沖の島のおっちゃんの言葉
市営定期船は片島岸壁を出て、沖の島へと向かう。
出航時は曇り空だったが、気がつけば青空。
さすがに太平洋、波が高い。不意に、しぶきが身体にかかる。
だんだんと島が近づいてくる。その景色を甲板から眺めている時間が大好き。
この日の宿は、沖の島の南側の集落・弘瀬にある。弘瀬の港では、1日2度、定期船が寄港するたびに、地元のおっちゃんたちが集結してきて荷下ろしをする。
弘瀬の民宿では、九州からのダイビングチームと一緒になった。
沖の島の海域は日本一の透明度と言われる。全国からダイバーが訪れる「聖地」。
翌朝。ダイビングチームの渡船が港を出ていくところを、民宿のおかみさん・お姉さんと、一緒に見送る。
「おーい!」 3人で、船に手を振る。
さあ、僕は夕方の定期船まで、沖の島を満喫しよう。
なぜか一部黒塗りの、ワイルドな軽トラを借り、島を駆け回る!
軽トラの中にアムロちゃんのCDがあったので爆音でかけてみる。
青い空、青い海。
鴨姫神社の鳥居は、海を臨む崖の上に立っている。なんと美しい景色だろう。
海が大好きで、いろんな海を眺めてきたが、僕は初めてこんなことを思った。
「海って、こんなにキレイなものかな・・・」
軽トラを走らせては停め、海を眺めて、写真を撮る。
ワクワクする島内探検。
島の北側にあるもう一つの集落・母島(もしま)に着く。
斜面に家屋が密集した、石垣の集落だ。
この石を、一つ一つ手で積んだ島の人の努力、勤勉さたるや。
集落を歩いていると、黄色シャツのおっちゃんに遭遇。
「今日は暑いけど、ここは涼しいやろ」
おっちゃんの家から張り出したベランダが、狭い小径に日陰を作っている。
海からの風が吹き抜ける、天然のクーラー。
ベランダは、なんとおっちゃんのお手製。上にイスが一つ。
「ここに座って、夕陽を眺めたり、コーヒーを飲んだりするんよ」
いいなあ。なんて贅沢な時間だろう。
もう少し集落の石段を登ってみると、今度は鮮やかな赤色の家の軒先にいた上半身裸のおっちゃんに呼び止められた。
「ちょうど良いところに来た。よく冷えたビールがあるぞ! 寄って行け」
おっちゃんは缶を開けてくれたが、僕は軽トラに乗ってきたから、残念ながら飲めない。「お、なんだ男らしくないなあ!」と言われる。
「今日は、いい天気だよな〜」
晴れていて日差しも強いけど、都会のうだるような暑さではない。海からの心地よい風を浴びながら、おっちゃんは一人バーベキューをしていたのだ。
近くの民宿の奥さんに分けてもらったというシメサバをいただく。うまい。
シャウエッセンを焼いて、これもいただく。なんという旨さ!!
「シャウエッセンは間違いない」と、おっちゃんはなぜか誇らしげな顔で語る。
石垣の家並みを眺めながら、おっちゃんと語らう。
「すごいよな、昔の人は」。重機も使わずに、この集落を築き上げたのだ。
昔の人の途方もない努力によって築かれた場所で、僕たちはのんきにシャウエッセンを食べて、その旨さに感動している。お気楽なものよ。
島に、宿は多くない。予約もせず訪れる無謀な旅人がたまにいて、泊まる宿がなく困っている旅人をおっちゃんの家に泊めてあげたことがある、とのこと。
「島の人に言われたんだよ。知らん人を家に泊めたんかって。でも、俺は思うんだ。世の中の人はほとんど良い人さ。悪い人に出会う確率なんて、宝くじ当たるぐらいのもんや。宝くじは当たらんのやから、悪い人に会うこともないさ」
なんてステキな考え!
そういう考えのおっちゃんだから、良い人の中でもさらに良い人たちが、どんどん寄ってくるのだろう。
どんな心持ちで人生を歩むべきか。正解はないかもしれないけれど、おっちゃんの言葉に、そのヒントが詰まっている。
「ほら、見ろ。お花が綺麗に咲いとる」
赤い花が、太陽に向かって咲いている。僕たちはお花を眺めて、海からの風を浴びて、世界で一番旨いシャウエッセンを食べている。
「あんた、ここをたまたま通りかかったとは、運がいいね」
そうですね! 宝くじが当たったくらいの確率ですね!
また来ます。今度は母島の宿に泊まれば、一緒に一杯、飲めますね。
「おう。一杯と言わず、いくらでも飲みに来い」
愛着さえ湧いてきた軽トラで、弘瀬の港に戻る。宿の女将さんに「お兄ちゃん、だいぶ日焼けしたんじゃないの?」と言われる。
お迎えの船が来る。 ボーーー 汽笛が鳴る。
美しい海、心地よい風。
おっちゃんの言葉、感動するほど旨いシャウエッセン。
忘れたくない思い出を胸に、僕は船に乗り込んだ。
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