血と涙に足を浸せ
※グロテスク表現、性的な内容を含みます。
ご覧ください。こちらは京都の五条橋近くの鴨川でございます。
通称、六条河原といいます。刑場跡です。処刑場です。ここで悪人が首を斬られ、遺体を野晒しにされていたそうです。
以下、wikiから引用。
京都は道を歩けば、闇の歴史に知らずに足を踏み入れてしまう。普段、自分が踏みしめた地に、亡くなった人の血が染み込んでいるなんて考えもしないだろう。だか、この六条河原なんかは、場所が場所なだけに、誰かの苦悶と嘆きの声が聞こえてきそうな空気がある。古戦場跡(六条河原の戦い)でもあるので、写真を撮っている私の足元に、遠い昔に息絶えた人たちいたかもしれないのだ。
ここで首を斬られたという石田三成。
うろ覚えだが、三成は処刑の前に柿を食べるかと勧められて、体を冷やすからいらないと拒否したらしい(間違ってたらすみません)
私はサーティワンかハーゲンダッツのアイスを出されたら、処刑前に有り難くいただくかもしれない。
晒し首にされた政治犯らを、民衆はどんな心持ちで見ていただろう。
話が脱線するかもしれないが、男性が首に縄をかけられ、クレーンで吊り上げられ、処刑される海外の動画を見たことがある。その様子を見ていたオーディエンスが一斉に歓声を挙げていて、なかなかに、命の重みについてアンバランスな気持ちになってしまった。
ルーマニアの元大統領であった、独裁者チャウシェスクとその妻の死刑執行場面を見たときも、言語化しにくいアンバランスな気持ちになったような気がする。
私が安土桃山時代にいたなら、三成の晒し首を前に、気の毒なようなそうじゃないような、着地が難しい気持ちになるのではないか。多分。
令和の六条河原を色々な想像を巡らせて眺めたあと、私は裏側にある旧五条楽園に向かった。
五条楽園とは遊郭があった場所である。戦後は赤線となり、つい最近まで営業をしていた。
大阪の飛田新地のような場所が、京都にも存在していたのだ。
2010年、置き屋とお茶屋が売春防止法違反で一斉摘発され、色街は姿を消した。
いまはこんな感じで、宿になっていたり飲食店が入ったりで、クリーンです(多分)
この置き屋は倒壊しそうな勢いだった。
独特の格子が遊郭を思い起こさせるが、建築を見たいなら、やはり島原(京都下京区の遊郭)まで足を運んだほうがいい。
私は何度か島原に行ったことがあるが、綺麗事ばかり並べられているので毎回腹が立っていた。
私は花魁や遊女について綺麗な一面だけ取り上げる風潮に強い疑問と反感を持っているが、脱線するから語らない。
ただわかってるのは、身売りをしてきた女性たちの声が資料として少なく、現代で言う風俗体験した助平オッサンのレビューなら残ってるという、舌打ちしそうな事実だ。そのせいで漫画や小説で綺麗事ばかり描かれることが多く、モヤモヤするのである。
もしご興味があれば、森光子の「吉原花魁日記 光明に芽ぐむ日」を読んでみてください。遊郭に売られた女性の壮絶な実録日記です。
ちなみに五条楽園で有名な銭湯。
以前はこの隣に、有名な暴力団事務所があったのだけど、更地となり、土地は任天堂が買ったとか。
次の記事はいわくつきスポットについて書きます