ブラックコーヒー
コーヒーを飲むと腹を下す。体質なのか身体がカフェインを受け付けないようだ。それでも私は、毎朝ブラックコーヒーを飲む。
格好つけているとか、思われるのだろうか。
豆の良し悪しや、パッケージの裏に書かれている味見本の“コク”とやらも良くわからない。飲むのは専らアメリカンという名の薄めたコーヒーだ。それでもインスタントではなくドリップコーヒーを毎朝入れるのは、彼女に会うため。
ガラスのコーヒーサーバーをセットする。フィルターに一番安く売っていた粉を入れ、お湯を細くゆっくり回し注ぐ。
美味しく入れるのなら沢山の決まり事があるのは知っていたが、面倒臭いし、最初と最後を捨てた方が良いと聞いて勿体無いと思う人間だ。だが、一丁前にそれだけは守っている。
ゆっくり、空気の揺らぎと熱さが顔に立ち上がってくると同時に、コーヒーの香りが広がっていく。油を含んだ様な重みのある香りが部屋中に充満した頃、いつものように彼女が現れ、コーヒーサーバーを覗き込む。
わかりやすくコーヒー色をしたワンピースと長い黒髪を漂わせ、空中に泳ぐ親指姫。コーヒーの妖精。それが彼女。
お湯を注ぐ手を止めると、こちらを見上げニコリと微笑んだ。
カップの半分までコーヒーを注ぐ。すると彼女も、くるりと一回転してカップへとやって来る。残りを埋めるようにお湯を注げば、湯気があたるのか彼女が目をギュッと瞑った。
ころころと変わる愛嬌のある顔。眺めるのがとても楽しい。
私がコーヒーサーバーを片付けるため背を向けている間に、彼女はカップへと浸かり込んでいた。あの長いワンピースがどこへ消えたのか不思議だが、いつもの事。
温泉に浸かるように肩から上を出し、首はカップの縁にもたれかけている。とてもリラックスしているようだ。
会社に行く準備を済ませる頃には、彼女の肌はすっかり赤くなり、目はとろんとしている。言葉は通じないので、のぼせてないか心配になるが、確認は出来ない。そして、慎重にカップを持ち上げ一気に飲み干した。
コーヒーを飲むと腹を下す。体質なのか身体がカフェインを受け付けないようだ。温かくなった内側を確かめるように腹を撫でてから、私は家を出た。