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朝井リョウ『生殖記』②

出張の最終日。
会食を終えて、路面電車に揺られると空しさに襲われた。車窓に映る疲れ切った顔。後から乗ってきた男の大きなため息の連続。大声で話す外国人。冷えた足がつらい。重い荷物のせいで肩が痛い。
今回の出張も悪くなかった。仕事はきちんとこなしたし、新しい情報も入手した。ハプニングにもそれなりに対応した。最終日だって最後の最後まで頑張ったのに、どうしてこんなに空しいのだろう。今日自分は何ができた?とか、この出張で何が残せた?とか。素晴らしい結果なんて、別に望まれていないのに。私はできる人間じゃない。頑張って頑張ってすり減らして、自分を追い込んで心を殺して、心はもちろん駄目になりもうすぐ身体も駄目になるぞといったところで、ようやくできたりできなかったりのスタートラインに、立てたり立てなかったり。

そもそも私は誰にも望まれていない。
性行為の副産物。できちゃっただけ。もっとちゃんと避妊してほしかった。
育て方がわからなかった、乱暴にしてしまったこともあった、と母は言っていた。置き去りにされた車の中の寒さもひっぱたかれた頭や頬の熱さも、記憶から消そうとしていた。ごめん、出来が悪くて。それでも必死に頑張ったけれど、何も果たせそうにない。普通の幸せルートには進めそうにない。結婚式を挙げる、孫の顔を見せる。そういう普通の幸せを経験させてあげられそうにないから、産まれてきてしまったことの罪悪感に苛まれ続けている。子供時代の罪悪感と大人になってからの罪悪感というものは、味は違えどずんと重い。

産まれただけでもう人生終わってるんだ、と最近はそう思うようにしている。意味とか価値とかそういうものを考えても仕方がないって。人間はそういうことを考えられるだけ暇なんだって、朝井リョウさんが言っていたもの。大学時代、暗いことばかり考えていた。自虐的な思想で自分の首を絞めていた時、もがく姿に冷笑し、なんて暇な奴なんだろうと思う自分もいた。今はただ、考えるのをやめようと努めている。そうしたら少しは穏やかに生きられるかもしれないから。

穏やかに生きたい。すべて諦めて、星が綺麗とか風が心地よいとか小さな幸せを掬い上げながら、1人死にゆく淋しさをも受け入れてしまいたい。頭では思っていても、まだできない。まだ、諦め切れていない。
だって、さっき、ホテルへの帰り道、コンビニに寄ってしまった。好みの店員さんにレジ打ちしてもらおう、あわよくば目も合わせてしまおう、なんて下心満点で手に取ったハーゲンダッツバニラ味。実際、その店員さんが視界に入った途端、自身の醜悪な感情を自覚し、己への失望を深めただけだった。意味がないのに。好みの店員さんにレジ打ちしてもらおうが、目が合おうが、彼にとってはただの客。その数秒、時給が発生していただけ。自分が気持ち悪い。よくもまあ野放しにされている。

私は愛されたいという点において、まだ人生を諦め切れていない。愛してほしいと思った人に愛されたい。可愛がられたい。君のすべてが愛おしいと包まれたい。心がずたずたになる身体の関係ばかり。まだ恋人同士のセックスすらしたことがない。満たされた気持ちで眠った夜など一晩もなかった。

きっと、今気になっている人にも相手にされない。眼中にないし、私は選ばれるほどの女じゃない。汚い醜い価値のない女だから。もう全部諦めて、手放して、何も感じないようになりたい。なれない。

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