〆【P5】STORY LOG 3:A story of a summer day.③(6月)
※②からの続きです。
ゲームの二次小説です。ノーマルですが、二次に抵抗の無い方のみお読み下さい。
ゲームをやってなくても、たぶん読めますが、前の①②の話を読んでいないと、わけがわからないこと受け合いです。お暇潰しに①と②もどうぞ。
ゲーム本編のネタバレなし。
設定はアニメ寄りです。
◆買い物して、地下潜って、バトルする話です◆
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「おはよ一!蓮!モルガナ!」
明るい声が聞こえてきた。
朝の通学途中の道路。
肩をポンと叩かれる。
まるで太陽を背負っているかのような、晴れやかな笑顔。
「(アン殿一!)」
語尾にハートマークがたくさん付きそうな声で、モルガナが顔だけ、ちらりと鞄から出す。
「おはよう、杏」
「あれ? 蓮、何かちょっとだるそうだけど、大丈夫?」
声をかけてきたのは仲間の一人、高巻 杏 (タカマキ アン)だ。
クォーターの帰国子女で、スラリとした長い手足に青い瞳、透き通るような白い肌。金髪のふわふわとしたツインテールが印象的な少女だ。
竜司曰く「あいつの見た目で、派手な奴は勝手に嫌うし、地味な奴は近づかね一」。
確かに、人目につく華やかな容姿をしている。また、ファッション誌の読者モデルの仕事もしているらしく、人から妬まれることが少なくないのかもしれない。
「いや、ちょっと朝、銭湯に……」
「銭湯?」
「何でもない」
朝一で銭湯に行ったら、熱湯風呂好きのおじいさんがいて、熱湯をガンガン出しながら、話に延々付き合わされ、のぼせそうになったとは、さすがに言えない。
ヒソヒソと周囲から話し声が聞こえる。
「あれ、高巻じゃん。なに? 先生の次は前科持ちに手出してんの」
「聞こえるって。キレたら怖そうだよ、あの転校生」
「えぇ? あんなの、眼鏡のボーッとした男じゃん。大丈夫だって」
「大人しい奴ほどキレると怖いんだって。だから、傷害事件起こしたんでしょ?」
「てかアタシ、高巻って坂本と付き合ってんのかと思ってた一」
「うっそ。先生の次は、男二人をフタマタ?やだ一」
自分は何を言われても仕方ない。
納得してるわけではないが、現実にそういう「判定」が下されてしまっているから、何も知らない他人がそう思うのは仕方ない。
でも、杏に対する批判は何の根拠もない、ただのヤッカミだ。杏には、何の非もない。
「杏」
「蓮、大丈夫。あんなの相手にしないで。あたし、気にしてないから。それより、早く教室行こ?」
真っ直ぐ前を見て、落ち着いた口調で、さらりと言う。それが余計に申し訳なく思えた。
たぶん、自分がいることで状況が悪化してる。
「………俺、離れて歩こうか?」
「やだ。何、蓮が気にしてんの? 関係ないでしょ。それとも……蓮が嫌? あっ、でもそっか。嫌だよね。ごめんね。巻き込んで」
「俺は別に。杏が平気なら」
「そう?だったらいいけど。……っと、でもごめん。今日、当番だった。先行くね。あとで教室でね!」
「(アン殿は強くて美しいなぁ)」
モルガナがしみじみと呟く。
「……そうだな」
自分のように顔を隠すこともなく、堂々と胸を張り、真っ直ぐ前を歩いていく。
そういう意味では杏は強い。
でも。
そういう風に見えるからと云って、「何もかも強い」と思い込んではいけない気がした。
そこは気をつけないと。
………何より、あの時、「最初の事件」の時の、泣いていたイメージが強く自分の中に刻まれている。
杏が行ってしまうと、話題は自分に向かうのか、ヒソヒソが今度は自分に向けられた。
まあ、何度も繰り返されている陰口だ。
もう慣れきって、自分の中では飽和状態でもある。
彼らは別に相手が杏でも、自分でも、本当はどうでもいいのだ。
ただ、日常の不満やうさを晴らす標的がいればいいだけ。
「何だぁ、おまえら。固まってキャンキャンキャンキャン、うっせ一なァ!
大体、4人も5人も横並びでだらだら歩きやがって、ツーコーの邪魔なんだよ!ツーコーの!!邪魔っ、おまえらっ。固まんなっ。こっちが遅刻すんだろ!!」
後ろから、何もかも蹴散らすような威勢のいい声が聞こえた。
周囲が急に騒がしくなり、生徒たちが駆け足で通り過ぎていく。
まるで蜘蛛の子を散らすように、周囲に人がいなくなった。
「この声……」
「(だな)」
にょっと鞄から顔を出したモルガナと顔を見合せる。
「よお! レーンレン♪」
ばしぃっと背中を思い切り叩かれる。
そのまま、がっと肩を組まれた。
「竜司イタイ。そして、暑い」
「悪い悪い。まー、細かいこと気にすんなって!」
どこか楽しそうに、竜司──坂本 竜司(サカモト リュウジ)が笑う。
短髪の金髪。いたずらっぽく吊り上がったロ元はどこか楽しそうだ。
行動は落ち着きがなく、常に面白いことを探している。けれど、根は意外と真面目で義理堅い。
「いーんだよ。おまえは何もやってねんだから。ああもう。ホント、胸クソ悪ィな。例の事件解決したから、ちっとは雰囲気変わるかと思ったけど、やっぱ変わんねーもんは変わんねーな!」
「……まあね。でも、あのやり方だと竜司の評判が悪くなる」
「いいんだよ、オレは。ボーリョクザタ起こしたってのは、まぁ、事実だしな。
大体、あんな奴ら、怖がってどっか行ってくれんなら、それはそれで好都合だろ」
「そうだけど……。俺は慣れてるし。竜司がそこまでしなくてもいい」
そう言うと、竜司は急に真面目な顔になった。
「何言ってんだ。んなの、慣れるわけねーだろ。痛みは何回だって痛いんだ。殴られたら殴られただけ、痛て一んだよ。
おまえ、そこらへん、自分に頓着しないっつーか、鈍いからなぁ……」
「余計なお世話」
……竜司は自分のためでなく、他人のために怒る男だ。
本人が言っている『暴力沙汰』も、ある人間からの理不尽な暴言や暴力を我慢し続けた上で、彼の逆鱗にあたる部分に、敢えて相手が触れ、我慢の限界が切れてしまった挙げ句でのことだ。
「でも」
「あん?」
「ありがとう」
「お? おうよ。まあ、気にすんな!」
素直に礼を言うと、竜司はまんざらでもなさそうな顔をした。
それから、ふふ、へへ、と互いに笑いが漏れる。何だか、このやり取りが楽しい。
「おまえら……、本っ当、ゆるいなー。
へらへら笑ってる場合じゃねーぞ。
今日は『地下』に行くんだからな。気ィ引き締めてけよ。あとセイトカイチョウに注意な!」
「へいへい。わかってるよ。毎度毎度、うるせ一ネコだよ」
「うるせ一、パツキンモンキー!ワガハイは猫じゃねー!」
「誰がサルだ!おまえはどこからどー見てもネコだろうがよ!!」
「……二人共、そろそろ学校に着く」
モルガナがさっと鞄に入った。
「げ。蓮。見ろよ、校舎の入りロに生徒会長が立ってる」
ふと見ると茶色の髪。肩の上で切り揃えられたショートヘア。
スラリとした立ち姿の生徒会長が立っていた。凛とした表情でこちらを見る。
「おはよう。坂本くんと、………雨宮くん」
「……、ざーす」
「おはようございます」
すれ違い様に、生徒会長がぽつりと呟いた。
「昨日。貴方、気づいてたの?」
「何がですか?」
気づくも何も………、という話だが。
何も感情を込めずに言うと、生徒会長は少し息をついた。
「何でもないわ。早く行きなさい」
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「雨宮一、社会科見学どこ行くか決めた?」
「三島……」
廊下で呼びかけられ、振り向くとクラスメートの三島がいた。
小柄な少年で、短めの黒髪。
本人がインドア派と宣言するように、痩せていて色が白い。
「君には、ひどいことしちゃったからね」
そう言って、ある一件以来、なぜか妙になつかれてしまった。
たまに、すごい勢いでこちらに近づいてくるので、どう対処していいのか、わからないことがある。
まるで、ヒーローに憧れる子供のように。
どこかキラキラした表情をする。
根は悪い奴ではないのは知っているので、そこまで無下にもできない。
そして何より。
三島は「怪盗団の正体」に気づいている、ただ一人の人間だ。
「『怪盗団・ザ・ファントム』は、みんなのヒーローだからね♪ オレはそれをサポートする役。応援サイト作ってるんだからちゃんと見てくれるよう、『彼』にも言っといてよね」
「………うん」
知っているけれど、知らない体で、いつも遠回しに言ってくる。
そこに何か、多大な妄想と誤解があるような気もするが、自分が訂正するのもおかしいので、こちらも何も知らないふりをする。
そして、三島の作ったサイトは確かに役に立っている。
………次のターゲットを決めるのに。
「社会科見学は……、どこに行くかはまだ決めてないけど、たぶん、TV局かな」
これと言って、興味あるものがない。
杏が「みんなでTV局に行こう!」と言ってきたので、それでもいいかと思ってる程度だ。
たくさん人間の集まる場所なら、何か有益な情報が手に入るかもしれない。
「へえ!雨宮がTV局選ぶとか、意外!
でも、いいよね、TV局。ちょうど、オレも行こうと思ってたんだ。もしかしたら、芸能人に会えるかもしれないし♪」
どこか浮かれたように話すと、サイトを見るよう念押しして、三島は去っていった。
「………本当、にぎやかな奴だな」
鞄の中で、モルガナがボソリと呟いた。
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尾行を警戒して、「メメントス」が「現れる」駅には、二手に別れて行くことになった。
竜司と杏、モルガナと自分と祐介──喜多川 祐介(キタガワ ユウスケ)の組み合わせだ。
祐介と待ち合わせしている場所に向かう。
駅の裏手にあたる場所。高架線下で、人からは死角となりやすい柱が立ち並んでいる場所だ。
壁にたくさんの落書きがあり、それを眺めるようにして、長身の青年が立っていた。その背中に声をかける。
「ごめん、祐介。少し遅れた」
「いや、構わない。昨日はすまなかったな、蓮。全ておまえに任せてしまって」
同じ高校二年生なのに、妙に時代がかった喋り方をするのは祐介の癖だ。
年配の日本画家に育てられた影響なのか、単に本人が変わっているせいなのか。
見た目は、切れ長の目と片側だけ長い黒髪。日に当たることを嫌うため、肌は青白い。スラリとした長身だが、独特の立ち姿は本人の美意識によるものなのか。
「それはいいけど、祐介が気に入るかどうかは、わからない。一応、要望に近いものを選んできたつもりだけど」
「ユースケ一、おまえ一、昨日自分で来なかったんだからな一、気に入らなくても一、我慢して使えよ一?」
モルガナが鞄から出てくると、自分の左肩に乗り、尻尾を左右に揺らしながら、ロを挟む。
差し出した物を見ると祐介は首を傾げた。
「ん? これはギターケースか?」
「中身は違う。開けるのは『あちら』に行ってからにしよう。誰かがつけてくる気配は無かったけど、昨日の今日だ。竜司たちとは別々の場所から入ることになった」
「了解した」
ギターケースを受け取ると、壁面の落書きと落書きを消されたペンキ跡をふと見て、祐介が呟く。
「蓮、ここは面白い場所だな。壁に絵を描くとは、西洋絵画のようだ。興味深い」
「祐介?」
「ふむ。絵に使用しているのはスプレーか。オレは使ったことのない画材だな。まぁ、壁面に描く発想も無かったが……。
しかし、一つ気になる点がある。
ここにあるものはフレームの外、絵の外に続く世界を意識してない絵ばかりだ。
全てがフレームの中だけで完結しているように見える。
奇抜で快活、ユーモラスなキャラクター。一見、全て自由なように見えて、フレーム内に収まらざるを得ないのは、とても窮屈だ。
そう……、まるで狭い牢獄の中にいるような。
この絵には、作者の自由への強い憧れと鬱屈した現実への閉塞感を感じるな」
「………レン。ユースケが壁の落書き相手に、何かよくわからんこと言い出したぞ?」
モルガナがヒソヒソと話しかけてくる。
祐介は何でも、店で売っている海老にさえ、絵画と結びつけて考える癖があるため、これが始まると長い。
「それはいいから、祐介。もう行くよ」
声をかけても応答がない。壁に描かれた絵を一つ一つ眺めている。ものすごい集中力だ。
「祐介」
「なあ。一発殴っても気づかないんじゃないか?」
「いや、さすがにそれは」
狭い道路を、車が何台か通り過ぎていく。あまりここに長居してもマズイ。スマートフォンを取り出し、例のアプリを起動した。
仕方なく、ブツブツと何かを言っている祐介の腕を引き、立ち並ぶ柱の横を通り過ぎていく。あの柱の陰あたりがちょうど良い。
「『メメントス』」
『HITしました。ナビゲーションを開始します』
後ろからもう一台、車が来る。
ヘッドライトが一瞬、壁や柱を照らし、通り過ぎて行くが、そこに人気はない。
三本めの柱から、彼らが出てくることはなかった。
しんとした暗い通路が広がるだけで、そこには何の跡形もなく、彼らの姿は消えていた。
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