アイスマシマシ
大学生の頃、喫茶店でバイトしていた。
今となっては一周かニ周まわってそんな純喫茶は人気があり、古き良きレトロ感を売りにした店もよく見かけるようになった。
僕がバイトしていた頃はカフェブーム真っ只中で、オシャレな地域のみならず下町にもチェーン店のカフェが乱立していた。
もちろんオシャレなカフェでバイトしたかった。でも、オシャレな若い人たちを相手にする自信がなくて、おそらく利用客は中高年が多いだろうと思われる喫茶店を選んだ。
大学ではどこで働いているか言わなかった。言えば確実にイジられるからだ。
「バイトだから」と誘いを断るたびに「なにやってんだよ」「どこか教えろよ」なんて言われたが絶対に答えなかった。
スーツ姿の男性と、冴えない見た目の若い女性がテーブルを挟んで座っている。男の手元には分厚い資料、熱心に女に語りかけている。
何をしているのかは何となく察しがつく。
バイトを始めた時の予想通りこの店の客は中高年が多く、それと同じかそれ以上に、この二人組のような客や、出勤前のホストの集団、見た目が怖いお兄さん方が多かった。
何度かめちゃくちゃ怖い体験をしたことがあるから、苦手な同世代が客のほうが良かったと慣れるまでは思っていた。
スーツさんと冴えないさんがどうなるのかチラチラ見ていると、ガラスの壁越しにこっちに向かう視線を感じた。
見ると大学の仲間三人が、ニヤニヤしながらこっちを指差していた。
「あいつら、つけてきやがった!!暇人め!」
時間を持て余した大学生ほど怖いものはないかもしれない…。
席についた三人に注文を取りにいく。「ダセえ」とか「奢れ」とか言われたら嫌だなと思っていたが、彼らは古くて重厚なつくりのメニューを興味深そうに眺めてオススメを訊いてきた。
そして、三人の中の一人、グループの男子皆が好きなアイドル的存在の彼女は店内をぐるりと見渡すと「ちょっと椅子とか年季入ってるけど、いい店だね。落ち着く」と言って笑った。
本来はカウンターにいるスタッフにオーダーを伝え作ってもらうのだが、このときばかりは先輩に「すいません。友達なんで俺が作ってもいいですか」と言った。
快く頷いてくれた先輩に申し訳ないと思いながらも、バレないようにこっそりと、オススメのアイスココアにいつもよりかなり多めにアイスクリームを盛りつけ、楽しそうに話している三人に持っていった。
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