『夜の高速バス』・『音のない場所』
『夜の高速バス』
よく高速バスを利用する。福岡と佐賀を行き来するのに片道2000円ちょっとしかかからない。新幹線のほうがもちろん快適だろう。だけど、2時間ほど過ごせばいいだけなので許容できる。今日も高速バスを利用して福岡から佐賀の自宅へと向かっていた。
幸い隣の席が空いていたからゆったり過ごすことができた。バスの車内は時間を持て余す。特に帰りの移動というのは疲れているので、本を読む体力もわずかしかない。スマホは充電が切れそうなのであてにできない。かといって、眠るにはちょっと中途半端な時間だし、妙に目が冴えている。なので渋々本をポツポツと読んでいた。
集中力がまばらで、数ページ読んでは閉じ、数ページ読んでは閉じと繰り返す。2、3度目それを繰り返して、窓の外に目をやる。日はすっかり落ちて、窓の外は真っ暗だった。それとは反対にバスの車内は電気がついていて明るい。すると、窓に反射して車内の様子が鏡のように映る。僕は視界の端でチラチラ動くものが気になって目を向けると、前の席のスマホの様子が窓の反射ではっきりと写っていた。パズルゲームをしているみたい。
もっとプライベートなこと、たとえばSNSだとか、メールの返信だったら僕は配慮して目を背けただろう。だけど、パズルゲームなら見ててもいいかなという謎の許容が自分の中で発生した。窓の外を見ている風を装って、前の女性のパズルを見ていることにした。パズルはあれよあれよと完成して、クリア画面がでる。LINEのマスコットキャラが登場したのでLINEのゲームだとその時分かった。そしてまた、パズルを始める。
爪には青色の長いネイルをしていた。暇つぶしとしてパズルゲームをしているのも僕からすれば新鮮。僕もたまにそういうアプリを入れたりする。一瞬いれてはすぐに飽きて消すということを繰り返す。だけどそれがこういうスキマの暇を潰すための相棒になることはない。考え事を進めるか、本を読むか、音楽を聞くか、スマホをチェックするか。あるいは暇に甘んじるか。こんな感じだ。
ふと思い至って他の人の様子も確認する。右斜前のおばさんは魚図鑑をみていた。僕はおかしくて思わずにやけてしまった。いいなぁ。人間ってかわいいなぁ。夜を走行する高速バスの車内。おもいおもいに暇を潰す。きっと、こうやって暇を潰しながら人は生きていくのかなとか考える。
そうだ、今日の日記はこれを書こうと思いスマホにメモを取る。「左にパズルとネイル、右に魚」。これでよし。きっと僕の暇の潰し方も他の人から見たらちょっとおかしい。
『音のない場所』
ショッピングモールをぶらぶらしていると、広場の方からデカデカとBGMが鳴っているのに気づいた。曲の感じからして、普段からなってるやつ。そのときふと思い立ったんだけど、日本ってどこのお店にいっても何かしらの音楽が流れいる。無音で静かに過ごせるお店はないのか。
そう思うとありとあらゆるBGMが気になる。やっぱりどの店舗に入っても、かならず何かしらの音楽がなっている。その店の雰囲気を演出するために音が鳴っている。ごちゃごちゃとものが溢れていたり、妙に高いものがいっぱいあったり、UFOキャッチャーが一回200円の台しかなかったり。やっぱりショッピングモールは苦手。もっと静かで落ち着ける場所がいい。
その日は日中の用事も終えて足も疲れていた。早く家に帰りたいけどバスの時間までまだ時間がだいぶある。本当は横になってだらだらしたい。でもそんな場所は街中に存在しない。公衆電話みたいな感じで、200円を入れたら一畳のスペースに30分横になれるボックスとかないんかな。飲み物もなにもいらない。ただ、横になって休憩するだけでいい。だけど、都会の街中にはそんなもの存在しない。仮にあったとしてもトラブルの種になるだろうし、たいしてして儲かりもしないだろう。
しぶしぶカフェに入る。カフェインは苦手意識があるのでアイスココアを注文する。ふと席に座ってフーっとため息を吐く。ここもか。なんだか優雅で落ち着いた音楽が流れている。今の僕に必要なのは無音と横になる場所だ。あまったるいココアでも、それっぽい音楽でもない。音楽を聴くのは好きだけど、押し付けられるのは嫌い。
よほど疲れていたのか。あるいは一人で行動していたから感覚が過敏なのか。普段は素通りするようなBGMに対してヘイトが溜まっていた。今の僕なら、音がないお店というだけで評価爆上がりだよ。布団もあればなおよい。