春の通り雨
仕事が終わるのが遅くなり、会社を出るのが20時近くになっていた。同じく残業をしていた同僚と出口で会い、「お疲れ様でした」と言葉をかわす。
残業終わりの疲労と充実感からか、少しテンション高めで話しながら駅までの道を歩き出した。
「20時でだいたいの飲食店閉まっちゃうから、この時間になると大変だわ」
いつも思っていることを口にしただけだが、もしかしたら気を遣わせてしまったのかもしれない。
「カレーいっぱい作ってあるから、食べますか?」
そういうつもりで言ったわけではなかったが、その気持ちは素直に嬉しかった。イートインなのか、テイクアウトなのか…、そんな確認をするのも野暮ったいので、僕は「助かります」と頷いた。
僕の利用駅の2つ先が彼女の最寄り駅だった。3~4駅くらいなら苦と思わず歩ける僕には、2つ先で駅から徒歩10分ほどの場所というのは我が家から徒歩圏内である。そのことは、日頃の会話から分かっていたが、実際にその道を歩いてみることになるとは思ってもいなかった。
見慣れた駅を通り過ぎ、川を越え、特急列車が停まる大きな駅に着いた。
少し待つと彼女は自転車に乗ってあらわれ、
「荷物、カゴに入れますよ」
と言ってくれた。
「ありがとう」
と背負っていたリュックを渡す。すると彼女は、
「なんでこんなに重いんですか?」
と驚いていた。
「これとか入ってるからかな?慣れてるから重いと感じたことないけど…」
中から折りたたみ傘を取り出して見せると、
「ずっといい天気だったのに?」
と彼女はさらに驚いた。
カレーをご馳走になっていると、天気予報を伝えるキャスターの声がテレビから聞こえてきた。彼女は思い出したように、スプーンを持つ手を止めて話し出した。
「天気予報見てれば、重いのに持たなくてよくないですか?」
全くおっしゃる通りだなと思った僕は、
「毎日持ち歩いてるけど、降らない日のほうが断然多いんだよね」
と言って笑った。彼女も
「ですよね」
と口を拭きながら言い、僕の目を見て笑っていた。
また帰りが遅くなった数日前のこと。会社の出口の前で立ちすくむ彼女がいた。
「お疲れ様。どうしたの?」
声をかけると、彼女は苦笑いを浮かべながら外を指差した。
雨が降っていた。天気予報を見ない僕には予報が当たったのかハズレたのかは分からないが、彼女が困っているというのはすぐに分かった。
僕は折りたたみ傘を取り出し、
「よかったら駅までどうぞ。少し小さいけど」
と言った。彼女は決まり悪そうに笑い、
「ありがとうございます」
と傘に入ってきた。僕たちは、互いが濡れぬよう肩を寄せ駅までの道を歩いた。