子供達にこそ良いものを
旅するスーパースター、蕎麦宗です。
《土方殺すにゃ刃物はいらぬ、三日も雨が降ればいい》
かつて日銭仕事だった*土方にとって、仕事がなくなる雨は死ぬに等しいものだったことを揶揄した都々逸で、実は手打ち蕎麦屋も同じである。
特に季節変わりの冷たい雨の日は静かで、お客さんの動きがパタリ止まるのは毎年のこと。19年やっていて変わらないということは、そういうものなので、足掻いても仕方なかろう。
そんな夏から秋へと移ろう小寒い雨降るとある日。韮山高校時代の同級生が夫婦で来てくれた。こんな日に来てくれるのは本当に有り難く、また、お客さんの立場としてもゆっくりのんびりと過ごせるので、実はオススメだったりもする。
普段は4人家族で来店してくれる彼らも、平日の今日は夫婦水入らず。夫妻で呑兵衛だが、『クルマの運転があるから』と奥様に譲るあたり、今時っぽくってアイツも男前だなって思う。
『もう少し早くに出て来れたならば、電車で来たんだけどね』
というので、
『そんなこんなもあるので、少し前から営業時間を16:30までに伸ばしたよ!今度は電車で来て、夫婦揃ってのんびり呑んでよ』
と伝えると
『そしたら、学校終えた子供達とここで合流するのもいいかもね!』
と奥様。なぜなら彼等の子供たちは大の蕎麦宗好き。特に伊豆牛タタキに目がない贅沢者。ランドセル背負った小学生の姉弟が、『パパ達ばっかりズルい』なんて言いながら現れるのが目に浮かんだので、僕もとても愉快な気分になった。
その小学6年生の娘さんは、Yチェアやレクリントの灯りにもご執心で、『ウチのダイニングもこれにしようよ!』なんて言っている。店ならばともかく、7万も15万円もする照明や椅子を、これから塾・進学やら何やらで用立てのいる子育て世代には簡単ではない。なので、『ここへ来て楽しみつつ、いつかの憧れとして自分で手にするのを目標にしたらいいよ!』なんて感じに僕は語りかけている。
蕎麦などの料理も、またインテリアや食器なども然り。ホンモノや良い物に、子供の頃から触れることはとても大切だと考えている。毎日毎週は余程の富裕層でもない限り難しいけれど、1年に一度の贅沢でもいいから、このようにあって欲しいというのが、蕎麦宗としての願いだ。
また、そんな風にこの店を使ってくれる同級生夫妻を尊敬するし、とても嬉しい。そして本当に感謝しかない。それは、こんな冷たい雨の日でなくたってじんわりと温かく湧き上がる思いだ。
さて、子供達にこそ良いものを、と思い出した話があるので、そちらは次回の講釈で。後半に続く、としよう。
さて、後半。
同級生の子供達が蕎麦宗での食事を楽しみにしている、という話題を前半に書いた。先だって来てくださったご家族も、普段は少食であまり食べない3歳4ヶ月のお子さんが、ずいぶんとがっついて沢山食べたので母親も大喜び。支払いをした(お金を出した)祖母に至っては目頭が熱くなったとばかりに喜んでくれた。
子供が美味しいそうに嬉しそうに食べる姿は親御さんにとってはこの上ない幸せ。そのために必要なのは『腹ペコになる』ことと『本当に良い(美味しい)もの』を用意することの二つ。前者に対しての一家言があるのでそのうち書くとして、今回は題目通りの後者。以前書いた【ヘビとメジロとブッダの哀れみ】にも目を通して頂くと、その深さに感じ入るかも知れない。
蕎麦宗を始めて間もない頃、保育園児の一人娘を連れたご両親とその祖父祖母の5人家族がやって来た。日頃少食な娘さんが、もり蕎麦一枚を平らげ、あまり好きでないという野菜も、天ぷらゆえか噛り付いてモリモリと食した。
普段は本当に食べないらしく、いつも案じているのだという。だからか、それを見た母と祖母は『今日は沢山食べたね偉いね〜』と誉めそやしながら、その娘の食べっぷりに感動して喜んでいる。
と、そこへ爺さんの一言。
『子供にいいもん食わせるもんじゃねーな』
おいおい、余計だよその一言!。『全て台無しである』と、*キートン山田でなくたって思い切りツッコミを入れたくなる。まぁ、昭和の爺さんは得てしてそういう所があるので仕方あるまい。
しかしながら、食べっぷりに未来を心配する親御さんが多いのも事実。舌が肥えて他のものを食べなくなったらどうしようとか、もっと大きくなって量を食べるようになった時の食費が心配だ、とか。気持ちは分からなくないので、同情しつつ
『いえいえ心配要りませんよ、中学生高校生の育盛りになった時、腹ペコになればなんだって食べます。味より量、とにかく腹一杯にしたいのが本能』
『それより、きちんとした味覚を育てるのは今しかない。神経系の発達は3〜5歳くらいがピークだし味覚の基本は10歳ほどで完成されるとも言われている』
と言った話をするようにしている。
正直なところ、この時期の食事をないがしろにしている現代家庭は多いと思われる。核家族化や共働きの弊害とか諸々の理由はあれど、本来ならばそれによって増えた稼ぎ(所得)はきちんとした食事の為に、特に子供達へと使ってあげるべきではないのか。
食は生きる為の、また健康の基本。スマホやパソコンご必需品となり、塾や習い事も必須になった時代とはいえ、何よりも《きちんとした食事》が、身体・脳・感性の発達形成において大切なはず。ファミレスやコンビニあるいは冷凍食品といった便利なものに囲まれているからこそ、たまの外食くらい贅沢でも奮発して本物を食べさせてあげたい。
そんな思いも込めて、子供禁止な手打ちそば屋も多い中、蕎麦宗は子供達も大歓迎している。
《子供達にこそ良いものを》
親や大人達の務めとして、改めて考え直す時代が来ているのでは!と思う。
さぁ、ガンバラナシませう。
*キートン山田…アニメちびまる子ちゃんでナレーションを務めた声優。アニメの中でツッコミ役も兼ねていた。