見出し画像

公共のアーカイブを解放せよ

 世に多種多様な動画配信サービスが跋扈する2021年。その中でNHKオンデマンドをおススメしてくる人間がどれだけいるだろうか。その数少ない人間が私だ。NHKオンデマンドとは、日本放送協会が提供するビデオ・オン・デマンドサービスのことである。最新の放送から昔懐かしの番組まで、NHKが有する動画を配信しており、インターネット接続でいつでもどこでも好きな番組を視聴することができるサービスだ。
 ただし、サービス利用料金がNHK受信料とは全く別物として扱われており、なぜ一度支払ったはずのNHKの番組に二重課金しなければならないのかと一部で批判されまくっているサービスでもある。申し訳ないが、そこについての是非はここでは別問題としておく。個人としては、払うコストは最低限でお願いしたいところではあるが、BS契約は解約しているのでNHKへの料金支払いは必要最低限に留めているつもりだ。そしてNHKオンデマンドは任意で月単位でいつでも解約できるので必要性が薄いと感じたらすぐに解約すればよい話だ。ただ、アーカイブされていく動画の偏りや急な配信停止の横暴さを考えると、もう少しサービス向上は図るべきだと考えている。

 現に、私自身は2013年くらいからこのサービスに加入し、不満も多少あったため、途中3年ほど退会期間はあったが、なんだかんだで現在も再加入中の身であり、週に4~5時間分は視聴に充てている。今回は、NHKが制作した、もしくは制作している番組コンテンツそのものについては、人それぞれの好みがある、というスタンスで通し、あくまでNHKオンデマンドを通した視聴体験の素晴らしさの一例を紹介しようと思っている。
 実際、サービスサイト内のオススメやランキングで上位に位置しているのは、大河ドラマ、朝ドラを筆頭にした人気のドラマシリーズの数々だ。確かに過去作も含めていくつかの傑作が配信されていて、見ていた人には懐かしい「ちゅらさん」や最新の「晴天を衝く」で吉沢亮の雄姿を拝むことができ、他のサービスでは当然配信されていない、まさに「ここだけの動画」として視聴することができる。もちろん私自身も、後半の破綻した展開やキャストのその後の様々な大人の事情により、黒歴史化されている朝ドラ「まれ」を見て、土屋太鳳の話す能登弁のかわいらしさと柳楽優弥の放浪息子ながらドキドキさせる色気を見て楽しんでいる。ただし、ドラマコンテンツにおいては、まさに人それぞれの好みであり、どこの動画配信サービスにも、”ここだけにしかない”動画でいっぱいだ。しかも、NHKの場合、最新の番組であれば、TVでリアルタイム視聴、もしくは録画していればよくて、わざわざNHKオンデマンドで見る利点は出先でもスマホで視聴できることくらいだ。

 だからこそ、NHKオンデマンドで真に見るべきコンテンツは、過去の遺産たるドキュメンタリーだと考えている。これはいささか特殊かもしれないが、ぜひ一度体験してみてほしい。実際に配信されている、「街道をゆく」のシリーズを例にしてみる。この番組は司馬遼太郎の同名紀行文集をもとにしたドキュメンタリー番組で、司馬が実際に訪問した日本各地から世界の町々や史跡の様子を映像化し、同書にも記載された司馬の独自の歴史観を紹介している。なお、司馬史観と呼ばれる彼独自の歴史観については批判も多く、それ自体についてはここでは問題ではない。そもそも、インターネットで即座に検索できる環境で、かつフェイクニュースも含めた圧倒的な情報過多の現代においては、司馬個人の歴史観など、一情報・意見でしかない。

 この番組の視聴で大事なのは、時間軸のズレだ。司馬が実際に訪問、執筆したのは1984~94年であり、番組自体は司馬の没後1997年から1999年にかけて放送されており、実際に映し出される映像は多少の時間のズレがある。そして、それを現代の私が2021年の視点で視聴している大きな時間のズレがある。私と同世代の20代以下であれば特にこのズレに着目して視聴してみてほしい。90年代後半といえば、20代である私は生まれてはいるが記憶が薄いし、時代の空気感も理解できていなかった。番組の中には、特に地方であればあるほど、司馬が空想する歴史にひもづく風景や風習がぎりぎり残っている。そこで暮らす人々もインタビューで、司馬との交流やその土地の歴史への誇りを語っている。現代の私からでは、なかなか見ることのできない光景ばかりが映し出される。しかも、司馬が空想する人々の暮らしや人物の動きは縄文~明治にかけての壮大な過去の時代だ。青森県津軽を訪問する回では、司馬が北のまほろばと呼称するほど、縄文時代では豊かな土地ではなかったのかと語る津軽は、雪国ではあるが確かに古くから伝わる木製の遊具で遊ぶ子供たちや伝統にしたがった狩猟に従事する人たちのその土地と歴史に根付いて暮らす光景が映し出される。だが、同時にその暮らしと考え方は、インターネットの普及前であるとはいえ、90年代後半においても既に東京のバブル経済とその崩壊から置いていかれているように見える。司馬の意図としては、この想いを馳せる歴史と当時の日本の風景・人のつながっている部分とずれている部分を描くことであり、さらには2021年現在ではさらなる時代の隔たりを感じることができるのだ。
 ちょうど偶然にも執筆当時発掘されたばかりの三内丸山遺跡は、縄文時代の豊かさを伝え再現する、日本を代表する遺跡となっていくことが期待されていた。2021年現在、検索してみると、ぜひとも世界遺産登録にこぎつけるべく、ロビー活動の一貫として各SNSの公式アカウントを開設したと公式ホームページでプレスリリースされていた。今では縄文時代の豊かさを届けるため、インターネットのPV競争にも参入しているのだと思うと、当時の司馬の興奮が皮肉のようにも、感じて寂しくもなる。

 単なる記録映像であれば、さすがに視聴は飽きてしまうものも多いかもしれない。しかし、NHKオンデマンドのドキュメンタリー番組のいくつかは、演出や映像美、音楽、絶妙なナレーションが現在でも視聴に耐えうるものとして機能しており、ぜひオススメしたい。この「街道をゆく」シリーズも挿入される冨田勲の音楽がなんともいえない日本の古い情景とマッチしている。他にもオススメしたNHKのドキュメンタリーシリーズは、「シルクロード」、「小さな旅」、「映像の世紀」などがあげられる。これは「映像の世紀」の題名通りの表現だが、人類が映像を手に入れて100年以上も経過している現代だからこそ、このような時間軸のズレを考えながら、土地と人を振り返っていく時間が必要なのかもしれない。つまり、皆さんが同サービスに加入し、視聴回数が増えるほど、マウンテンサイクルに深くアーカイブされた遺産が享受できるということなのである。

いいなと思ったら応援しよう!