甘い
安さだけが自慢の軽で、峠を登る。
風の無い月夜の晩に、無粋なエンジン音が響き渡る。街中だって迷惑だろうが、森の中だって迷惑がられそうだ。
ここにだって、眠ってる奴はいる。
ぐねぐねと何度も道を左右に曲がり、細かった道が少し、開けた後のカーブ。
他より新しいガードレールが白く反射するその場所。
何度も車が来ていないか確認して端ギリギリに駐車した。
エンジンはつけたまま。開けてある窓からラジオが漏れる。様々な音が静けさを許さない。
ただ、一番けたたましいのは心臓の音だろうか。
車から2つの缶コーヒーを取り出す。1つはガードレールへ。
1つは、手にしたまま。
「間違えてお前の好きなヤツ2本買っちまったんだよなぁ」
「甘いから苦手なんだよ。そもそも缶コーヒーが苦手だわ」
「バイクは……流石に辞めたよ」
「家族が出来た」
「家族がさ、出来たんだよ」
時間が流れる。それは残酷な事だと思っていた。
缶コーヒーのプルトップを開け、ぐいっと一口飲む。
「あま……」
文句を言いながらもう一口。
無理矢理飲み干して、缶を握りしめ、思い切り振りかぶって
「……ハッ、投げねーよ」
置いておいた缶コーヒーを手に取る。
「これはやっぱ持ってくわ。……お前はもう、こんなとこに居ないだろ」
細い缶でもグリップの感触には程遠いな。そんな事を思いながら見上げると、天の川が広がっていた。
時間は、切なくとも優しく流れるのだと、漸く素直に感じられた。
ただ、心臓はまだ煩い。