〆【P5】STORY LOG 1:A story of a summer day.①(6月)
※ゲームの二次小説です。ノーマルですが、二次創作に抵抗の無い方のみお読み下さい。
ゲームをやってなくても、たぶん読めます。
書いた人間が、ゲーム未プレイ時、アニメと動画視聴だけで書いた物語なので。
当時やる時間が無く、「ゲームしたいしたいハード高い時間無い」と唱えながら、勢いだけで作りました。
(無事、ゲームクリア後に少し加筆。本編の重要なネタバレ無し。主人公はアニメ寄り設定。名前もアニメより拝借。去年末、別ブログに載せたものです)
◆買い物して、地下潜って、バトルする話です◆
【BGM】
「The Whims of Fate」(P5)
「lnvitation to Freedom」(PQ2)
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「オイ、レン」
どこからともなく、甲高い少年の声がする。
「ん」
呼ばれて応えたのは、左肩に紺色の鞄を掛け、白いシャツに赤と黒の細いチェック柄のパンツ。高校の制服を着た細身の少年だ。
癖の強い黒髪で、髪があちこち小さく跳ねており、黒縁のぶ厚いレンズの大きめの眼鏡をしている。
光の加減か、眼鏡が白光りしていた。
「気づいてるか?」
「うん」
歩みを止めることはなく、聞こえてくる謎の声に返事をする。
「いつからだ?」
「10分前……。たぶん、教室を出た辺りからかな。本返しに図書室に寄っても、ずっとついてきたから間違いないと思う」
「図書室寄ったのか? あ。ワガハイ、その時、たぶん寝てたな」
「だと思った」
「いや、この鞄の揺れというか、おまえの歩き方というか。何かこう、ちょうど良くてだな。つい」
その姿だから狭いところが好きなのかも、とは言わず、短く応える。
「そうか」
「いや、そんなことより、後ろにいるあの女。リュージたちが言ってたセイトカイチョウだろ?」
「と……思う。はっきり顔は見てないけど」
後ろは振り返らず、ペースも崩さずに、学生たちがまばらに散らばる通学路を歩いていく。
謎の声は、少し声をひそめるようにして話しかけてきた。
「……あれさ、明らかに尾けてきてるよな? でもアレ、何のつもりだ。今時、雑誌で顔隠しながら尾けてくるヤツっているか?」
「たまにはいるかも」
「まぁ、実際そこにいるしな。
怪盗団の件か、あるいは、お前一人に狙いを絞ってきてるってことは……おまえの素行調査の可能性もあるか」
「そうだな」
素行調査。
自分は「傷害を起こした前科持ち」という触れ込みで、今の学校に転校してきている。
勿論、そんな事実はない。
けれど──、裁判で「そういうこと」にされてしまった。
助けたはずの女性は、法廷で嘘の証言をし、こちらの言い分は一切聞き入れてもらえず、相手に有利な事実だけが並び、一種、異様な空気のまま、裁判は終わった。
元居た田舎では、噂はあっという間に広まり、両親には匙を投られ、今は両親の知人が知り合いだという保護司の下で暮らしている。
正確に言うと、保護司が営んでいる喫茶店の屋根裏で、だ。
「案外、おまえに気があったりしてな?
あの年上美人セイトカイチョウ」
「モルガナ……」
呆れた声で言うと「モルガナ」と呼ばれた声の主は、軽く笑いを含みつつ、言葉を続けた。
「冗談だ。あの女、何かちょっとおまえらに敵愾心持ってたからな」
少し前。
屋上で出会った生徒会長は「新島 真 (ニイジマ マコト)」と名乗った。自分より、一学年上の高校3年生。
真っ直ぐ切り揃えられた茶のセミロングの髪に、怜悧な目。背筋のピンと伸びた姿勢に理知的なロ調。
ただ同時に、どこか近寄りがたい、高圧的な雰囲気も持ち合わせた女子生徒だった。
その時は「次のターゲット」について話すための集まりだったため、怪盗団の他のメンバーもいた。
……転校したてで「傷害の前科持ち」の自分、「キレるとすぐ手が出る」と噂の問題児の男子生徒、「帰国子女でクォータ一、派手な容姿」の女子生徒……と、こっそり隠れていて、唯一、見つからなかったモルガナ。
接点のわからない集まりに、「屋上の立ち入り禁止」を告げに来た新島は、不審な目を向けた。
「けど、怪盗団のボロ出し狙うならさ、リュージ狙いそうだけどな一。あいつは何もしなくてもボロボロだぞ」
リュージ、というのは、この学校に転校してきて、初めて出来た友人だ。
名を「坂本竜司 (サカモト リュウジ)」と云う。
前科持ち、というレッテルから、遠巻きに見られていた中、ためらいも無く、自分に話しかけてきた。
彼自身が問題児として、学校内で阻害されていたせいかもしれない。
見た目は完全に不良。
短髪の金髪に派手な色のシャツを着ていて、言葉使いも乱暴。動作も荒い。
でも、最初から不良だったわけじゃない。確かに気は短いし、多少、乱暴な部分もあるが、噂とは裏腹に、本質は気の良い、他人想いの優しい奴だ。
彼の内情を知るような「最初の事件」の後、こちらの「前科の事情」も話せと催促され、あったことを話すと、疑うことも否定することもせず、「お前は間違ってない」と即座に断言してくれた。
その時の感情が言わせただけの言葉かもしれない。けれど。
……誰もが失望や疑いの目を自分に向ける中、両親にさえ信じて貰えず、どこにも寄るベが無かった中。
何気なく言われたその一言は、今も自分の中で、重い。
「…………」
「あ。そこは否定しないのな。泣くぞ一、リュージ」
「いや、それは………、その。
竜司は嘘がつけないというか、根が正直だから」
「要するに、バカってことだな!」
「そうは言ってない……」
「そうか? ま。いいや。
あのセイトカイチョウ、尾行の手際はあんなでも、察しは良さそうだったからな。
仮説を立てて、リーダーはおまえって推測したのかもな。まあ、それは当たってる。けど、いきなりアタマを狙ってくるとは、大した度胸だよな」
「べつに証拠になるようなものは残して無い」
「まあな。『あの世界』のことは分かりようもないしな。でも、油断は禁物だぞ。何がどこからバレるか、わからないからな。……で、これからどうする、リーダー?」
「うん……」
正直、自分がなぜ、リーダーになったのかもよく分からない。
「最初の事件」の後、仲間の高巻 杏(タカマキ アン)に、「リーダーは君でいいよね?」と言われたせいだ。根拠は不明。
今は、メンバーはもうー人増えたが、当時のメンバーは、竜司と杏、そしてモルガナ、自分の4人だけ。
杏に一目惚れしてるモルガナは、彼女に甘いので、その言葉に否は唱えず、竜司に至っては「責任のある役は苦手」とこちらに放り投げてきた。
投げられただけかもしれない。
「なあ、レン。今日は地下に潜らないし、ほっとくのもアリだと思うぜ?
一回、着いて来させて『何も無い』って認識させるのも悪くない。
この前のひったくり犯みたいに、危害加えられるわけでもねーし。
家までついてこられるのは、気分良いもんじゃねーが、場所は調べたら簡単に分かることだしな」
「………今日は、ミリタリーショップに用がある」
「あ!そか。ユースケの武器。あいつ、仲間に入ったばっかりだしな。明日、『地下』に潜るなら必要か。
とすると、マズイな。
さすがに、オモチャとは云え、モデルガンだの、模造刀だのをアヤシイ店で買ってたら、絶対印象悪いだろ。
大体、あの店主の印象自体がヤベェ」
「え? うん……まあ……」
これから向かう予定のミリタリーショップの店主の顔を思い浮かべる。
若いが結構な強面で、無精ひげを生やしている。いつも帽子を目深に被り、時々、見せる目付きは鋭い。
見かけより、人は悪くないが「いかにも」な顔をしていた。例えば、腕や背中に何か彫ってそうな類いの。
……そういえば、首にヤモリのタトゥ一が彫ってあった。
時々、店主の元にかかってくる電話から漏れ聞こえるやり取りにも、怪しい単語がチラホラ出てくる。
そこの辺りを深く突っ込む度胸は、自分にはまだない。
「仕方ない、撒こう。
レン、ワガハイに考えがある。
大分、『あっちの世界』で身のこなしがサマになってきたとは言え、おまえらはまだまだ駆け出しの怪盗団。ワガハイが人の捌き方ってのを直々に指導してやるよ」
モルガナと呼ばれた声の主は、どこか得意そうに指示してくる。
「わかった」
「まあ、あのセイトカイチョウがどこまで着いてくるかにもよるけどな。そろそろ、通学路も終わり。駅見えてきたし、やっぱり、家まで付いてくる気か?」
「……さあ」
「とりあえず人混みだ。人混みに向かえ。木を隠すなら森、人に隠れるなら人混みだ」
「人混み? 店への行き道にジャンクションがあるけど……、なら、その辺りでいいか?」
「おし、そこにしよう。
まっ、怪盗たるもの、いついかなる時も動揺せず、迅速かつスマートに、ピンチに対処して行こうぜ。
………ふっふっふ。
あのセイトカイチョウの誤算は、ブレーンであるワガハイの存在に気づいてないところだな!」
わりと大きめの声で自画自賛するので軽く戒めた。
「モルガナ、声が大きい。駅だ」
駅の改札を通り抜ける途中、周囲にいた女生徒たちがキョロキョロし始めた。
「……ねぇ、何か今、猫の鳴き声しなかった?」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「(うーむ。やっぱ着いてくる。なーなー、セイトカイチョウってのは暇なのか?)」
「さあ……」
混み合うホームの中、周囲の人間の邪魔にならないよう、左肩に掛けていた鞄を胸に抱え直して、電車に乗り込む。
移動する際、ちら、と後ろに視線をやると尾行の下手な追跡者が、さっと雑誌で顔を隠した。
……雑誌が逆さまだ。
この後、どうする気なんだろうな、と思いつつ、すぐ降りられるように、わざとドア付近に立つと、さすがに目の前を通るのはまずいと思ったのか、隣りの車両に移動して行った。
「何でついてくるんですかって、直接、聞いてみたい気もするけど……」
「(おまえ、ホント、直接聞きそうだから怖いんだよ。やめとけよ、レン?
もし口論になったら、たぶん、あの女には勝てないぞ。
大体おまえ、喋るのあんま得意じゃないだろ。
気づかないフリ、見ないフリで撒いちまうのが一番だ)」
「うん……」
ごったがえす電車の中。人の喧騒。
周囲は学生と会社帰りのサラリーマンが多い。友人と喋ったり、スマホを見たり、音楽を聞いたり、皆、各々の世界に入り込んでいる。
隅にいる自分たちの小声の会話が聞こえている節もないが、それでも会話が周囲に聞こえないよう、少し頭を下げ、窓の方に体を向ける。
空は曇天。
流れていく景色に、ここにやってきた時のことをぼんやりと思い出す。
『見ないフリをしろ』
『厄介ごとはやり過ごせ』
『そうすりゃ、おまえは無事、保護観察期間を終えられる』
『前科持ちのおまえを受け入れてくれる学校なんて、そう無い。ここで問題を起こしたら、おまえの居場所はどこにも無くなっちまうぞ』
『もちろん、おまえが変なことをすれば、オレもおまえをこの場所から叩き出す』
……数ヶ月前。今年の4月。
保護司である佐倉惣治郎 (サクラ ソウジロウ) に初めて会った時、言われた言葉だ。黒髪に顎髭の細面。細いフレームの眼鏡をかけた、目付きの鋭い男性で、体も細身。独特のイントネーションの、癖のある喋りをする。
一年間の保護観察期間。
何事もなく過ごせば、観察も解け、実家にも戻れる。元の場所に帰れる。
元の場所に……帰りたいかと言えば、今はもう、よくわからない。
「傷害事件」。
あの一件以来、全てが変わった。
たくさんのものを失したような気がするし、逆にたくさんのものを背負わされた気もする。
いや、「持っている」と思っていたものが「錯覚だった」と気づかされただけなのかもしれない。
どっちにしろ、もう元には戻れない。
そのことを思い返すといつも。
記憶が巻き戻るように。
あの日、あの夜、人気のない夜の道端を思い出す。
あの時。
通りから女性の叫ぶ声が聞こえた。
周囲に向かって、助けを求めるような。けれど、誰も来ない。
気付かないふりをして通り過ぎる選択もあった。
でも、どうしても、その声を振り切ることができなかった。
見れば、通りで一人の女性が酔っぱらったガラの悪そうな男に、車に連れ込まれようとしているところだった。
男はひどく酔っているのか、警察を呼べるものなら呼んでみろ、呼んでもオレを捕まえることはできない、と息巻いていた。
抵抗する女性との押し問答が続くけれど、カの差は歴然で、連れて行かれるのも時間の問題だ。
そこは住宅街で、道に人はいないが周囲にもその声が聞こえているはず。
にも関わらず、………誰も助けに来ない。
怖いか、怖くないかと問われれば、怖かった。
相手の男は自分よりも体格の良い大人で、自分に何ができるかもわからない。
ただ、ここで何もしなければ絶対に後悔する。叫び声が耳に張り付いて、眠れなくなる。それだけは確かだった。
だから自分は、押し問答している男の肩に、後ろから手を掛けた。
──裁判官の声が響く。
有罪、と。
その日から全てが一変した。
前居た高校は退学。周囲の目。家族の反応。
ひそひそとつきまとう声。
前髪を伸ばし、眼鏡を掛けた。
顔を隠すように。何も見ないように。何も聞かないように。世界と自分とを隔てるように。
薄い小さなガラスのバリケードを作った。
けれど、最後の方は、自分が人にどう見られてるかなんて、どうでも良くなっていた。
嘘が事実のように蔓延していて、そこに真実はない。
「これが真実だ」と誰かが先陣を切って喧伝すれば、当たり前のように世間は鵜呑みにする。
遊興のように、消費されていく衝撃的な「話題」。
………家族でさえも。
自分が「絆」と呼ばれるものを、何も、持っていなかったことに気がついた。
あとから聞かされた話では、相手の男は相当な権力者だったらしい。
他人に干渉し、組織に干渉し、事実をねじ曲げてしまえるくらいには。
確かにあの時、男は怪我をした。
でも、怪我をしたのは、こちらの手を振り払おうと振り返った時、自分で足をもつれさせ、勝手に転んだせいだ。
倒れ方も悪かった。
暗い中、人相はよく覚えてないが、男のしていたサングラスが割れ、顔から血を流していたのは覚えている。
呪うように、激しく睨み付けられ、訴えてやる、と言葉を吐き捨てられた。
────。
引き取り手のなかった自分を、保護司として引き取ったのは、両親の知人が行きつけにしていた喫茶店「ルブラン」の経営者の惣治郎だ。
面識どころか、何も関係のない、全く見ず知らずの相手。
にも関わらず、「厄介ごと」である自分を引き取ってくれたことには、感謝している。
彼からすれば、自分は得体の知れない子供だ。それでも寝床と、仮初めにしろ、居場所を与えてくれた。
言葉に警戒心が出るぐらい、仕方ない。他人なのだから。家族にすら信用されてないのだから。見ず知らずの人間なら尚更だ。
でも。
───あれは間違っていたのか?
───。
重ねて思い出す。
こちらに来て遭遇した「最初の事件」。
転校初日のことだ。本当に「死にかけた」。
光る、青い蝶のゆらめき。
追い詰められ、歪みきった「あの世界」で見た幻。恐怖と不安と理不尽。
そして、無カ。
あの時、自分の内側から、「何者」かが問いかけてきたのだ。
───あれは間違っていたのか?
間違っている?
何が?
人を助けようとしたこと。
見ぬ振りができなかったこと。
何より、自分の意志を曲げられなかったこと。
『間違ってない……!!』
吐き出すように答えた。
おかしいと思いながらも、周囲の流れを変えられない。
ループするように、何度も繰り返し繰り返し、過去の光景を思い出すのは、自分が「あの時、関わらなければ良かった」と後悔してるせいなのか、と何度も悩んだ。
でも、違う。
これは悔しさだ。
曲がったことが堂々とまかり通り、それが真実のような顔をしてることへの、怒りと悔しさだ。
世間が間違ってると言おうと、俺は間違ったことをしたと思ってない。
正しさを訴えることすら不正解。
大人しくしろ、見ぬ振りをしろ、流れに逆らわず、唯々諾々としろ?
怪我をせず、やり過ごし、ただ無難に生きることが世の中の正解なら、俺はそんな「正解」いらない。
そんな利ロさもいらない。
あれは間違いなんかじゃない。
わけもわからず、「不可解な異世界」に迷い込み、「化物」に拘束された薄闇の中。
ぱたぱたっと目から生温いものが流れ落ちた。
でも。
無カだ。
無カじゃ、人は救えない。
今、目の前で起きようとしてる「凶行」も。
誰も何も助けられない。
何者かは、自分の返答に満足そうに言葉を返した。お前の覚悟を聞き届けた、と。
何者か───。
たぶんそれは「悪魔」と呼ばれる類いの「異形」。
「それ」はその時、「契約」という言葉を持ち出してきた。
ならば、契約だ。
我は汝。汝は我。
その言葉を聞いた途端、脳をキリで突き刺されたような鋭い痛みが走った。
さらに、頭全体に激痛が広がり、堪えきれずに、のたうち回る。
───己が信じた正義の為に、あまねく冒涜を省みぬ者よ。
痛みの波が収まると、いつの間にか、自分の顔半分に被せられていた「白い仮面」。
こんなものしていた覚えはない。
気持ち悪くて、思いきり引き剥がした。
するとそれは肉と一体化していたのか、大量の鮮血が吹き出した。
目の前が赤い。
世界が赤い。
赤い赤い赤い。
足元にボタボタと血が落ちていく。
激しい痛み。裂傷と熱と───何かから解放されたような、快感。
───お前が望むなら、難局を打ち破る力を与えてやってもいい。
何かが囁きかけてくる。
カ?
何でもいい。悪魔でも神でも何でも。
目の前で起きている凶行を止められるのなら。
「よこせ……」
代わりに命を取っていくというなら、好きにすればいい。黙って屈して流されて。自分の心を殺すのはもう嫌だ。
どうせ死ぬなら、戦って死ぬ。
「カを、よこせ!!」
───何者にも縛られぬ、勁き意志のカを!
血の落ちた足元から、青白い光の円陣が広がり、風が巻き起こる。
まるで、魂の一部が外に抜け出すように。自分の内側から現れ出た異形。
自分を拘束していた「化物」を吹き飛ばした。
黒い仮面の下に業火を隠し、大きな黒翼の羽を広げた、赤いヒトガタ。
心の奥底に閉じ込めていた「何か」を。
外に解放してしまった感覚。
──己の心を隠す仮面を、自ら引きちぎったか。よかろう。お前にカをくれてやる。
異形は愉快そうに大声で笑い、体に繋がれた鎖の音を響かせながら、自分はお前で、お前は自分だと高らかに宣言した。
そして、光の帯が体にまとわりつくようにして、通り過ぎると奇妙な衣装が体を包んだ。
……そうして、「仮面のカ」と呼ばれるものを手に入れた。
自ら、「厄介事」に関わるかのように。
暗闇の世界に飛び込んで行く。
そして、そのカは、自分だけでなく、他の仲間にも波及していった。
『ねえ、蓮?
あたしたちみたいな人間を、他に作っちゃいけない気がするの。
もし、このカで困ってる人を助けられるなら、あたしはこのカを人のために使いたい。そう考えるのって、変かな?』
変じゃないよ。
どこまでできるか、わからないけれど、俺たちにできることがあれば、やれるだけやってみよう。
………そして、出来たのが「人間の歪んだ心を盗む怪盗団」だ。
「(どうした、レン?ぼうっとして)」
小声の問いかけにハッとする。電車に乗っている自分に意識が戻る。
「……何でもない」
「(そろそろ着くだろ、降りる準備をしろ)」
「ああ」
到着のアナウンスが響き、電車のドアが開く。
どっと流れ出る人の波。
駅ビルのショーウィンドウ越しに、新島 真の姿が映るのを確認してから、改札を出た。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「(よし、この辺でいいだろう)」
大量の人が歩く交差点。
それはどこか、一つの生き物のように、形を変えながら蠢いているようにも見えた。
とりあえず、交差点につく。横断歩道の前で足を止めた。信号は赤。
「(レン、なるべく遠くを見ろ。そうだな……、あの奥の、一番大きなビルの根元辺りだ)」
「うん」
「(じゃあ、そこを目指して人波をすり抜けていけ。根元までの、人と人との隙間、そのルートを見極めて『立ち止まらず』、『誰にも当たらずに』な!)」
立ち止まず、
誰にも当たらずに?
「…………。………モルガナ、それって……作戦か?」
「(作戦というか、特訓だな!)」
「特訓?」
「(怪盗は戦闘するのが目的じゃない。
敵をかわし、いかに素早くターゲットの心臓部からオタカラを盗み出すかだ)」
「そうだけど………」
歪んだ相手から歪んだ心を盗み出す。
それが、主目的としてやってることだ。
争うことが目的じゃない。
「……数が多い……」
生徒会長を撒くだけでなく、もう一つ難題が乗ってきた。
この人・人・人だらけの交差点を誰にも触らず、立ち止まらずに、すり抜けて行くなんて。
「(へこたれるなよ。
『あっちの世界』だと問答無用でおまえらを殺しにかかる敵……シャドウがいるがここには全くいない。
当たっても、ごめんなさいで済むんだから、楽なもんだろ)」
「まあ、それはそうだけど」
「(おまえはリーダーだからな。特にびしばし鍛えるぞ。
今までは運が良かっただけで、これからどんな敵と遭遇するかも分からない。
おまえらは『あっちの世界』へ生身で行ってんだ。おまえらの場合、『あっちの世界』での死は、心の廃人化じゃない。即、死だ)」
「………………」
「(でも、かと言って、カ任せに何かを叩き壊していくのは、おまえの性分には合わないだろ。それはリュージに任せとけ)」
「………うん」
「(おまえが鍛えるのは、速さと技術と正確性。あと耐久カだ。
まず、速さを鍛えろ。誰もおまえの体に触れさせるな。
どんな大きなカを持つ敵も、おまえに触れることができなければ、そのカは無意味だ)」
「速さ……」
「そうだ。
でも、勿論、単純な速度だけに頼ってたら、すぐバテちまうからな、速さだけじゃなく、相手を惑わすため、トップスピードとノーマルスピードを織り混ぜ、身のこなしに緩急つけて、ゆさぶるテクニックも必要だ。
そして、相手の弱点を見極め、必要最小限のカで、確実にそこを突く正確性。
あ。
ちなみに、無動作から、急激にトップスピードのギア入れるのは、莫大なエネルギーがいるぞ。スピードを維持し続けるのもな。
そこで耐久カもつけないとだな!
ということで、とりあえず、今回はかわす訓練からだ)」
「………………、…………これから、色々必要になるのは、わかったよ」
信号が青になる。
人の波の流れに乗るように、歩いていく。
確かにこの大量の人の中で、誰にも何にも接触しないで、歩くのは難しいかもしれない。
でも、かと言って、いつも誰かにぶつかりながら、歩いているわけでもない。
そう考えると少し気が楽になった。
立ち止まらない、というのが、少し難しいが。
「(まあ、今回は初級編だ。そう難しく考えるな。
とりあえず、あの奥にあるビル横の路地裏に隠れるのが、目的として。
ここから、ビルまでの間の人の流れをよく見ろ。人間が動いてるんだから、隙間はあるだろ。点で見るなよ? 線で見ろ。
その隙間に体を滑り込ませて、見えたルートをただ抜けてくだけだ。
『あっちの世界』と違って、相手はおまえに向かってくるわけじゃないから、まだよけやすいはずだ)」
「ん……」
信号を渡り切ってしまうと、方々に人が散る。たくさんの店が立ち並ぶ繁華街。
さらに狭くなる人と人との隙間。
「(じゃあ、もうちょっと先の、あの、人が少ない辺りの通りから行動開始な)」
「……いや、ここからでいい」
一瞬だけ目を閉じて、集中する。
あのカは「あちらの世界」で目覚めたもので、「こちらの世界」では全く使えない。
それでも、多少の名残りがあるのか、意識を集中させると、視界が少し暗くなり、周囲のものの動きが、少しゆっくり動いて見えるようになる。研ぎ澄まされた感覚の中、必要なものが光って見える。
いや、見える、というより、感じる、と言ったほうが正確かもしれない。
後ろから見ている生徒会長からすれば、不審な光景だろう。何するでもなく、急に立ち止まったのだから。
でも、自分に合わせて、彼女も「立ち止まった」おかげで、何となく彼女との距離が掴めた。
「………モルガナ、ちょっと揺れるよ」
「(大丈夫。おまえの走りには慣れてる)」
ここはあちらの世界──「異世界」で。
ここにいる人々は全てシャドウ。
当たれば、すぐ戦闘だ。
………そう思い込む。
横を通り過ぎた男が、一瞬、不審な顔をしたのが見えた。表情まで微細に。
たん。と革靴が地面を蹴る。
走るつもりは無い。
全てかわして行くだけだ。
……………
……………
「2回、エンカウントしたな」
「違う。3。3回だ」
暗い路地裏にしゃがみ込んで、息をつく。正確には3回だ。肩が軽く当たった人がいた。3連続エンカウント。これがあちらの世界であれば、きっと死んでる。
「そう落ち込むな、レン。おまえ、妙なところで完璧主義者だからな。
あれだけの人混み、初めてにしちゃ上出来だぞ!さすが、ワガハイの見込んだ男だ!」
左肩に掛けた鞄がもぞもぞと動き、急にジッパーがバッと開くと、その中から、びょんっと黒猫が現れる。
「あーっ、ようやく顔出せた一!!長かった一!!隠れてんのも楽じゃないぜー!!」
両目は青色。耳の内側とロ周り、両手足と尻尾の先だけが白く、あとは真っ黒な毛並みの成猫。
「ワガハイは猫じゃない!!」というのが彼のロ癖だが、見た目はどこからどう見ても猫だ。
体半分は未だ鞄の中に入ったまま、馴れた仕草で両前足だけ、たしっとこちらの肩に乗せてくる。
「あのな、レン! あの女もちゃんと撒けたんだから、上出来だぞ!」
「本当に?」
「ああ、ホントだ。ホント」
てしてし、と小さな前足でモルガナが自分の後頭部を叩いてくる。
まぁ、及第点なら、よしとしよう。
「……ただな、おまえはもっと別のところ、落ち込んだ方がいいな」
「?」
「相手、シャドウじゃなくて、普通の人間なのに、一瞬、仮面剥がすモーションしかけただろ。最初に当たった人間。そこだけ、めっちゃ鞄が横揺れしたぞ」
「いや、つい。その。癖で」
「ま。いいけどな!
せっかく撒いたんだ。あの女に見つからない内にズラかろうぜ。しらみ潰しに、細い道探されても困る」
「そうだな……。じゃあ、そろそろ、岩井さんのところに行こうか」
立ち上がると、モルガナはまた、ひょっと鞄の中に潜り込んだ。
岩井、とはミリタリーショップの店主の名前だ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「だいぶ慣れたけどさー、相っ変わらず、ものものしい店だよなぁ」
奥まった裏路地にある店。
「Untouchable (アンタッチャブル)」と看板が掲げられているミリタリーショップ。サバイバルゲームをする人間の聖地だ。
鞄から出てきたモルガナは、自分の左肩に上半身を乗せて、ひよひよと左右に尻尾を振っていた。
「あの店主、ワガハイのこと妙に気にしてる気がするんだよな。いくらワガハイの毛なみが美しいとは云え…、あんまり目立つのは良くないな。ワガハイは一旦、鞄に隠れてやり過ごす」
「わかった」
「あと、レン、絶対気負されんなよ?
とにかく、強気で行け。虚勢でもいいから、強気で話せ。ああいう手合いは、ビビる相手を格下に見がちだからな。
あっという間に、ふっかけられちまうぞ。あと値切れたら値切れな!」
「……難しい気もするけど……努力する」
→NEXT ②へ (続きます)
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