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プロ野球日本シリーズ2021 愛する二人のミスタースワローズ➁

 自称スワローズファンの"にわか"として約30年を過ごしてきた僕は、2018年、元同僚に誘われて生観戦をしたことからスワローズに真面目にハマり、試合を"しっかり"見るようになった。

神宮球場によく行くようになると、最初の頃は、傘を振り振り東京音頭を歌う周りを見て「綺麗だなー」なんて思っていたのだが、通っているうちに当然自分もやってみたくなるし、応援歌も歌いたくなった。

グッズとかはあまり買う方ではないのだが、応援傘と応援バット、そしてレプリカユニホームくらいは最低限揃えたいと、ファン仲間とオフィシャルショップに買い物に行く約束をした。


事前にネットショップで調べてみると、傘やバットは選手個人のデザインは(今もあるか分からないが)なく、球団ロゴやマスコットのデザインのものが売っていた。

ユニホームは選手の名前と背番号の刺繍が入っているのだが、最初は、特別に好きな選手がいなかったので名前・背番号なしのものか、もしくは(今年デビュー28年目に突入した)大ベテラン、あの方の2896番にしようと思っていた。


 "ファンが歌いたい応援歌第一位"に選ばれたことがある彼の曲の前奏が流れると場内が唸るように沸き立つ。スーパースターとはこういうものだとよくわかる。登場するだけで空気が変わる。

「新語流行語大賞」の表彰式にも出席していたから、プロ野球ファン以外の方でもご存知なのではないか?もちろん僕も神宮通いを始める前から知っていた。

打撃(と走塁)で圧倒的な成績を残し、多くの部門で1位を記録していたことが、化粧品・健康食品会社DHCが様々な所で「1位・1位」とアピールする様子と重なり、妙な呼ばれ方をしていたのも知っていた。

僕は天の邪鬼だから、人気No.1とかはあまり得意でない。凄すぎてしまうと陰が見えないのも魅力として欠けると思っていた。弱さや挫折、もがく姿、そして苦しみを乗り越えてきた過程などを見て好きになるもの、そう思っていた。

神宮球場に通う前までは…。


 約束をしていたファン仲間と、試合がない日に初めて球団オフィシャルショップに行った。目的はもちろん応援グッズを揃えること。傘やバットはどれにするかと散々悩んだが、ユニホームだけは店内に入るとすぐに手に取った。

周りを見渡せばみんなが着てるとか、好きになるためのハッキリした理由とそこに至るまでの過程をくださいとか、俺は天の邪鬼だからとか…、そんなものは全て超えてきた。圧倒されてしまったのだ。


いつもセカンドベース周辺を見ている自分に気がついた。

試合後球場前で、酔っ払ってファンの方々とワイワイやってるときに、通り過ぎた車の運転席に彼がいるのが見えたとき、「アイドルを追う女子みたいに内股で跳ねてたよ」といい歳したオジさんは仲間に笑われた。

何本もある紐の中から一本を選び、お目当ての賞を狙う千本くじで、グリーンの彼のユニホームが当たったときは嬉しくて言葉を失った。

FA権を行使せずスワローズに残留すると報道があったときは人目はばからず涙を流した。

ファンサービスが良くて、テレビ・雑誌などに露出が多い選手のほうが好きなはずだったのに、あまり出てこなくて、出てきてもどこか嘘くさく(笑)、悪そうに笑う彼にドキドキしてしまった。

オジさんは、一回りくらい年下の彼に完全に心を奪われた。


 本調子でないと心配もされていたが、解説の古田敦也さんと元木大介さんは「ここまで出ないとそろそろ出そうですよね」と言っていた。もちろん僕も「そろそろだろう」と信じていた。

日本シリーズ第5戦、3点リードを許した8回裏、前の打者二人がフォアボールで歩き、ノーアウト1,2塁で彼に打席がまわる。

スリーボール・ワンストライクからの5球目だった。解説者・高木豊さん曰く、"狙い球を冷静に仕留めた"打球は、滞空時間の長い綺麗な放物線を描き、レフトスタンドに吸い込まれていった。

冷静にバットを振った後、一塁ベース・三塁ベースをまわるときコーチと力強くタッチをしていた。その姿を見たとき、いつもはあまり感情を出さない彼が、珍しく高揚しているように僕には見えた。

彼が綺麗なアーチをかけると、東京ドームには美しい傘の華が咲いた。

山田哲人選手の2021年日本シリーズ第1号本塁打だった。

彼のホームランを見たとき、3打席連続でホームランを打った2015年のシリーズをやはり思い出したが、最終回、彼に打席が回ることはなかった。


 朝目覚めると、部屋の一番目立つところに掛けてある背番号「1」が目に入る。それを見ると「今日も一日頑張ろう!」と思う。

生きる世界も、過ごす日々も、味わう緊張感も、それはもう全く住む世界が違う。そんなことは分かっている。しかし、人として、男として、やらねばならぬことがあり、やらねばならぬ時がある、そこに大差はないのではとも思う…。

天才なのに努力が必要であったこと。そして、天才が努力をするとこうなる、というのを山田哲人選手が教えてくれた。



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