正解は疑うために
この1年ちょっとで大きく世界が変化してしまいました。
遅かれ早かれ、ではあったと思うんですが、人間危機感を感じたり、実際に危機にあうと、大きく前に進む力が発揮されるんだなと感じます。
パンデミック関係無しに、技術の発達がとてつもないスピードで進み、変化の激しい時代と言われています。
VUCA (=ヴーカ) とも呼ばれているみたいですが、皆さんご存知でしたか?
Volatility = 変化性
Uncertainty = 不確実性
Complexity = 複雑性
Ambiguity = 曖昧さ
という要素の頭文字を取ったもの。確かにどれをとっても、なるほど今の時代だな、と頷けます。
なので、これまでの答えをとにかく与え続けるトップダウンの教育では、これからの予測不能な時代を生き抜ける人材が育たないと言われています。
そりゃあ基本的に受け身で変化の渦の中にいれば、そのまま流れに流されるだけですよね。
その渦を止めることも、更に変化を加えることもなく、無抵抗で人生が終わります。
自分の人生は自分の意志で切り開こう。
だから自主性を。ここが足りなさ過ぎたが故に求められているのでしょう。
ただ、その答えの存在自体をどう捉えるかの方が大事だと思うんです。
上から教わったにしても、自ら手にしたものにしても、それが唯一無二だと考えてしまってはどちらにしても無意味なんです。
答えとは、1度目は納得されるものの、その後も正しいのかはよく考えられるべきであります。
反対に、常に疑いを持って見られている状況では、何か基準となるように答えが示されるべきでしょう。
VUCAじゃなくても常に時代は変わります。
常識も技術も知識も何もかも、常にアップデートされていくのは、このように疑いを持ってかかるから。
もしかしたらこの不透明だと言われる時代の流れも、正解を求めてる人たちのただの正義かもしれませんね。
この支援は必ず誰かのありがとうに。