〆【P5】STORY LOG 5:A story of a summer day.⑤(6月)
※④からの続きです。
ゲームの二次小説です。ノーマルですが、二次に抵抗の無い方のみお読み下さい。
ゲームをやってなくても、たぶん読めますが、ここから読むのは、ちょっとしんどいかもしれない。
それでも、読もうとしてる貴方はチャレンジャー。
お暇ありましたら、前の①~④に目を通してみて下さい。得るものは特にないですが、暇は潰せます。
いやいや、文字羅列の魔法で安眠を得られるかもしれません。
何なら、一人の人間をこんな文字漬けにした原因のゲームは一体どんなものぞや?と、ゲームをやってみたくなるかもしれません。
(ゲームは面白いので大丈夫です!)
何も無いけど、愛は籠めたつもりです。
◆買い物して、地下潜って、バトルする話です◆
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
赤い闇に覆われた地下鉄の中。
フラフラと黒いボックスカーが駅の線路を走り、待合室付近で停止する。
「うぇ……、やっと、敵のいないとこに着いた……、酔った一……、少し休んでこうよ……」
杏がぐったりとして、主張する。
モルガナがぎゃんぎゃんと怒り出した。
「スカル!つか、リュージ!!何で!おまえは!
アクセルとブレーキを踏み間違える、お約束なミスをするんだよ!!それから、蛇行しすぎ!!慌てすぎ!!」
「うっせー!!シャドウ避けるためだ!初心者なんだから仕方ねーだろ!!大体、車に化けんのに『誰かが運転しないとダメ』ってとこまで、正確にサイゲンしなくていんだよ!」
「それはワガハイの変身技術が超一流だからだ!!」
「無駄に超一流にならなくていんだよ!!」
言い合う二人を置いて、祐介が涼しい顔で呟いた。
「しかし、蓮は未だに目を覚まさないな。あの運転で目を覚まさないとは、なかなかの強者だ」
運転席に座っていた竜司が、後ろを振り向いて、蓮の様子を見る。
「感心するとこ、そこかよ。……てか、役得だな、こいつ」
「ん? 何だ、リュージ。何が役得なんだ?」
不思議そうにモルガナが尋ねるが、竜司は素っ気なく返答する。
「いや、何でもねえよ」
「仕方ないでしょ!あんたの運転ガッタガタだったんだから。支えきれなくて、頭守るにはこうするしかなかったし。
でもたぶん、蓮……、3回くらい頭打ってるかも……」
杏が少し心配そうに呟く。
「うわ、マジか。やっべ」
「まあ、このモルガナの車?の中って、クッションが多いから、大丈夫と思うけど……」
「ふっふーん♪ ワガハイの変身はゴージャスかつ、ラグジュアリーだからな。安全性もバッチリだ!
まあ、不可抗力で頭打ったくらいで、レンは怒らねーだろ。意外と石頭だし、そいつ」
なぜか得意そうにモルガナが言う。
「なんでおまえが、OK出すんだよ……」
杏の膝の上で、起きる気配もなく蓮は眠っていた。彼女の膝枕で介抱など、モルガナからすれば羨ましい限りの極致だろう。
そうでなくても、杏は元々、ナイスバディだ。しかも、今はそれを強調するようなセクシーなボディスーツを着ている。大概の男なら泣いて喜ぶ状況だ。
杏の性格はセクシーからはほど遠いが。
そんなこととは露知らず、モルガナは独り言のように続ける。
「ワガハイさー、そいつ、菩薩か何かの生まれ変わりなんじゃねーか、とか時々思うことがある。人が善すぎるというか、面倒見良すぎるというか……」
引っ越してきて、さして日数も経っていないのに、蓮はわりと色んな人間の悩み相談に乗っている。
共に行動することが多いせいか、よくそんな瞬間を見かける。
本人はとくに社交的というわけではない。むしろ、無口に近い。
けれど、どこか胸の内で思っていることを話してしまいたくなるような、不思議な雰囲気がある。
急かさないし、安易に否定しない。天性の聞き上手かもしれない。
何より、返す声音が柔らかいのが、続きを話したくなる要因かもしれない。
言葉数は少ないが、核心をつく発言をすることもある。
まあ、そもそも、人が善くなければ、あんな冤罪になど巻き込まれなかっただろうし。
「ま。体張って人助けしてるおまえらも、大概だけどな」
「菩薩……、なるほど、菩薩は蓮の花に乗っている。つまり、『蓮』という名の体に入っているというわけか」
「いや、名前はただの偶然だろ」
祐介がふっと会話に割って入るが、モルガナはにべも無い。
「ねえ、竜司、どうしたの? さっきから、妙に真面目な顔しちゃって」
杏が竜司の方を見る。
「ん一……、いや、あのさ。
蓮、本人はあんま気づいてないだろうけど、敵と戦ってて、ピンチになった時、いつもうっすら笑うんだよ。こいつ。その状況が楽しくて仕方ないみたいに。ちょっと普通じゃない感じっていうか。
普段のこいつの、ぼーっとした感じからは考えられないって一か」
「それまあ……、ワガハイも気づいてた。
でも、ここは精神世界。ペルソナの影響が強く出る世界だからな。
多少、雰囲気が変わるのは仕方ない。
日常生活では、隠して覆ってる内側の精神性が、ここでは前面に出てくるってことだからな」
「普段から好き勝手してる竜司は、全然雰囲気、変わんないけどねー」
「うるせ一なぁ、おまえだって大して変わんね一だろ、杏」
「うむ。アン殿の美しさはどこに行っても変わらない。
前も言ったけど、要するに、ペルソナってのは、おまえらのシャドウのことだ。
シャドウ……普段、抑え込んでる欲望や自我。
それと向き合ってコントロールし、自分の『仮面』としていつでも着脱し、扱えるようになったのが、ペルソナ使い。
つまり、『ペルソナ』とは『暴走状態にないシャドウ』のことだ。
だから、ペルソナ使いには『パレス』は発生しない。シャドウを自分でちゃんとコントロールできてるからな。
そのペルソナを制限なしにガンガン使うんだから、影響が出ちまうのは仕方ない。
ピンチになった時ほど笑うってのは、レンのペルソナは勝負師的な素養が強くあるんだろうな」
「普段からは想像もつかね一けどな。……あのさ」
「ん? 何だ? リュージ」
竜司は自分の手を見ながら呟く。
「オレらは、自然系の能力を身につけたけど、こいつが最初に目覚めた能力って『呪殺』だろ。
こいつが何かを呪ってんのか、
こいつ自身が、何かに呪われてんのか、
それはわかんね一けど……。
こいつだけ、『悪魔』を吸収して、それを使えるようになるっつーのも、よくわかんね一し」
「まあ、それは、本人もよくわかってないからな。ワガハイも長いことメメントスにいたが、悪魔を自らに取り込み、それを使役できるって奴ってのは、初めて見た。
だからこそ、名前を『切り札』って意味で、『ジョーカー』にしたんだよ」
「ペルソナって、要するに自分の心の分身ってやつなんだろ?
そいつの持ってるカが『呪殺』とかさ。『悪魔を取り込む能力』とかさ。
聞いてるとなんか、闇が深いっつ一か……。オレに、こいつを何とかできんのかなぁって……」
「何だ。そんなこと考えてたのか?リュージ」
「だってさ!こいつ、自分とは何も関係ねー、見ず知らずの人間を助けようとしただけだろ?
なのに、クソな犯人にハメられて、ヘンなレッテル貼られて。家も学校も失ってさ。
オレも、そりゃ……さ、色々あったけど、キレて、あのクソ野郎に手出しちまったのは事実だし。
その分、自業自得のとこもあるっつーか。
でも、こいつはそんなん全く無くて、善意で他人を守ろうとしたのに、逆に冤罪被されて犯人扱いされて、酷い目に合わされた。
そんなオレが、こいつの闇っつーか、痛みっつーか、そういうの、わかってやれんのかなって……」
「おまえアホだなぁ」
「は?」
「やー、アホだと思ってたけど、やっぱりアホだ。まさにアホの考え、休むに似たりだ」
「なっ!!この、クッソネコ!人がマジに話してるってのに!」
竜司が、ダン!と車内で足を鳴らす。
「痛って!振り落とすぞ!!このパツキンモンキ一!!」
「ンだとコラ!!」
「も一!!うっさい、二人とも!!こんな時に!!大声出すな!!」
一番大きな声で杏が抗議する。
「いやっ、おおっ、すまん!!アン殿。レディの前で醜いいさかいをするとは、失礼した。
でも、レンはたぶん大丈夫だ。ちょっと疲れが溜まってるだけだよ」
「……だといいけど。本当、さっきから全っ然、目が覚めないんだもん」
依然として、眠ってるように見える姿を見る。
これだけ騒がしくて目が覚めないのは、少し異常だ。
「……かと言って、いつまでもここに留まっているわけにもいくまい。
あまり目が覚めないようなら、今日はオレが蓮を送って帰ろう。マスターの家に預けた絵も見たいことだしな」
祐介が背後の様子……メメントス内を見ながら、静かに呟く。今の騒ぎで何かが近づいてくる気配はない。
「ちょっと頼りすぎちゃったのかな。ごめんね、リーダー」
杏がはあ、とため息をついて、つんつん、と蓮の額をつつく。
ふわふわとした黒髪のくせっ毛が揺れる。ちょっとだけ、指に絡ませて遊んだ。
「あ。ホントに猫毛猫毛一。触るとぴょこぴょこ跳ねる一。あはは。面白い。睫毛も長一。
前から思ってたけど、蓮って、ちょっと女の子みたいな顔してるよね。
……んでさ、たまにこうなるよね。
何話しかけても反応しないで、急にボーッとしたりとか。あとで聞いても、本人、全然覚えてなくてさ。ここまで、酷いのは初めてだけど」
杏が話していると、急に唸るようなエンジン音が聞こえた。モルガナの呻き声だ。
「? 何、どうしたの、モルガナ」
「な、なんか、なんかなんか、非常に羨ましいことが、ワガハイの車内で行われているような……。見えない。わからない。どうなってるんだ……」
「ワガハイの車内って意味わかんねーよ。ブラッシングなら、現実に戻ったらいくらでもしてもらえるだろ。ネコなんだから」
「リュージ、おま……っ」
「いーよ、いーよ、モルガナ! 元の世界に戻ったら、いっぱいブラッシングしてあげる!だから、機嫌直して」
「お、……おう……」
むすっとした表情で、窓枠に頬杖をついている竜司を見て、杏はふう、とため息をついた。
「それより、モルガナ。続き。竜司にもうちょっと言いたいことあったんじゃないの?」
竜司がちらっと目を上げる。
モルガナはコホン、と一度、咳払いをした。
「何をこねくり回して考えてるか知らね一が、弱気になんなよ。リュージ。
普通におまえら友達だろ。
信頼してくる相手の気持ちを疑うのは、失礼だぞ」
「信頼? オレ、信頼されてんの?」
「まあ、『頼られてる』かは謎だけど。気を許されてるのは事実だろ。
ワガハイ、レンと会ってから2ヶ月。行動をずっと共にしてるが、こいつ、ほんとにめったに笑わない。人形みたいに。
でも、おまえらといるとちゃんと笑うだろ。元々、愛想笑いができるタイプでもねぇし。
きっとおまえらといると楽しいんだよ。それが心を許してる、何よりの証拠だろ」
「そうか………」
「以前がどうだったか知らないが、たぶん、色んなことがあって、そういう風になっちまったんだ。
……大体な一、大体。
こいつの親、見知らぬ他人に自分の子供を預けといて、一度も会いに来てねーんだぜ? 薄情すぎないか?」
「……………そうなのか」
「ああ。何言ったって、こいつもおまえらも、まだまだガキだ。普通にこいつを見てりゃ、どんな奴かなんてわかるはずなのに、一番近くにいた親がそれに気づかず、疎むって酷くないか?」
「……………」
「メメントスをさ、見てて思うんだけどさ……」
「うん」
「『誰かに大切にされた記憶』とか、『実感』とかが無い奴ってさ、『自分が大切な人間』かどうか、自分でわからなくなるんだよ。
この世に『大切でない人間』なんか、いないのにな。
だからすぐ無茶をするし、人の気持ちを理解できない。いや、しようとしない。
そして、自分で自分を傷つけて、ダメにしちまうんだ。
でも、自分すら大切にできない奴は、他人を大切になんてできない。
どういう立場であれ、生い立ちであれ、『誰かが誰かを想う』って、基本的で、一番大事なことなんだよ。
それに結局、どういう闇があろうと、自分の心は自分にしかどうにかできない。最終的に『自分の心をどうするか』は、こいつ自身の問題だ。
でも、『絆』ってのはさ、そこで戦うための強いカ──強い自信になるんだよ。
だから、リュージ。
おまえは胸張って、友達やってりゃ、それでいいんだ」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
────、
青い靄に覆われた監獄の中。
いつもの声に顔を上げると、声の主が少しイライラしたように言葉を続けた。
「おい、いつまで寝てる気だ、さっさと起きろ!主の御前だぞ!!」
カァン、と銀の警棒で金柵を叩く、金属音。
それはいつも右側から。
「……よく来ましたね、囚人。
主が貴方をお呼びです。いつまでも寝台の上で寝呆けてないで、起きなさい」
冷静で感情のない静かな声は、いつも左側から。
そして、それはどちらも幼い少女の声だ。
「…………もう少し、マシな呼び方は無いのか……」
ぼそりと呟くと頭を片手で押さえた。
ふらふらする。
今日は特に、いつもより「引き方」が強かった。
初めてここに来て……いや、「連れて来られて」から、もう2ヶ月経つ。
最初は、「その感覚」が来ると、昏倒することもあったが、最近では倒れずに何とか踏ん張れるようになっていた。
でもまだ、時々失敗する。今日の「引き方」は特に酷かった。
ここの時間と現実の時間は流れが違うのか、元の世界に戻された時は、一瞬の時間しか経っていないことが多い。
だから、元の世界に帰った時は、「どうしたの? 急にボーッとして?」とよく聞かれる。
ベルベットルーム、と説明されたこの世界のことは、仲間の誰にも言ってない。モルガナにさえ。
自分でも、ここをどう説明していいか、分からないせいもある。
メメントスやパレス──人の心の歪みで出来た精神世界とは、また別の雰囲気がある。
ここには敵が現れない。
そして、人の姿をした、奇妙な住人がいる。
「囚人のくせに、我らに逆らうな!!」
「ここは精神と物質の狭間。貴方たちの世界の言葉で言うならば、ここは『夢』の世界。
そして、この牢獄の姿は、今の貴方の心の有り様。
この牢獄は貴方自身の心が作り上げたものです。
牢獄にいる以上、貴方は囚人であり、囚人であるのなら、更正が必要です。
我らは貴方の『心の更正』の手助けをしているに過ぎず、ここにどのようにして訪れるかは、貴方自身の精神の問題ではないのですか?
それを、我らに苦言を呈すとは、見当違いも良いところです」
牢獄の前に立つ、向かって右側にいる、感情的で威圧的な物言いをする少女が、カロリーヌ。
左側にいる、冷静で理屈っぽい物言いをする少女が、ジュスティーヌ。
どちらも12、3歳くらいに見える少女で、同じ色の銀髪、同じ色の金の瞳をしていた。
まるで鏡映しのように、どちらも片方に黒い眼帯……カロリーヌは右、ジュスティーヌは左……をしており、カロリーヌは手に銀の警棒、ジュスティーヌは書類を挟んだバインダーをいつも持っていた。
服装はどちらも同じ。青い帽子を被り、青いシャツに黒いネクタイ、紺の短パン、左腕に黒い腕章をしていた。
初めて、この空間にやってきた時、自分たちは看守である、と自分に告げた。
ただ、同じ顔をしているが、髪型が違う。カロリーヌは両サイドにシニョン、ジュスティーヌは後ろに垂らすように、一本の三つ編みにしていた。
立ち上がると足枷を引きずり、柵の前に立つ。
ここまで厳重に拘束されていると、何だか自分が、古い映画の怪物になった気さえする。
牢獄の外、青い空間の中央には、青い絨毯が敷いてあり、そこには木製らしき机と椅子が置いてあった。
そこに、一人の奇怪な容姿の老人が座っている。
「更正は順調かな? 囚人よ」
白髪の老人がロを開くと、カロリーヌとジュスティーヌはその場に片膝をつき、頭を垂れた。
老人の体は針のように細く、体に黒いスーツと黒い靴、手には白い手袋。
顔は異様に横に大きく、今にも飛び出しそうな大きな目と天狗のように長い鼻をしていた。
人間離れしたその容姿は、怖いというよりもどこか滑稽で、まるで外国の人形劇に出てくる繰り人形のような印象がある。まるでコミカルな道化師のような。
けれど、予想に反して声は低く、威圧的だった。
初めて会った時、イゴールと名乗ったこの老人は、自分を、自分たちを「あちらの世界」に行けるようにした張本人でもある。
そして、あの赤い異形──ペルソナと呼ばれる悪魔を呼び出すきっかけを与えたのも、彼だ。
「私が貴様に与えてやった『異世界ナビ』は上手く機能しているようだな」
4月、ルブランに越して来た時、自分のスマートフォンに消しても消しても消えない、アプリが入れられていた。
それから赤い異形が見えるようになり、あの異世界に入れるようになった。
最初は訳も分からず、敵から逃げるだけだったが、その世界で出会ったモルガナに、世界の仕組みや戦い方を教えてもらった。
────。
あの赤い異形。
自分の中から現れ出でて、戦うカを与えてくれた。
そして、化物と戦うための心構えも。
あの赤い異形は、初めて化物と対峙した時、身がすくみそうな自分を叱咤し、「目の前にいる敵を憎め」と言った。その怒りをぶつけろ、それを戦うカに変えろと。
ただ、それは、そのままの意味の「憎む」じゃなくて。
「理不尽なことには反発しろ」
「怯えるな。恐れて思考を止めるな」
「正しく怒れ」
──そう言ってる気がしてならなかった。
正しく、怒る。
自分たちを思うがままに支配しようとするカ、そのカに怒りや反発を持って、全力で抵抗しろと。
何より、あんな化物……、イゴールが言うには「人の精神体が、イメージによって、神や悪魔に姿を変えたもの」……と戦っていくには、自分の中の「怒り」を奮起させるしか、方法がなかった。
イゴールは、机の上に青く光るタロットカードを広げ、白い手袋をした手で宙をなぞると、パタパタとタロットカードが開いていく。
「4月の覚醒から2ヶ月。ペルソナの扱いも、大分慣れてきたようだな。どれ……」
イゴールがこちらに手を向けた。
途端に、くらり、と一瞬、強い目眩がする。
肉体と意識を繋ぐ、見えない糸を無造作に引っ張られたかのように。
そのまま、気が遠くなり、倒れないように無意識に柵を掴むと、目の前に「仮面」に吸収されたはずの二体の悪魔が現れた。
彼らは浮遊し、引き寄せられるように、イゴールの元へと連れていかれる。
「古き人格を捨て、新たな人格へと生まれ変わらせます」
三つ編みの看守が厳かに言った。
カラカラと、どこかから滑車が回るような音がする。
ああ、またか、と思った。
霞む視界に青い光のうねりが映る。
この後の「処理」は好きではない。
監獄と看守と処刑台。
そう、処刑台───。
彼ら──、悪魔の姿をした心の欠片は、ここの住人の手によって、体を分断させられ、一度死ぬ。
分断された体は、白と黒の蝶の姿をしたエネルギー体へと変化し、勢い良く中空へと飛び立つ。そして、ぶつかり合い、絡み合いながら、一つに融合する。
「別の悪魔」へと生まれ変わるために。
違うものへと「進化」する。
──そして、その悪魔は、また自分の体に戻されるのだ。新たなカ、ペルソナとして。
………あの赤い異形は、実はもういない。
一つめの危機の時、それを越えるために他の悪魔と融合した。
その赤い異形を元にして、どんどん強い「融合」が自分の中で繰り返されていく。
それも一体だけじゃない。
危機を乗り越える度、「心のキャパシティが広がった」と彼らは告げ、数をどんどん増やし、自分の中へと次々埋め込んでいく。それによる異常は、今のところ感じられない。
けれど。
それが。それらが。
最終的に「どこ」へたどり着き、「何」になるのか、わからない。
………悪趣味だ、と思う。
洞窟の中にいるような冷たい空気。
青い光に包まれた監獄と処刑道具と人形めいた奇怪な住人たち。
正直、この場所が自分の心の表れだなんて、思いたくもない。
こんなもの、見せられなければ、こういう世界もあるのだと思いつきもしなかった。
この世界は自分で「創造した」というより、誰かに「強制的に作らされた」ような、違和感の方が強い。
ずっと手足を拘束され、監視されている、この不自由な感じと同じ。
こんな場所、早く出ていきたい。
自分はフランケンシュタインの作った怪物じゃない。
「………何を考えているのかね?
どんなに否定しようと、この世界は貴様の心の有り様そのもの。
貴様の中には強い怒りと呪いがある。
まあ、貴様を呼び出した時、まさか、牢獄が立ち現れようとは思わなかったがな。
しかし、牢獄に棲んだままでは、この先必ずや破滅が訪れよう。
それを防ぐためには、更正が必要だ。
ゆえに、貴様にペルソナを与え、世の中に逆らう賊に仕立ててやったのだ」
イゴールの口振りはいつも思わせ振りで、肝心なところは不明。
「…………言ってる意味がわからない。
そもそも『更正』とは何だ」
「主に向かって、その口の利き方は何だ、囚人!!」
カン!!と警棒が銀の柵を叩いた。
シニョンの看守の挙動だ。
最初の頃こそ、驚いたが、今は何も感じない。
それは彼女のコミュニケーションツールのようなものだと思っている。
わりと頻繁に叩くので、子供の癇癪のようにも思えた。
イゴールはいつも謎めいたことを言い、気が向けば、ところかまわず自分をこの世界に呼びつけるようになった。
自分は、彼らを「悪魔のようなもの」と認識しているが、実際は何なのか、わからない。いつも戦っている悪魔と雰囲気が違うせいもある。
「『更正』とは、やがて訪れるその時に、『歪みの深淵』を討ち滅ぼすカを得ることだ。
そのために、数多の人間の中から貴様を見つけ、そのカを引き出してやった。
時は一刻一刻と近づいている。
これはいわば『魂のゲーム』だ。この『ゲーム』に勝たなければ、貴様らには死あるのみ」
…………最後の一言だけ。
「貴様」ではなく、「貴様ら」と複数系を使った。
イゴールの言っていることは、相変わらず、謎だ。
一体、誰と戦って、何に勝つのか。ゲームとは何のことなのか。
けれど、たぶん自分が強くなって戦わなければ、仲間も死ぬということだろう。
そんなこと、させるものか。
ただ、ふと思うことがある。
これは、いつでも好きな時に止められる「ごっこ遊び」じゃない?
勿論、「怪盗団」を止める気はないし、「ごっこ遊び」のつもりもない。自分にできる限りのことはやる。
……全ての選択は自分たちの意志で選んできた、はずだ。
歪んだ欲望を盗み出し、悪党を改心させることも。自分たちと同じような人間を作らないようにすると誓ったことも。
けれど。
まるで、誰かが敷いた一本の黒いレールの上。
ずっと走り続けなければ。
立ち止まれば。
いずれ体を貫き突き刺さる、無数の切っ先が、背後にある気がしたのは。
それは少し、恐怖に近い感覚。
──ふと、脳裏によぎる、青く光る蝶の幻想。
渦巻きかけた暗い思考を遮るように。
目を覚まさせる清水のように。
──?
おかしい。
自分は、何か、見落としている?
カン!とまた柵を叩く音がした。
「おい。何を立ったまま寝呆けているのだ、囚人!
主から勿体ないお言葉を頂いたのだ。念頭に置いて、せいぜい更正に励め!」
「主は多くの人間の中から貴方を見つけ出し、その素養に目をかけたのです。
期待を裏切らぬよう、これからも精進なさい、囚人」
看守の二人が口々に言う。
ふっと顔を上げると、同じ顔がこちらをじっと見ている。無表情とは呼べない、それぞれの感情を持って。
そして、これは別れの挨拶だ。
また、現実世界に戻される合図。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
『続いてのニュースです。
この春から続いている【精神暴走事件】と呼ばれる事件の続報です』
『怖いですね。事件を起こした人間は、その事件当時のことを全く覚えてないという……』
『すでにたくさんの死傷者が出ていますからね。覚えていないでは許されません……』
『────』
「早いな、レン」
「うん」
TVのニュースを見ながら、制服に着替える。モルガナが作業机の上からこちらを見ていた。
「……昨日はごめん」
「まあ、気にすんな、レン。
倒れた時はびっくりしたけど、あの後、急に飛び起きたのには、もっとびっくりしたぞ。
今は何ともなさそうだけど、あんま無茶すんなよ」
「うん。わかってる」
「………なあ、レン」
「ん?」
「ワガハイは、レンが『ジョーカ一』で良かったと思ってる」
「言ってる意味がわからないけど」
「別にわからなくていい。ただ、覚えておけよって話だ。いいか? よく覚えとけ。『おまえは一人じゃない』からな。一人で、無茶して突っ走ったりするなよ?」
「……うん。わかった」
階下から呼びかける声がする。
「おい、蓮、そろそろ降りて来い!
おまえ、まだ寝てんのか。転校初日みたいに、まぁた遅刻する気かよ」
「おっと、ゴシュジンが呼んでる。そろそろ、下に行こうぜ」
ひょっと身軽な動作で、モルガナが通学鞄の中に潜り込む。左肩にかかるモルガナの重みにも、もう慣れた。
とりあえず、当面の目標は筋カアップだ。
もっと強く、もっと早く動けるようになりたい。
何者が来ても、怯まないで済むように。
屋根裏部屋から階段を降りて、一階に向かうと、いつものようにカウンターに惣治郎が立っていた。
顎を動かして、ぶっきらぼうな仕草で、カウンターの上に用意した朝食を示す。
一瞬、咽喉が詰まるような感じがして、それをぐっと飲み込むと、何気ない風を装って、席についた。
たぶん。
互いに、何も触れないのが一番いい。
自然に。とにかく自然にだ。
「さっさと食って出ろ。今日は時間が無えから仕方ねえが、次からは食器は自分で洗えよ。あと、モルガナにはこれだ」
モルガナが鞄からひょっと出て、出された食事にありつく。今日は猫缶ではなく、魚だった。モルガナの目がキラッと強く光る。
「はい」
カウンターテーブルの上に出されていたのは、カレーとコーヒーだった。どちらもこの喫茶店の看板メニュー。
合掌してから、ロにすると、カレーは今まで食べたこと無い味だった。
たぶん、香辛料が色々入っている。なのに、そのどれもが喧嘩せず調和が取れていて、一つになっていた。奥が深いのに、360度ぐるっと回って、落ち着いた「カレーらしいカレー」。
ようするに、シンプルに美味しかった。
「お。珍しい。表情が変わったな。
うめぇだろ、それ。特製のレシピのやつだからな」
顔を上げると、にやっと惣治郎が笑う。
その表情はどこか楽しそうだった。
「んじゃ、次はコーヒーも飲んでみろ。カレーと合わせて食うともっとうめぇぞ」
コーヒーはあまり飲んだこと無いが、カレーとセットで置いてあるので、カップを手に取る。
ロにすると、そこまで苦く感じず、思った以上に美味しかった。
豆もいいのかもしれないが、それ以上に、惣治郎の淹れる腕がいいのだろう。
カウンターの後ろの棚、ずらりと並べられたコーヒー豆の入った缶の数は、伊達ではないということだ。
そう言えば、この店にはいつも、コーヒーの良い香りが漂っている。人の心を落ち着かせるような。
「………美味しかったです。ごちそうさまでした」
全て平らげて席を立つと、店を出る間際、何かのついでのように惣治郎が言った。
「今度、コーヒーの淹れ方、教えてやるよ」
「?」
「何だ、鳩が丸鉄砲食らったような顔して。
あのな、働かざる者、食うべからずだ。
店を手伝えってんだよ。こんな店でも人手が欲しいんだ。いいな!わかったか」
「あの……、はい。ありがとうございます」
「働けってのに、礼言うのも変だろう。相変わらず、ボケた奴だな。わかったら、とっとと学校行け!」
「……行ってきます」
「んじゃ、行ってくるぜ一、ゴシュジン!」
いつの間にか鞄に潜り込んでいたモルガナが、ひょっとまた顔を出して、挨拶する。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
────。
暗い、闇の独房で響く、蝶の声。
ただ一人きり。
暗闇での暴力と暴言と記憶の混濁。
殴られ、蹴られ、水を浴びせられた後、最後には────、
何もかもが虚ろに霞む暗闇の中。
それは、一筋の光のように。
光る、青い蝶がひらめく。
────、
“ 貴方は『囚われ』、『運命の囚われ』。
あらかじめ、『未来を閉ざされた者』。
……これは極めて理不尽な『ゲーム』。
でも、この声が届いているのなら、まだ可能性は残っているはず。
思い出して。
絆の記憶を。
思い出して。
貴方を失えば、──への道は、永久に閉ざされる。
思い出して。
そして、私たちを救って……… ”
To be continued.
( NEXT→次回「殺意の花束 (8月)」へ)
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ご閲覧ありがとうございました。
以下、雑記。
もう一編、別の短い話を上げます。
(話とも呼べない、散文的なものですが、それだけ「P5R」の話です。そこまでが2019年の9~10月頃に作ったもの。「P5(無印)」ゲームは2019年9月末くらいから始めて……クリアは年末、ゲーム内の最終決戦日とちょうど同じ日でした。笑)
その後たぶん、愛暴発のゲーム記事雑記を上げます。ゲームに少し興味が出た方、引かない下さい。
本編は主人公が警察に捕まるところから始まります。
誰が裏切ったのか? そもそも彼らは何者なのか?
「他人の心なんて、一体どうやったら盗めるの?」
謎解きゲームの色合いが強いです。なので、本編の謎に関するネタバレはしてません。
もわっとか、ぼやっとした表現の部分は、敢えてぼかしてるので、ゲームで確認してスッキリして下さい。
しかし、どれだけサブイベント(主に恋愛?と友情)が充実してても、本編のミステリ部分に全く恋愛絡んで来ないという、相変わらず、ばっくり分かれた硬派(?)な作り。
つまり、サブイベはやってもやらなくてもいい。笑。本編に支障なし。
本編とイベント作る人が違うからかな?
犯人はすぐ分かります。前作のP4と同じく、そもそも消去法使うほど候補者がいねーっていう。笑。
アトラスファンなら、速攻。直感だけでもわかる。
個人的にとても面白いと思ったのは犯人当てではなく、別の仕掛け部分です。
しかし、面白いゲームの情報は少なければ少ないほど、プレイが楽しめるというジレンマ。
でも、パッケージ見ただけじゃ、内容わからないし。←当たり前。
ちなみに、この話の続き(?)は現在書いてる途中です。次は8月に飛びます。(;・∀・)
あと何本か書ければいいな一と。タイトルはそれぞれ決まってるので。
「殺意の花束」
「正義の代償」
「deus ex machina (機械仕掛けの神)」
「泥中の蓮」
と、番外編的な話を。
でも、時間と脳みその都合で書けないかもしれない。1コアな脳みそなため、常にシングルタスクしか処理できず、これからの動作に不安が。笑。
noteサイトは初めてですが、慣れないせいか使いづらい………。せめて、アルセーヌ(赤い異形)の喋りと蝶の声部分は、文字色変えたかった……。赤と青だけでいい。アメ○バはできるのになぁ。(使いこなせてないだけ?)
まあ、とりあえず、ゲームの入口になれれば何でもいいのだ。(´・ω・`)g
そして、書いた物語が、
貴方の良いお暇潰しになれることを願ってます。
こんなところまで目を通してくれて、ありがとう。