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晴れが似合う傘屋さん
傘店の二代目として長年働き、店は畳んだが今もその一角で寝起きをしているおじいさんがいる。
歴史ある商店街に店を構え、傘を売っていた彼は今も有名人で、「〇〇屋さんは商店街でも古い店で、彼のお父さんとも知り合いだったのよ」と少し離れたところにある婦人服店の女将さんが教えてくれた。
約20年前に脳硬塞で倒れ、今も右半身が不自由な彼は週に2日デイサービスに通い、それ以外は自宅で生活している。
彼と商店街をゆっくり歩いていると、多くの人が「〇〇さん元気?頑張ってね」と声を掛けてくる。割と頑固なタイプではあるが、ご近所さんから凄く慕われていて、若かりし頃の彼はどんな人だったのか、と歩行器を押しながら歩く後ろ姿を見て思う。
息子さんは、店舗兼住居の2階に同居している。親子の接点はほぼなく、週に何度も彼の家に行き、息子さんにも挨拶するが、彼らが会話をしているのを一度も見たことがない。
早朝、出勤前に天気予報をチェックすると雨マークがついていて、家を出るときには降り始めていた。
彼を迎えに行くことになっていたが、商店街には屋根があるし、行き来は車だから心配はしていなかった。
ドライバーさんと合流する時間を確認すると、僕はレインコートを着て自転車で彼の家に向かった。
自尊心が高く、人に頼らず自分でやろうとすることは良いことだ。そういう彼の気質が、決して良くはならないが悪くもならず、現状を維持し自宅に居続けることを可能としている。
長年の付き合いで解るから、どんなに時間が掛かっても僕は手を出さず、準備が済むのを目だけは逸らさずに待つ。
昔は店舗の休憩室として使っていたという寝室から玄関まで歩く彼の後ろに、僕はピッタリとつく。手を出すのは大きくグラついたときのみだ。バリアフリーなんてなかった昔ながらの段差の多い道のりを、手すりを使いながら器用に進む。
玄関の扉を開け、歩行器を外に出す。
その時視線はずっと彼に向けているので気づかないのだが、ドライバーさんと合流し、一瞬目を離し商店街の外に目をやると、綺麗に日が差している。
家に入った時は降っていたのに、天気予報は雨マークだったのに…。
僕は嬉しくなって、「〇〇さん、雨って言いましたけど止みました。晴れてますよ。さすが、晴れ男ですねー」と言うと、彼はいつものように高い声で「ヒッヒッヒ」と笑った。
一度や二度ではない。
デイサービスから帰る直前、それまで降っていた雨がすっと止む。
外出しない日は雨が降る。
梅雨時で連日降っていたのに、外出する日になると雨が止む。
「一人のせいで天気が変わるなんてあるわけないし、あったら大変だ」
昔、晴れ男雨男の話になったとき誰かがこう言った。
確かにそうだとは思う。
でも、何千何万の傘を売ってきたであろう彼のこととなると、天気に影響を与える、いや変えてしまう、そんなことでも信じてしまいたくなる。
ずっと気にはなっていたが、プライドが高く頑固者だから言わないでいた。
でも、お互い多くを語りはしないが、信用されているかいないかは長年の付き合いでなんとなく分かる。
近所の寿司屋で、彼に頼まれた鉄火巻と握り8貫を買う。箸は使えないので貰わない。濃い味好きなので醤油は多めに4つ貰う。
大好物の寿司を食べ終え、上機嫌の彼に少し勇気を出して言ってみた。
「〇〇さん、傘屋さんなのに晴れ男ですね」
すると彼は、麻痺で首が上がらないので斜め下に視線をやったまま、ヒッヒッヒと笑った。
背中は丸まり、下を向いているので椅子に座っていると本当に小さく見える。
上がりはしないが、首を僕のほうに向けると彼は言った。
「いや、でもね〇〇さん、昔は儲かったんだよ」
とても誇らしげな口調だった。
部屋の隅にはショーケースがある。
中には、時は経っているのに色褪せることのない綺麗な傘が何本も並べられていて、先代や亡き奥様と共に彼を見守っているように見える。