一人劇『深層図書館』
ホリ(一人分だけの上からの明かり)、女性が梯子に腰掛け本を読んでいる。
女性がページを捲る毎に全体も明るくなる。
照明が全て明るくなったところで、女性が客席を向く。
「ああ、いらっしゃい」
読んでいた本を閉じ、本棚に戻す。
「また沢山お酒を飲んだのね」
「駄目よ。夢を見ないほどの眠りは疲れなんて取ってくれないんだから」
女性は少しキョトンとしてから、一人で納得したように何度か頷く。
そして、背筋を正して中央に立つ。
「ようこそいらっしゃいませ。ここは深層図書館。人類全ての記憶を司る場所。蔵書は貴方の表層へと持ち出す事ができ、今宵の夢となるのです。私はこの深層図書館の司書をしております」
女性はクスリと笑って姿勢を崩す。
「毎回の事なのに忘れていたわ。みんな勝手に借りて勝手に返して行くもの。図書館の中に長く留まる人もいるけど、わざわざ私を探す人は貴方くらい」
「それとも、私が貴方を見つけるのかしら?」
「ひとりごとよ」
「そうよ。私達は結構会っているの。でも現実どころか、表層にもここの記憶は持っていけないの。知らないのも当然よ。……秘密図書館だからね」
女性は意味ありげにクスクス笑う。
「さあ今日はどんな夢にする?」
「そんな事言わずに。素敵じゃない。夢の中でならなんだって出来るんでしょう?」
「そうね。確かに、楽しい夢ほど醒めたあと辛かったりするわよね」
「そりゃあ私はここから出られないけれど……それでも知ってるわ。人が夢を見る度に新しい本を生むんだもの。人の想いが本になる。私はそれを時間があれば読んでいるの」
「ふふ、よく言われるわ。とても楽しい仕事よ。たまにこうやって借りもせずに留まるお客様がいて困る事はあるけどね」
「ねえ、もしかして……夢を見るのが辛いの?」
「そう。……だからあんなに好きだったビートルズの夢を借りなくなったのね」
「最初はビートルズになった夢。コンサートには多くの人が集まる。テレビにも引っ張りだこ。世界中を駆け回って『忙しくて曲を作る暇もない』と仲間と愚痴る」
「次はビートルズを演奏する夢。路上で小金を稼いで、小さなライブ会場を借りて。皆が真剣に貴方の音に耳を傾ける」
「最後はビートルズを部屋で聞く夢。窓の外はいつだって曇り空だった。でも、植物だけは生き生きと揺れていた。終わらないビートルズの曲を耳が痛くなるほど貴方は聞いて、現実へと帰っていった」
「そして貴方はこの図書館に入り浸るようになったわ」
「違うわ。本になったのを読んだんじゃない。貴方から聞いたのよ」
「さあ、せっかくだから楽しい夢を見ましょう。遊園地にでも行ってみる? 子供っぽいかしら?」
「貴方、たしかアウトドアも好きよね? 久しぶりにどう?」
「……悪夢の書かれた本? わざわざ?」
「そうね……。狭い場所に閉じ込められるのはだいたいみんな嫌いね。終わりの無い、どんどん狭くなっていく洞窟とか。あと、追いかけられる夢は……貴方は平気だったわね。強烈なのは戦争中の兵士かしら? ちょっと現実を忘れたい程度の気持ちで見るのなら、おすすめはしないけど」
「そうだ。こんなのはどう?」
「雪の本」
「悪夢ではないわね」
「これはね、ただ、しんしんと降る雪を眺める夢なんだけど」
「一番音が無い夢なの」
「遠くにぽつりと木が立っていて、広い大地に真っ白い雪が降り積もる」
「鼻や足の爪先が冷たくて、徐々に感覚も無くなっていくけれど、吐く息と腹だけがいつまでも暖かい」
「降る雪は不規則なはずなのに、貴方はいつしかそこに規則性を見つける」
「でも、その頃にはちょうど夢は終わりを迎える」
「この夢はね、ぜひ後書きまで見て」
「雪がやんだあと、雲が晴れて、冬の大三角形を中心とした満天の星が浮かぶのよ」
上を指さし、三角をなぞる。
「空気が澄んでいるから、天の川はもちろん、青や赤い色までしっかり見えるの」
「そして、誰もが言うの」
指はいつしか、三拍子を刻む。
「オーケストラを聞いたって」
「そう。借りていってくれるのね」
「貴方はどんな音を聞くのかしら?」
「またここへ来たら聞かせて」
「もしくは新しい本を作って読ませて」
「私はいつでもここに居るから」
「じゃあ……良い夢を」
ゆっくりと照明を絞って終わり。
※ 昨日もらすとしずむの10さんがツイキャスで「神楽音でnoteオフ会したいね」「ステージ使って何してもいいよね」って話をしていたのを聞いて、『なら私は演劇がしたいゼ!』と思ったので書き上げた台本。
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