体癖から病気をみる~人としての低潮、動物としての低潮~
※こちらの記事は『週刊・現代を体癖で生き切るためのタイヘキストマガジン』という月額制マガジンに収録されています。
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体というものがある限り、不調はまぬがれるものではありません。
痛みやダルさなどの体の不調だけでなく、心の不調も必ず起こるものです。
不調が行き過ぎれば「病気」と、医師によって診断されることになりますね。
症状に名前がついて、「○○病」や「○○症候群」として、「治療」の対象になります。
そうなる前に、体が”高潮”することによって治まればよいのですが…
”低潮”が長引いてしまって、そのまま病気として診断される人が多いのが現状ですね。
体癖には、高潮と低潮という体の波についての考え方があり、病気を避けて心身を正常化させるのに非常に役に立ちます。
より健康的に、より幸せになるには…
結論から言えば、自分自身の価値観通りに生きること。
いわば”高潮点”とでも言うべき、自分独自ご自愛法を実践していくことが大切です。
各体癖の高潮点などは、詳しくは以下に書きました。
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つまり、体癖通りに生きることで、心身の健康に関わる問題をクリアすることができる、というわけなのですが…
体癖通りに生きることができない”事情”があったりもしますよね。
仕事は好きだけれど上司とソリが合わない、
子どもがいてやりたいことがあるのに自分の時間が取れない、
介護疲れで気力まで奪われてしまって何もする気が起こらない…
ただでさえ体の波によって不調になるのに、それに輪をかけて何らかの原因によって不調になる。
人が社会という名の檻の中で生活をし、動物として逸脱し続けている限りは、そんなこともあるわけです。
現代は特に、人が社会を作っているというよりは、社会が人を作っている時代だという見方もできますね。
現代社会の通念によって、”人として”低潮してしまう。
そして、人としての低潮で収まらなければ、今度は動物の部分で低潮してしまうのです。
そうすると、医師が必要になり、病名が必要になり、薬が必要になってしまう…
今回の『タイヘキストマガジン』は、低潮の種類とその対処について書いていきます。
元気がない人にはぜひともお読みいただきたいのですが、それと同じくらい、人が元気になるのを助ける人にも読んでいただけたらと思うのです。
整体師やカウンセラー、ヒーラーなどに。
低潮に関しては、noteで今までも何度か取り上げてきましたが、今回は視点を少し変えて”病気”ということにフォーカスしていきます。
私のような医師免許を持たない一介の整体師が語るには不十分かもしれませんし、表現が稚拙なゆえ誤解を生むこともあるかもしれません。
しかしながら、医師の語る「病気」と整体師の語る「病気」というのは見方が大きく変わり、ともすれば見方を変えることで心身が高潮し、調子が良くなることも現実としてあるのです。
私は18年間整体師としてお客様のお体を触らせていただき、「病気」と診断された人にも支持されている実績もあります。
「医者では解決できなかったことが、整体師によって解決された」などと言ったらおこがましいことこの上ないのですが、視点を変えるということにはそれほど心身への影響力があるということを、知っていただきたいのです。
そしてそれは医師の仕事への否定ではなく、むしろ結論として肯定であることは、本記事を最後までお読みいただければお分かりいただけるものと思います。
人としての低潮、動物としての低潮
低潮には二種類ある、と考えられます。
一つは”人間が社会や文明を持っていることによって起こる低潮”、もう一つは”体を持っているがゆえの周期的な生理現象としての低潮”と定義づけられます。
つまりは、前者は”不自然な低潮”で、後者は”自然な低潮”と言ってもいいかもしれません。
自然界に生きる動物であれば、前者は起こらないのです。
野口晴哉先生がこんなことをおっしゃっているわけではありませんが、私ソシャフィアは…
前者は、人としての低潮。
後者は、動物としての低潮
と定義づけました。
後者に関しては、ある程度放っておいてもよいわけです。
不調があっても、時期を過ぎれば勝手に高潮していきます。
生き生きと生きているならば、という条件つきですが。
問題は前者。
前者によって、生き生きと生きているなら起こらないはずの低潮が起こってしまうと考えられるのです。
仕事でミスをしてしまって落ち込んだり、
子どもが友達を殴ってその親が文句を言ってきたり、
恋人に裏切られたり、
友達だと思っていた人の保証人になって逃げられたり、
人と自分を比べて不甲斐ない気分になったり、
やりたくないことをやり続けたり、
親に愛されず人の愛し方が分からなかったり…
それだけでなく、文明を持ったことによって可能になった生活スタイルによるも低潮の原因になるでしょう。
食べない方がよいものを食べて具合を悪くしたり、
生活リズムがめちゃくちゃになっていたり、
夜中にスマホなど強い光を目に浴びたり、
全く運動をしなかったり、
酒やタバコをやりすぎたり、
暴飲暴食や極端に少ない食事を毎日したり、
職業柄、自分の体癖と合わない体の動き方をしたり…
こういう人は、非常に多い。
社会を持って生活をしているのは人間だけではありませんが、文明を持って生活をしているのは人間だけですね。
その文明を保つために、本能ではなく意識的に社会生活を送ろうとして、動物として逸脱しているのも人間だけなのです。
人としての低潮は、人間が社会や文明を重視するがために起こった負の副産物と言えるでしょう。
そしてもはや、人間は自然に帰ることなどできないくらい、社会や文明に依存しきってしまっているのです。
ということは、人としての低潮もまた、現代を生きる人であるゆえに避けられないものであるということですね。
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