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【アインシュタインの罪】


 この日、朝から何か嫌な空気が漂っていたように感じた。その何かに遭遇するのは、そんなに遠くない気もしていた。曇りがちな毎日も、一日晴れたら気にならなくなる様に、空気とは、流れている。人々の動向も似たようなものを感じる。毎日の繰り返しの中で癖ついてしまったもの。例えば、急激な圧迫感や緊張感を自然と感じたときに起こる。マイクロジェスチャー(なだめ行動)も要素として挙げられる。なんでそんな話を悠長に話せるか?
 それは、僕が天才…いや、何でもない。一つ明確に言えるのは、人は誰しも癖があるということ。その癖は時として答えを導き出してくれるものでもある。人の心理を紐解くのなら心理学。“目には目を歯には歯を”みたいにね。人の気持ち、人の流れとは残酷で、過ぎ去るものだけど、真実というのも、また、人が隠しているものでもある。答えはすぐそこに、目の前にあったりもする。では、その先の真実を解明してみよう。

第一章
  本日もお日柄よく…という手紙を朝から受け取ったのは、紛れもない僕だ…。ただの学生なのに、なんで送られてくるんだよ。と嘆きながらも少し嬉し気な笑みを浮かべる。僕は、臨床心理学を専攻している東海林 光樹(しょうじ みつき)高校生。
 その高校生に何の手紙なのか…なんてことは、彼は考えていなかった。事件って言われても出来ることもないし…とぼやいていた。ただ、無下にする事も出来ず、右往左往していた。
 ガチャ。扉が開く音に気が付き振り返ると、同級生の桃夏の姿があった。
 桃夏【また、サボってるの?】
光樹の同級生の平山 桃夏(ひらやま もか)
物理学を専攻している高校生。光樹とは、同級生。
 光樹【また、いつもの手紙だよ…】乱雑に桃夏に見せる仕草は半ば投げやりにも見えた。
 桃夏【光樹には、お似合いだね。刑事さんからのお手紙】頬を膨らませて、笑いをこらえる姿は光樹を挑発している様にも感じられる。
 光樹【いい加減にしろ。】一言釘を指し、携帯を徐に出し桃夏に画面を見せる。顔をこわばらせて画面を見ると事件の詳細が記載されていた。
 桃夏【この事件って…。】何も言わず頷く光樹。朝の嫌な空気は的中していた。ここ最近のニュースになるほどの事件であることは間違いないのだが、まさか自分の所に捜査協力の依頼が来るとは思いもしなかった。
 光樹【今から一緒に行こう】
 桃夏【え!なんでよー】
この事件には、物理的要因がありそうだと、光樹が言葉を交わした。
 二日前の夜中に事件は起こった。ホテルに集まり、パーティーを楽しんでいた数名が容疑者・重要参考人に当てはまっていた。被害者はパーティーに参加していた夫婦。奥さんの方には、無数の痣があった。日常的に暴力を受けていたのではないかと疑いが持たれている。旦那さんにおいては首元に自ら切ったと思われる傷が見受けられた。一部では無理心中ではないかと、ニュースでは、報道されていた。
 光樹【何か変だよな?】首を傾げて考え込む。だが、検視の結果だと納得せざるを得ない。気になって仕方ない様子を見かねていた。
 桃夏【勉強会だし、行ってみようよ。】仕方なく同調してしまう自分にため息をつく。
 光樹【桃夏が行きたいなら仕方ない。】
ため息交じりに一言いうはずが、携帯の画面を見て考え込む光樹には、言い出せなかった。
事件となると、考える事をやめられない。人というのは時として残酷で魔物にもなり得る。
殺人と聞くと、一般的には触れることにないワードであり、事件だと思う。
 しかし、一つ時空の見方を変えると事件の欠片は誰しも持っている。例えば、心理学的には、目の動き、瞳孔の開き方で、噓をついているのか。または、隠しているのかを指し示す材料を集める様に。核(スイッチ)を体内に隠している。だけど、スイッチ(核)を物理的に押すことも出来ない。だから、人は“衝動”で動くと定義できる。
 衝動的本能がある様に、素直に従わなければならないのだけど、扱いを間違えると、人は法を犯してしまうのかもしれない。と何処かの教授が言っていたようなこと思い出す。
そこに、刑事から電話があった。桃夏は不安そうに光樹を見つめる。一通りの電話が終わった頃、話を聞きに行く姿は、いいコンビに見えた。
事件があった部屋からは、あるはずのない鍵があったそうだ。
 桃夏【物理的に考えると、誰かが持っていたからとしか考えつかないけれど、もう一つあるとするなら、無理心中の線なら誰の邪魔も入ることなく行う事が出来るよね。】
部屋の見取り図を軽く書いて説明する姿は、物理学者さながらだと感じた。桃夏の進むペン先は答えを導てるような仕草にも見えた。
光樹【被害者と加害者の接点がどこか。参考人たちは、この痛ましい事件をどう感じているかが重要だと思う。主観ではなく物事を見たときに、何も知らずにパーティーをしていられるだろうか?誰にも知らずの中で無理心中をするなら、協力者がいるはず。または、この事件の犯人であろう人物。】
 一頻り、人物像や事件当日の様子を照らし合わせて、まだ分からぬ、答えをひねり出そうとする。
 桃夏【勉強会に時に、当時の参考人は集まるんだよね?】顰めながら光樹に問いかける。
軽い返事をする。
 光樹【現場に行けばいい。そうしないと、物理的に立証は難しい。】
 桃夏【それはそうだけど】と不安そうな桃夏を置いて光樹は学校を後にした。後日、桃夏のもとへ、現場集合と連絡がきた。桃夏は、呆れた様子で、現場に合流した。


第二章
  現場に到着すると、すぐさま検証を始めようとする桃夏。その間で、参考人の詳細を聞く光樹。事件概要は以下の通りだ。刑事が書類を徐に、持ち出す。
 被害者夫婦を含む、参考人5名。事件発生時、参考人全てが同じ言葉を交わした。貸切ホテルの一室で事件が起きたのだが、貸切っていたホテルは、ワンフロアに寝室が四部屋、バスルーム、トイレ、キッチンと十分に機能は、満たされていた。計7名用でも、少し広すぎる様にも感じた。被害者は夫婦。現場は一室。検視資料では、無理心中と見ている。
ここで、光樹が気になる点を挙げてみた。
 光樹【被害者の夫婦は、パーティー中に先に離脱した。その後、無理心中をしたのでは?と記載があるけど、無理心中ならば、ホテル…ましてやパーティーを選ぶか?】
 刑事も思わず首を傾げる。確証はないが、人間の心理では、心中するのなら、自宅。または、二人の思い出の地ではないだろうか。だが、被害者の心理の中では、そこに、意味があったのか…。
 光樹【もう少し詳しく知りたい。勉強会の時にでも、参考人の方々からお話を伺いたい。】すんなり承諾する刑事をよそに、桃夏が戻ってくる。戻ってくると重たい口を開いた。
 桃夏【もし無理心中なのであれば、あの部屋を選ばないはず。物理的に考えて、デメリットしか見当たらない。】としきりに部屋のカドを指差す。カドには、ルームキーで解除する二重ロックタイプであることが分かる。しかし、部屋の鍵を持っていたとなると…。
 桃夏【無理心中か、完全密室になる。ただ、物理的には密室を作り上げるとなるとかなりの時間が必要で、更に、ホテルであれば、チャンスは1度。】と顰めた様子で話す。
 光樹【巧妙に仕掛けられていた可能性もなくはないってことになるか。】勿論、答えなど出るわけもなく、現場を後にした。帰り道、小さな公園を見つけたと、桃夏に誘われ仕方なく立ち寄った。
 光樹【物理学的には、立証するとすれば無理心中か密室の二択しかないの?】ブランコに揺られている桃夏にそっと聞く。言い方に曇りがあることは気が付いた。
 桃夏【そういえば、殺人であれば立証は、難しいと思う。でも物理的には見えない事が光樹には、見えるでしょ?】何気ない言葉ではあるが何故か、納得出来た。深層心理的にみたら…と物議を醸し出す。そんな事件であることは明白だった。
 事件とは、人を壊してしまう。勿論、誰しもがなりうる事項であることは間違いない。例えば、お友達の大切なものを壊してしまったら素直に謝れる人はどれくらいいるだろか?というように、人は隠し事を一度はするものだ。仮説を立てるなら個人的な意見では、密室殺人だと思う。そう早々と口にする光樹に啞然とする桃夏。
 桃夏【やっぱり、光樹は凄いよね。目線が違うっていうのかな?】ブランコに乗ったまま話す姿に少し不貞腐れているようにも見える。
 光樹【その代わり、桃夏には僕にはない、物理学があるだろ?】
 光樹の人への執着は今に始まった訳ではない事を知っているのは桃夏だけだ。人とは魔物だと感じたのは、僕が、中学生だった頃だが、事件に要因として、魔物はすんでいるのかと聞かれたら、確証はないけどね。
と微笑み交じりに言葉を交わした。
 プルルルル…。
光樹の携帯が公園で鳴り響く。刑事からの着信だった。すぐさま応答したのだが言葉を濁らせた。参考人の1人が殺害されていた。
 その一言を境に、通話が切れた。光樹の顔から笑みが消えたのはすぐの事だった。
数日が経った日、勉強会参加者が呼び出された。そこに、光樹の姿はなかった。首を傾げる桃夏のもとへ、教師が歩み寄る。光樹のことを聞かされた。
 桃夏【…ってことは、もう勉強会の会場にいるってことですか?】軽く頷く教師にため息交じりに。返事だけすると、すぐに、光樹へと連絡した。応答がないことになる少し腹を立てたが、ハッとした。深層心理ってことは、このままだと危ない。
 桃夏【私も、先に会場に行きます!】
そう教師に吐き捨てると足早に向かった。間に合って…と心中で願いながら。

『光樹 Side』
桃夏には、悪いことしたけど…危険に向かわせる訳には行かない。男性の力には敵わない。
最悪の時も想定していた。桃夏が嫌というわけではない。あくまでも最善策だった。
 光樹【皆さん、集まり頂きありがとうございます。ただの学生が何をしているんだと言いたい気持ちは分かります。】少し参考人のテンションを上げとく必要が光樹にはあった。人は誰しも隠し事をする。この中には、容疑者のいると確証はないが思った。だからこその確証の欠片探しとでも言っておこう。この場には、無理心中事件(疑惑)と先日の殺害事件二つの事件の参考人たちが勉強会と称し計4人が集められた。
 ・安久 三郎(あく さぶろう)32歳男性、普段は塾勤めの塾講師。被害者の方との接点は同じ学校の卒業生。特に親しい間ではない。と事情聴取にて回答している。あまり動揺は見受けられない。
 ・時田 昇(ときた のぼる)42歳男性、工務店勤め、被害者の先輩。接点は部活のみ社会人からも多少の交流はあった。と回答。
 ・野村 佳奈(のむら かな)28歳女性、音楽教師、被害者夫婦の同級生。交流はかなりあった。と回答。
 ・久遠 雅(くおん みやび)27歳女性、
ОLで商社に勤めている。野村と同じく被害者夫婦とは、同級生と回答。
 光樹(ここまでの情報だと誰も知らなかったと言いかねませんよね?)と刑事に高圧的に話す光樹を参考人たちは恐る恐る見ていた。
被害者夫婦の情報資料を手に取る。
 ・浅見 康介(あさみ こうすけ)28歳元銀行勤め、結婚7年目の仲睦まじい良い旦那さんであったと証言されていた。
 ・浅見 有希(あさみ ゆき)28歳専業主婦、家庭に準ずる奥様であったと証言されていた。
 何故か、疑問が残ってしまう。スイッチはどこなのだろう?疑問の種を探す光樹に参考人の1人が口を開いた。
 時田【私達は、疑われているのでしょうか?】身を乗り出して聞いてくる姿は、何かを隠している様にも見えた。
 光樹【何か疑われる様な事したんですか?】
凛々しく対応するが、その目線には確かな確認があった。
 〔瞳孔…開いた。〕頷いて時田に言葉を交わした。
 光樹【隠し事は良くないですよ。時田さん。】そう言葉にすると、時田の前に座る光樹。
 時田【何のことか分からないが、私は早く帰りたい!】バサバサと眉を掻く。
 〔なだめ行動…悟られない仕草〕
その目線から少し離れると、光樹は時田の行動を注視する様な姿勢を取った。その行動には幾つかの疑問が残ったのか、刑事は眉をひそめ、首を傾げる。本当にこんな事で、立証出来るのか?と声にならない声を出す刑事もいた。他の参考人は妙に静かだった。不思議な位に声に出さずとも通じ合っている様にも見えた。
 事件当日の夜全員がパーティーという事もあり、飲酒。昔話に花を咲かせるいかにも同窓会のような流れではある。桃夏の言っていた密室は可能なのか?時田の様子を伺いながら思案している様子がうかがえる。
 光樹【ここからは一人ずつお話を伺います。
安久さんは、被害者ご夫婦とは、どういった関係で?】早々言葉を送る。
 安久【関係と言っても然程ありません。ただ、母校の卒業生という事で招待状が届いたので参加したまでです。】悠長に言葉を流す。その姿に違和感は、感じられないが、意味があるようにも感じた。
 光樹【何というか…なれたような口調ですね?】微動だにしない安久の言動に疑惑を感じた。すぐさま、細かい動きに注視する。
 安久【疑われているみたいで嫌な空気ですね。】慌てているのか、額から汗が滲む。人とは、圧迫感に弱いとは、間違いはない。
 光樹【動揺をしているようですね。何かあったのですか?例えば、計画外の事が起きたとか…。】静寂の空気が一変した。参考人達の顔が一気にこわばるのが分かった。疑惑は覚信に近くなっているのを、少なからず感じた。

『桃夏 Side』
勉強会会場に向かう道中、桃夏は少し過去のことが頭をよぎった。光樹と出会った頃に感じた違和感を事件の報告を聞いてから感じていたから。桃夏には、光樹に過去が引き金になったのではないかと思っていた。
 (三年前)
教室で財布を盗まれたと一人の生徒が被害を打ち明けた。その犯人ではないかと、桃夏が罪を着せられた。その時が光樹との初めての出会いだった。
 桃夏【物理的に考えてそんなことできないよ?他に見た人はいるの?】強気に食って掛かる姿ではあったのだが、桃夏が財布を盗む所を見たという生徒が、3人に増えたことを気に一気に非難が加速した。
 光樹【それってホントに君がやったの?】
教室の外から堂々と遅刻して来たのが、光樹だった。クラスメイトなのに、君呼びをされていることに、少し腹を立てた。
 桃夏【私は、桃夏。やってない。】強気な口調で光樹に話すが、スッと避けられる。
 光樹【はいはい。その桃夏ちゃんが財布を盗んだって言われている訳だ?で、その辺の3人が目撃したとか大方話しているわけでしょ?】静かに自分の席に荷物を置きながら、悠長に言葉を滑らせる。
 桃夏【なんで遅刻して来たのにわかるの?】
 光樹【僕が、天才だから。】
ため息交じりに、落胆する。少し信じた自分を恥じるほど。その間に、席を立つ光樹が、徐に口を開いた。
 光樹【この中に、噓ついているやつがいる。あー。その桃夏ちゃんじゃなくて、こっちの3人。】その言葉をきっかけに教室中がざわつき始める。犯人に仕立て上げた3人も顔色が変わる。
 桃夏【ちょっと!どういう事?】動揺を隠せない桃夏を尻目に見ると、光樹は微笑んだ。
 光樹【人間てさ…不思議なことにさ、隠したいことがあると頻りに周りを見渡したり、動揺で額に嫌な汗をかいたりするんだよね。】
その言葉の直後、1人が口を開いた。
 生徒A【途中から入ってきてふざけんな!】
勢い良く机を蹴り飛ばす。周りの生徒も怯えていることなどお構いなしの行動。
 光樹【なだめ行動って言われている、人間が緊張を感じたりすると起きる癖みたいなものがあるんだけど…。みんなもわかるよね?】
と周りに同意を求め、一人を指差した。
 光樹【君の自作自演だよね?】
指の先には、生徒Aがいた。目の泳ぐ彼女には、味方はいなかった。
 生徒A【なんで分かったの?】開き直って敵意をまる出しで噛みついてくる。
 光樹【うーん。なだめ行動のオンパレードだったし、桃夏ちゃんのことしか犯人にしないのも、違和感を覚えたし。一つ言うなら震えすぎだよ。】桃夏のもとにより、和ませようとする。桃夏は少し嫌がった。
 桃夏【なんで、私はなの?】
光樹【多分、彼氏さんの指示だよね?首元、手首隠しているつもりかもしれないけど、痣。隠れてないよ。】
 二人の生徒も思わず、距離を取る。自ずと周りから白い目で見られ始める。
 光樹【森さん。桃夏ちゃんに謝って。】生徒Aのもとへ、歩み寄り名前を呼ぶと、涙をこぼす森。
 森【彼氏に言われたの、桃夏ちゃんが生意気だからって。】涙ながらに話す姿は、まさに怯えた子犬の様だった。そこに、桃が歩み寄る。思わず森を抱き寄せる。
 桃夏【それでも、ダメだよ。人を悪者にしたら。自分が辛くなるよ。いつかは、苦しくなる。】
 光樹【そもそも、桃夏が生意気な態度取ったからなの?だとしたら、要因的には、森さんを利用しただけだね。僕は、人が人を利用するのが大嫌いなんだ。】周りの目を憚らないまま、圧倒する。その目は先程の優しい光樹の目ではなかった。その後、光樹は森さんの彼氏さんとの暴行事件を引き金に、クラスから孤立してしまった。桃夏の心の中では、申し訳なさもあり、光樹の事が放っておけなかった。気が付くと二人はいつも一緒にいた。
 光樹【いい加減離れないと、桃夏も友達減るぞ?僕は、1人が好きだし人間観察好きだからいいけど。】帰り道に買ったアイスを頬張りながら心の内を言葉にした。
 桃夏【うーん。光樹は心理的って良く言葉にするけど、人を思うのって。物理的に証明できるんだよ?例えば、今の光樹の話とか。物理的な要因があるでしょ?友達が減るとか。
だから、勝負しようよ。物理と心理どちらが本当の真実にたどり着くか。それまでは、私は光樹から離れない。】胸を張って答える桃夏を笑う姿は子供の様に見えた。
 光樹【面白いね。僕に勝てると思っているその心が気に食わないね。本当の真実は心理学でしか証明できないからね。】桃夏の提案を吐き捨てる様に言葉を飛ばす。お互いの意地の張り合いに思えて桃夏は思わず笑った。この日私達は友達からライバルに変わった。そして、お互いの暴走を止める抑制剤になるとは、今に至るまで分からなかった。
 ガチャガチャ…。
勉強会会場の扉を開けると、そこには既に立証を始めた光樹と怯えた参考人達が並んでいた。刑事とアイコンタクトをすると私を見て、頷くことしかしなかった。その意味は、言わずとも伺えた。

第三章
  この日、僕らは決めていた。浅見夫妻の殺害を企てていた。完全密室を作り出すには協力者も必要で作戦なんて練りに練った。当日は一度きり失敗は許されないこのスリルが堪らなくやめられない。衝動的感情がどうしてもうずいてしまう。自分自身でも止めることが出来ない。
 芸術は、爆発だ。という言葉はお借りするのなら、爆破的衝動・破壊的衝動と衝動には幾つかの名称が存在する。殺害衝動も一種の衝動に近しいものがあるのだが、人には理性が存在する。その理性が衝動にブレーキをかける。しかし、殺害衝動にブレーキがかからない人は、ある種の超越した人間であることには変わりない。
 憎しみや嫉みが混ざった憎悪の満ちたこの世界においては、誰しもがもつ二面性。“核”の存在がどちらに作用するかによって運命は分岐する。どこでそのスイッチを動かすかは、自分自身に問うしかない。
 浅見夫妻無理心中事件(疑惑)の当日まで遡る。時田の証言では、卒業生たちを集めた同窓会の様なパーティーを予定していた。何故か、部屋は集まった人数分。7名用が用意されていた。特に、揉めることもなく、お酒も入った楽しいパーティーだったと参考人全てが証言。そして、勉強会前日にパーティー参加者の一人が殺害された。計3名の死者を絡んだ事件。なのに、ここまで平然を装うことが出来るなら、密室事件は可能だ。と光樹は頭の中で心理学を用いた推理を描いていた。
 桃夏【光樹!全然聞いてないじゃん!】無反応な光樹に腹を立てて声を張り上げる。慌てて振り返る光樹に一言声をかける。
 光樹【ビックリした。何だよ…。今状況整理しているんだ…って何でいるんだよ⁉】担任教師には、時間を稼ぐように話したのに…と苦虫を嚙み潰したような顔で説明した。
 桃夏【うん…聞いたよ。聞いたけど来ちゃった。抜け駆けされそうだったから。】勝負は終わって無いからと宣戦布告にも感じるスタンスで光樹と対峙した。
 光樹【それは、一旦置いといて。事件のことだけど…。】参考人・刑事には聞こえないトーンで作戦を話していた。
 桃夏【うん…分かった。状況説明とか現場については私から話す。】刑事に合流し説明を始める桃夏を背に光樹は重い言葉を発する。
 光樹【この事件、実はトリックがあったんです。そうです。これは計画的殺人事件だと断言できます。勿論、容疑者はこの参考人の中にいます。】一頻り参考人の表情を見渡す。
その表情が崩れることのないものと感じたのは光樹だけではない。
 野村【一体いつまで続くのですか?ここには勉強会の講師として呼ばれたのに講習すらしないじゃないですか。】勢い良く席から立つとすごい剣幕で訴えかける参考人の野村。
 光樹【実は、今から聞きたいことがあったんですよ。野村さん。何でそんなに急いでいるのですか?帰宅するにはまだ早いですよね?】光樹が時計を指さすと午後14時を示していた。少なからず動揺を隠せない野村を尻目にもう一人明らかに動揺を隠せなかった人物…時田があからさまに汗を拭っていた。
 光樹【ただ、一つ気になるのは、何故無理心中に見せかけなければ行けなかったのか。それは、久遠さんのおかげで気がつきました。
隠し事に慣れていない人ほど、挙動が大きくなります。それから、人間的な立場も関わると人間は怯えが表情・表現に現れます。】同時に参考人達が久遠を見る。視線を感じた久遠は俯いたまま動けなくなった。頻りに周囲の確認をする。目の前に光樹がいることが視界に入ると口を開いた。
 久遠【この中で……私はいじめられていました。学生の頃からです。このパーティーも同窓会の様なパーティーではありませんでした。一年に一回いじめの被害者を呼び出して弄ぶパーティーです。】と涙ながらに告白をする久遠。怯えていた理由は検討がついていたが、ここまで証言をしてくれるとは思いもしなかった。
 桃夏【これが、光樹の力です。自然に言葉を出してしまう。私には無い力です。】誇らしげに刑事たちに話す。刑事達も自ずと頷くしかなかった。
 光樹【久遠さん、ありがとうございます。でも、おかしいですね。そんなに怯えていたのにもかかわらず何故、参加したのですか?とでも警察に聞かれたのではないですか?】
久遠は顔をあげて光樹に頷いた。事情聴取をした刑事を指差す程の始末。
 光樹【参考人の方々、刑事さんの方々。よく考えて見て下さい。久遠さんは、参加したくて参加したのではない。参加せざるを得なかったんですよ。それは、久遠さんの身に付けているネックレスです。】そう説明すると久遠から、ネックレスを受け取る。刑事が目を疑った。浅見夫妻の旦那、康介の現場からでた証拠品と類似していた。
 光樹【このネックレスが出たということは、警察はきっと単純でしょうから久遠さんを真っ先に疑うはずです。でも、久遠さんは容疑者ではない。この事件は“涙”によって起きたものだから。】と言葉をかけた光樹を見て、参考人達は、自然と言葉を噤んだ。久遠によってパーティーの存在を暴露されたからではない、一人一人が涙を飲んでいたからだ。
 桃夏【今回は、物理の出番はないかもね?光樹のおかげで。】一息ついていると、光樹がよってきた。
 光樹【もう一つの事件は物理的立証が必要だと思ってる。】ボソッと呟くと少し微笑んだ。
その顔に少し安堵した桃夏。
 桃夏【あの時みたいに…なんてあるわけないか…。】物理的立証…光樹のやさしさを身にしみて感じた。涙の容疑者への僅かな計らいなんて、警察にはできないよ。と少し微笑んでしまった。刑事には、嫌な目で見られたのは見なかった事にしたのは後日談。

第四章
  その後、事件解明の中から、解決の糸口も見つかったのだが、この事件は語らずにはいられなかった。誰しもが、容疑者になり得る“涙”の事件だから…。
 事件から遡る事十年前。浅見夫妻も高校生だった。その頃には、スクールカーストが既に存在していた。カースト上位にいたのが浅見夫妻と野村。カースト最下位に久遠と勉強会前日に殺害された久坂 充(くさか みつる)この二人。浅見夫妻は日常的に久遠をイジメていた。肉体的にも精神的にも、野村は常に監視役の立ち回りだった。そんな日々を繰り返していた時、康介(浅見夫妻 旦那)が何かあったら、このネックレスを証拠にしろ。と久遠に渡していた。そのことが先輩たちにばれてしまい、酷い制裁を受けた。そのことを知った有希(浅見夫妻 奥さん)からのイジメはエスカレート。留まることがなかった。この流れで有希が康介に好意を持っていたのは確かだった。その後、お互いに卒業が近くなった頃に、有希がまた集まろうと企画したそうだ。
 そして、時は経った事件当夜、事は動いた。集められた全員がイジメ当事者であること、久遠と康介の間を邪魔した先輩方。計7名が集まる事となった。当日の始まりは勿論、久遠をイジメていたことから始まった。そこから2時間久遠は暴行に耐えた。見かねた久坂が止めに入った。そこで少しの小競り合いになったのだ、有希を康介が止めると、有希はこいつになんでこだわるの!と言い放った。
 康介はそうではなくイジメをやめて欲しかったただそれだけだが、聞く耳を持たなかった。康介は仕方なく有希を一室に拘束し閉じ込めた。その部屋が後の事件現場となる。
 一時間が経過した頃、様子を見に野村が向かった。その室内は無残なものだった。野村が部屋を出た後は、血まみれの有希の姿が部屋の端に見えたからだ。問いかけても、野村は何も口にしなかった。ほかの参加者も分かっていたのだろう。有希の待つ部屋に康介と久遠が入る。この話は久遠の後日談。
 久遠【私、苦しかった。毎日毎日死にたいって何度も何度も思った。でもね。康介君が言うの。君には、生きてほしい。僕の宝物。このネックレスをあげる。だから、有希を許してあげてって。】涙をこぼしながら言葉を繋ぐ。その久遠をみて、有希は嘲笑った。
 有希【そのネックレス私が、康介にあげてあんたに渡しなさいって指示したんだよ!イジメる相手がいなくなったらつまらないからって。】高笑いをしながら久遠を罵った。久遠の顔から涙が止まらなかった。同時にテーブルに置いてあったガラスの灰皿で何度も有希の頭から足まで暴行した。
 久遠【幸せになりたかっただけなのに…。】
横にいた康介は自らの罪を認め、罰を受けた。
自らの手で首を切った。
 久遠【好きだったのに…。】その言葉を吐き捨てて部屋を出る参加者が口を合わせて、隠そう。そう呟いた。一人一人が自らの罪の意識から無理心中事件を工作した。
 その後、参考人全てが容疑者となり、会場にて逮捕という結果になった。暫くして、警察からの報告で、久坂は久遠の手により殺害されたことが本人自供により発覚。動機は、事件の隠蔽を拒んだこと。こうして浅見夫妻殺人事件と名称変えて解決となった。
 光樹【久遠さん…これだけは覚えてほしい。あなたの幸せはあなたが作るものです。今日からは、人を憎まず生きましょう?だって、自らの手でにくい相手を抹殺したのだから。】
 事情聴取の際、久遠は光樹の言葉の通り、今の私に怖いものは無いので、全て話しますと素直に自供した。
 この痛ましい事件…いや、事件そのものが
人間の衝動的本能“核”がなくならない限り事件その物もなくなることはないのだろう。
いじめ被害者の生存率は年々減少している。誰しもが加害者・被害者になり得る世界であるのと同じ様に、誰しもが容疑者になるかも知れない。自らの“核”(スイッチ)の存在を忘れてはならないとこの事件では定義出来る。

第五章
  事件発生から約二週間での解決は、学校でも噂になっていた。光樹は案の定調子に乗り、桃夏は話を聞かれることが増え少し息苦しさを感じていた。その後、警察からは事件は解決に向かいそうだと聞かされ日時に戻りつつあった。
 光樹【あー。なんでテストなんてあるんだよ。必要ないだろ!】テスト期間の範囲を指示されぼやく光樹にため息交じりに口を開く。
 桃夏【テストがなかったら、どうするの?
物理学も心理学も試験はあります。誰でもなれたら大変でしょう!】正論を述べてみるも光樹には微塵も響いてはなかった。
 光樹【物理学専攻の人って…頭ごなしに話してくるよな。なんかさ、定義していますから。みたいな感じでさ…頭が固いんだよ!】桃夏に面と向かって噛みつくと桃夏は啞然とした。そんなこと今までに無かったから。
 光樹【ほらな、自分自身で体験してないことには、対応できない。定義できないだろ?そこが、桃夏の弱点だから。】言葉を残して、何やら準備をする。
 桃夏【何してるの?まだ授業あるよ?】光樹に悟られない様、平然を装い、声をかける。フワフワした感覚に動揺を隠せない。
 光樹【帰るよ。僕。】言葉通り教室を出て、暫く廊下を歩いていると、何かに引っ張られる感覚を覚えた。振り返ると桃夏がいた。なんで?と疑問を言葉にする前に桃夏は光樹を引き連れて学校を後にした。
 『光樹 Side』
  桃夏とは特に、特別何かあったわけでもない。本当にライバルのようなもの。高校生になってからは尚更そう感じる。僕には、ないものが桃夏にはあるのも事実。あの時に出会わなかったら。今はないのだけれど…。誰かの心理は読めても自分自身は全然わからない。何で心がざわつくんだ。
 光樹【こういうのって…なんていうんだろう。よくわからないんだ。】友達に相談したが信じ難い答えばかり。
 光樹【僕は、信じない。桃夏に?そんなことない!】自問自答の中で抗う光樹の横で着信音が鳴り響く。
 光樹【こんな時に…誰だよ!】携帯を確認する光樹は言葉を失った。桃夏からのメール。
内容には、久遠が留置先で首を吊って自殺。残されたのは手紙だけだった。と警察から連絡があったとの報告だった。
 謎すぎる。何で、久遠は死を選んだ?あの時、助かったと言っていたはず。心が暴れだす。あの時の涙は何を意味していた?恐怖・憎悪・復讐…報復は終わったはず…。
 光樹【憎悪…復讐…やり残したこと…あっ!そういう事か。】すぐに、家を出て桃夏の待つ警察署へ向かう。何で見落とした。この事件はここまで解明して終わりって事か。足早に向かう道中、桃夏の言葉を思い出す。“物理的要因”はこの事か…桃夏は先まで気が付いていたのか。やっぱり勝てないな…。と呟くと警察署に入っていった。
 桃夏【待ちくたびれたよ…。光樹が来ないと手紙を読ませてくれないっていうから。】呆れ顔で光樹に話すと、光樹は少し微笑んだ。
 光樹【物理的要因…。だよな。久遠さん。あなたは何処までも用意周到だった。ここまで来るまで気が付かなかった。いや、僕の相棒がいなければ気が付かなかった。】そう言葉にすると、光樹は手紙を開いた。久遠の心を弔う様に静かに読んだ。

 [この手紙を読んでいる時、私はこの世にはいません。自らの罪を償います。この事件は私の復讐から始まりました。浅見夫妻をターゲットにして参加者を募りました。あろうことか、康介さんをいじめた先輩方まで参加して来たときは作戦を練り直しました。人とは不思議なもので復讐という目標達成には、衝動に逆らえないのですね。野村をいじめの事実で脅し、浅見夫妻殺害後は参加者を共犯に仕立て上げ、事件は無理心中事件で終わると思いましたが、東海林さんのお陰で、罪を重ねることがいかに悲惨なことかを感じました。この事件は私が、いじめられたことによる復讐です。久坂君は私を止めようとしてくれただけです。どうか、罪滅ぼしをさせて下さい。この命に代えて謝罪致します。] 久遠 雅

 こうして、容疑者逮捕により無理心中ではなく、浅見夫妻殺害事件は幕を閉じた。
 光樹【桃夏。ありがとう。】帰りの道中、光樹が言葉をかける。普段顔を見合って話す事などない。だからこそ、桃夏は嬉しさを感じた。
 桃夏【気が付くのが、遅すぎ。やっぱり物理が強いって分かった?と言いたいところだけど…光樹の心理学がまた一人救ったね。】下向き加減の光樹に言葉をかける。人を救うのは人の心。歪みはいつでも軌道修正が出来る。そう信じているから、光樹は心理で紐解いていくのだろうと桃夏は頷いた。
 光樹【そんなじろじろ見るなよ。なんか顔についているか?】不意に顔を背ける。光樹なりの照れ隠しだと桃夏は分かっていた。
 桃夏【そういえば…光樹はいつデートしてくれるの?】光樹はすぐに、驚いた顔をした。
忘れていたのを悟られない様に必死に理由を探す光樹は子供に見えた。
 光樹【今から…行くか?】目をそらして言葉を交わした。桃夏はうん。とだけ頷いた。
 プルルルル…。
すぐに、着信をとる。光樹は顔を顰める。桃夏は言葉がなくても理解できた。
 光樹【桃夏…事件だ…。】
 桃夏【行こう。二人で事件の核(スイッチ)を止めに行こう。】
 二人は言葉通り現場に向かった。桃夏は走りながら微笑んだ。この先も光樹とはライバルの様な気がしたから。
 刑事【学生が何の用だ。】二人を足止めした。
二人は揃って口を開いた。
 光樹【臨床心理学 専攻の東海林 光樹】
 桃夏【物理学 専攻の平山 桃夏】
捜査協力の為、こちらに伺いました。
               (END)

(あとがき)
  初めまして、『アインシュタインの罪』を購読ありがとうございます。Snowと申します。今回、ミステリー小説を初めて描かせて頂きました。書いている間、苦労した点はありましたが、購読して頂き凄く喜びました。そして、いくつかの謎があったと思いますので解説をさせて頂きます。何故、アインシュタインの罪というタイトルなのか?そこには、深い意味がありました。
“アルベルト・アインシュタイン”は後に原爆と言われる、原子爆弾の開発に携わった過去がありました。戦後、アインシュタインはこう語りました。【こうと分かっていれば、自分は時計職人にでもなるべきだった。】と語った。天才物理学者でさえも選択を誤ってしまう。そこに着眼し人とは心に衝動という“核”を持っている。心とは心理学。そしてこの心理学×物理学という作品が生まれました。
諸説ある中の一つではありますが、過去の過ち、現代社会で言えば後絶たない。
“いじめ”この過去の誤りであれば誰しもが、加害者・被害者になりかねない。この二大課題を表題についてさせて頂きました。
 苦しみとは耐えかねるものです。その中で生きる強さ。も伝えたかった一部ではあります。この作品は、小説としては短いものですがメッセージ性を試行錯誤した作品になるので一人でも多くに届いて欲しいです。人の心とは通じます。人を思うが故の苦痛もあれば、幸せがあるのも事実です。深みを知るのも良いかもしれません。
そして、シリーズ化する事は確定事項なので、これからもSnowの世界観をよろしくお願い致します。
 最後になりますが、購読誠にありがとうございました。光樹×桃夏のファンが出来ることをお待ちしております。
 次回作でまたお会いしましょう。
                Snow

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