめに
2011年に入り、再び欧州諸国の財政問題に関心が集まっている。1月第3 週にポルトガル、スペイン、イタリアの国債発行が行われた。いずれも2010年に財政赤字の悪化が問題視され、財政破綻懸念によって国債利回りが上昇してしまった諸国である。中でもポルトガルは、仮に国債発行時に買い手が少なく、国債発行金利が上昇すればいよいよ金融支援を要請するところまで追い込まれるのではないかとの懸念が高まっていた。ところが、実際に国債の入札が行われると旺盛な需要があり、市中に消化されることが出来た。とはいえ、発行金利は直前回と比べて上昇したケースがほとんどである。例外としては、ポルトガルの9 年債が若干ながら低下しており、2010年秋以降の国債入札と比べ、いくらか好転の兆しが見られた。
今回のポルトガル、スペイン、イタリアの国債入札が事前の市場参加者の多数の予想に反して比較的スムーズだった背景にはいくつかの要因が重なったと考えられる。潤沢な流動性供給を背景に投資家のリスク志向が高まったこと、南欧諸国の国債利回りが大きく上昇したこと、中国と日本が国債購入を通じた欧州支援を表明したことなどである。また、財政懸念国であるギリシャやスペインから、2010年の財政赤字削減が目標を上回る成果を上げたとの発表が続いた。まだ速報値段階だが、両国の2010年の財政赤字は2009年比で3 割以上減少したとされている。
しかし、3月7日に信用格付け会社ムーディーズがギリシャ国債をBa1からB1に3段階格下げし、さらに10日にはスペイン国債をAa1からAa2に1段階格下げした。国債は一般的に格下げされると市場での信用力の評価が下がることが多く、利回りが上がり、新たに資金調達しようとしたときの金利コストが大きくなる。今回の一連の格下げは、すでに昨年12月にムーディーズが両国債の格付け変更の可能性を示唆しており、その見直し作業の結果、実際の格下げが行なわれたものである。両国債ともに今回の格下げ後も格付け見通しはネガティブ(一段の格下げの可能性)とされており、各国の財政再建の取り組みやEUの財政危機対応の行方次第で、一段の格下げの可能性がある。ムーディーズは、今回スペインを格下げした理由として、①貯蓄銀行の資本不足と公的資金注入による財政悪化懸念、②地方自治州の財政悪化懸念の2つを挙げている。昨年12月15日に格付け変更の可能性を示唆してからの状況変化としては、①スペイン政府が貯蓄銀行に求めるコア自己資本比率を当初の8%から10%に引き上げたことで、貯蓄銀行の資本不足額が当初の170億ユーロから400~500億ユーロに増大する見込みとなったこと、②2010年の地方自治州の財政状況が明らかとなり、17の自治州の9つで計画通りに赤字の削減が進んでおらず、構造的な財政収支を削減する新たな取り組みが見られないことを挙げている。 3月12日、ユーロ圏17カ国の4、400億ユーロ(約50兆円)の救援基金を設定する合意に達した。これにより、危機に直面している周辺諸国の国債を買取る市場介入を行い、低い金利での資金調達を可能にすることとした。これは財政赤字により国債金利が上昇し、それがさらに財政赤字を増加させるという負の循環を絶つための措置である。国債格下げへの対処という性格も濃い措置といえるだろう。
しかし、一方で金融システムの安定性に対する不安感は払拭できていない。金融システムの問題、統一通貨としてのユーロの信任問題と財政問題は不可分であり、欧州が直面している課題は深刻であると言わざるをえない。
そうした中で、中東における政治危機は原油価格の大幅な上昇に結びついてきており、工業国の経済回復に大きな負の要因となりつつある。
ギリシャ危機
ギリシャは大幅な財政赤字削減に取り組んできた。大規模な赤字削減策を表明したのは1年前の2010年3月3日であった。48億ユーロ(約5800億円)規模の赤字削減策で、公務員給与と義務的歳出の大幅カットに加え、付加価値税を現行19%から21%へ2ポイント引き上げることとした。公務員給与の削減では、クリスマス、イースターなどに支給されるボーナスを30%カットし、月額換算で現行水準から6割以上減らすこと、税制では、付加価値税率引き上げのほか、たばこ・アルコール税を2割増税した。
こうした財政緊縮政策に対して労働組合のストライキをはじめとした国民の抗議行動が激化したが、
アイルランド危機
アイルランドの金融危機・財政危機は最終的に政権交代に結びついた。2月25日に行われた下院の総選挙では、これまでの与党共和党が惨敗を喫し、統一アイルランド党と労働党が大きく勝利を収めた。主な政党の獲得議席は、統一アイルランド党76、労働党37、共和党20、シン・フェイン党14となっている。これまでいわゆる新自由主義的な経済政策の下、金融立国を推進してきた政権に国民がノーをつきつけた結果となった。
これは、当然の帰結でもある。1980年代からアイルランドは金融自由化を推し進め、首都ダブリンには金融特区「国際金融サービスセンター」を設立(1986年)した。ここでは、法人税10%、固定資産税(地方税)の10年間の課税免除、利子および配当についての源泉税の非課税、賃貸不動産の損金として計上できる措置という画期的な優遇措置が2002年まで実施されていた。つまりこれは事実上のタックス・ヘイブン(租税回避地)である。これによって外国の金融機関を呼び込み、一時は大成功と評価されていた。
しかし、リーマンショック(2008年9月)は金融に偏りすぎた産業振興策の欠陥を曝け出すことになった。アイルランドではリーマンショック後、大手銀行2行が経営危機に陥り、エイライド・アイリッシュ・バンクは国有化(2009年2月)、バンク・オブ・アイルランドには公的資本注入が行われた。この2つの銀行でアイルランドの貸付市場の3分の2を占める規模であり、アイルランドの金融システムが全体として危機に陥ったわけである。この措置でいったんは小康状態を得たものの、2011年に入り、 アイルランドではこの2行とxxxに再び資本注入を行わなければならない状況に陥った。
無視できないオイルショックのリスク
2月11日、エジプトでムバラク大統領が辞任し、軍が憲法を停止して権力を掌握し、新しい政治体制への移行が始まった。300万人以上といわれる都市住民のデモが長期政権を崩壊させたわけだが、その帰趨は未だみえない。チュニジアで民衆デモにより政権が交代した「革命」はエジプトに波及し、さらにアルジェリア、イエメン、バーレーンなどアラブ諸国やイランにもデモの動きがでてきている。
歴史を振り返ると、厳密にはアラブ圏ではないが、1979年の「イラン革命」では、当初パーレビ国王の体制を覆した勢力はあきらかにムジャヒディン・ハルクやフェダイン・ハルクなど、学生や知識人層を中心にしたどちらかというと左翼的でヨーロッパ的価値観に近いグループだった。しかし、権力の空白を最終的に埋めたのはイスラム保守派であり、ホメイニ独裁体制を導いた。イスラム保守派は、反対派を弾圧する一方、軍部や地方権力者を取り込む形で既存権力の温存・伸張を図り、パーレビ追放を行った人々が望んだイランの民主化を阻止した。そうした帰結になったのは、政治的な力をもったイラン人の多くが望むものが、政治的な自由や民主主義ではなく、国王や一部の特権者に独占されていた石油利権収入の分配だったからではなかろうか。
今回のエジプト政変で、仮にイスラム国家をめざす政治勢力が独裁的な権力を樹立すると問題になってくるのは、ガザである。パレスティナの分離された一方の地区でありエジプトに隣接するガザはシーア派のハマスの支配下にあり、イスラエルにより経済封鎖が行われてきた。エジプトはこれまでイスラエルとの協定の下に、ガザの経済封鎖に協力してきた。もはやエジプトが協力しないとなると、ガザに隣接するエジプトから一般物資だけでなく、武器も流入し、ハマスによるイスラエル攻撃が激化してくる恐れがある。イスラエルにとっては死活問題であり、アラブ世界全体と再び戦争状態に入る可能性がでてくる問題になるし、アラブ世界が石油を武器にした外交攻勢を行ってくる可能性も高い。
一方、今回のエジプト政変が、民主主義的な勢力に勝利をもたらすとどうなるだろうか。イスラエルとの関係はやや冷却化する可能性があるが、軍事的な対決に向かう可能性は低い。先進国の経済支援も受けられ、新興国としての経済成長が再開される可能性は高く、その意味で望ましいシナリオだ。
しかし、リスクがないわけではない。有力なアラブ民族国家であるエジプトの民主化はアラブ世界全体に民主化の機運を高める可能性が高い。このときに、世界経済にとっての一番のリスクはサウジアラビアであろう。国民の経済的不満は大きくないとはいえ、国内にはパレスティナ人、イエメン人などの外国人労働者が人口の4分の1を占める。イスラム過激派によるテロは何度か起きてきた。原油需給の調節役を果たしてきたサウジが政治的な混乱に陥れば、やはり石油危機が世界経済を襲う可能性は高い、といわざるをえない。
難しい舵取り迫られる金融政策
欧州中央銀行のトリシェ総裁は3月3日、定例理事会後の記者会見において、インフレ状況しだいでは「4月にも利上げの可能性がある」と発言した。金融引き締めへの転換を示唆したこのトリシェ総裁の発言は、市場ではかなりタカ派的な発言と受け止められた。欧州中央銀行政策理事会は、エネルギーや食料を中心にした現実のインフレ率上昇の影響が、インフレ期待ひいてはコア・インフレ率や賃金の伸びに波及し、本格的なインフレへと展開していくリスクを懸念している。3月3日に発表された欧州中央銀行スタッフによるマクロ経済予測においては、インフレ率は今年2%を上回る水準で推移すると予想されている。
しかし、それだけがトリシェ総裁のタカ派発言の理由ではなさそうである。トリシェ総裁の発言の背景には、財政状態が健全とは言えないユーロ圏加盟国政府や資本不足の状態にある銀行セクターに向けた警鐘の意味合いもあったと思われる。すでに市場の欧州中央銀行対する信認は、国債買い入れや銀行システムを対象とした金額無制限方式の流動性供給措置の度重なる延長により悪化している。欧州中央銀行への信任とはすなわち通貨ユーロに対する信任と同義である。国民のインフレに対する警戒心が強いドイツにおいて特に欧州中央銀行に対する信認の低下が目立っているようだ。
この問題は欧州の金融問題、財政問題と不可分である。金融システム不安が収まり、銀行がが十分な資本力をつけて健全性を回復しない限り、欧州中央銀行は量的な緩和政策=非伝統的措置を継続しなければならない。インフレに対して金融引き締め的スタンスをとってユーロの価値を安定させようとしなければ、欧州中央銀行は信任を回復できない。トリシェ発言は近い将来に政策金利を変更し得ることを示唆するメッセージを市場に向けて発信することで、なんとか信任を保とうとする姿勢を示したものなのであろう。
金融システム危機の余震は終わっていない
欧州では昨年に続き、再び銀行に対するストレス・テストが実施される予定である。今回は、これまでストレス・テストを実施してきた銀行監督者委員会に代わり、新たに設立する欧州銀行監督庁は行うこととなり、再度なストレス・テストが予定されている。しかし、欧州銀行監督庁は昨年より厳格なテストを行うとしているのに対し、専門家の間からは疑念の声も上がっており、ストレス・テストをパスしたからといって市場の不安は簡単に収まりそうにない状況である。
統一通貨と経済、物価の平準化作用
1999年、ユーロという国家を超えた通貨が導入され、それに参加したユーロ圏の国々では財政問題と通貨問題の関係が一変した。通貨ユーロの信用、信任は欧州中央銀行の信用度を反映し、ユーロ圏加盟国各国の信用度を超えた存在となる。このような関係のもとでは、加盟国のそれぞれの財政問題から発するソブリンリスクと共存することができないのではないか、つまり、そもそもこうした共通通貨導入には本質的な無理があるのではないかという疑問が投げかけられてきた。もし、ある国の通貨がその国の信用にのみ依存しているのであれば、財政、国際収支が悪化しても結局はインフレになり為替レートが下落する。その国家は無際限に通貨を発行し財政を形の上では破綻させないことができる。ところが、ユーロのようにそれぞれの国家やそれぞれの国の中央銀行に通貨の発行の自由がなければ、通貨の価値は保たれたまま国家財政が破綻するという事態がありうることになる。これは現代の不換通貨体制下の通貨と国家財政の普通の関係ではなく、国家がより地方政府に近い地位になったということも可能である。しかし、政治的に一国を破綻させることができない場合には、共通通貨を増発しインフレを覚悟で破綻を阻止するということはありうる。仮に欧州中央銀行が非伝統的金融政策を続けると、このシナリオに近づいてしまう。
ユーロ創出にあたっては、今回のような事態を避けるため、ユーロ圏における財政規律を保つための協定(財政赤字の対GDP比率を3%以内に抑える)が結ばれた。現在深刻になっている財政危機はギリシャやポルトガルに限らない。2010年はユーロ圏16カ国すべてがEUの安定・成長協定(財政協定)違反という異例の事態となる予想が有力である。各国の予算がEUの枠組みと一致するよう、予算政策の調和を事前に図る必要があると、予算政策の事前評価を2011年から開始することとなった。しかし、財政出動を必要とするような経済危機が起きた場合、どのように対応すべきなのか、一時的に財政規律をタナ上げした場合、野放図な財政支出増加を行う国があったり、逆に他国の赤字による需要に依存して景気を立て直そうとする動きがでたりするのでは経済圏の運営はうまくいかないだろう。最終的には、経済政策、財政政策そのものの主権を制限する方向へと向かわざるをえないのではないか。そうでなければ、ユーロ圏そのものの解体かハイパーインフレによる解決へと向かわざるをえなくなるだろう。
「社会主義」誌(社会主義協会)掲載 経済情勢分析リスト(北村執筆分)