一人きりの1限目
大学3年生の春。
1年、2年と順調に単位を取得していた私は、3年生になると必修科目はほとんどなく、時間割を組む自由度は今まで以上に高いものだった。
私は朝型よりも圧倒的に夜型の生活が合うタイプだったが、大学の授業に関しては違った。
大変なことは早く終わらせてしまいたい、人が少ない講義を受けたい。
そんな考えがある私は、多くの大学生が苦手とする1限と2限が大好きだった。
大学で配布された講義の時間割表とシラバスを交互に見ながら、時間割の検討をしていると、木曜日の1限に小難しい名前の講義を見つけた。
シラバスによれば、決して面白そうとも言えない内容ではあったが、興味がないわけでもなく、単位と時間割の都合もピッタリだったため、私は受講をすることに決めた。
そして、新学期最初の木曜日1限がやってきた。
指定された教室は、メイン棟の5階にある小さな教室だった。
大学側は、例年の講義の受講人数を元に教室を割り振るため、教室の大きさによってある程度の受講人数は予想できた。
小さな教室ということは、私の狙い通り、人が少ない講義なのだろう。
9:00から始まる講義。
私はいつも開始の15分前には着席しているのだが、10分前・5分前になっても、他の学生が教室に入ってくる様子がない。
キーンコーンカーンコーン
9:00を告げる校内チャイム。
遅れること数分、教授の方が教室に入ってきた。
教「おはようございます。・・・あれ?お一人ですか?」
私「おはようございます。そう・・みたいですね。」
教「遅刻しているんですかね?申し訳ないですが、10分ほど待ちましょうか」
私「そうかもしれませんね。わかりました。」
チクタクチクタク・・
小さな教室に流れる静寂。時はあっという間に経った。
教「来ないみたいですね・・。まあとりあえずあなたは受講する意思があると思いますので、講義内容の説明をしますね。」
私「はい、ありがとうございます。よろしくお願いします。」
教授は私一人だけに対しても、とても丁寧に説明をしてくれた。
この時点で私は受講することを決めた。
教「説明は以上ですが、受講はしますか?」
私「はい、是非受講させていただきたいです。」
教「わかりました。学生が一人の場合はどうなるのか、教務課に確認してみますが、来週になれば増えるかもしれませんね。」
私は忘れていた。受講生が極端に少ない場合は、開講されない可能性があることを。
しかし、1限の講義と言えども、さすがに一人のワケがない。
少し不安になりながらも、次の木曜日が来るのを待った。
そして、木曜日はやってきた。
教室に15分前に到着。誰もいない。
10分前・5分前。
キーンコーンカーンコーン
9:00を告げる校内チャイム。
遅れること数分、教授が教室に入ってきた。
教「おはようございます。どうやら他に学生は来ないようですね。」
私「おはようございます。そうみたいですね・・。」
(やはり一人じゃ開講はされないのか?時間割の組み直しか?)
教「受講を希望する学生が一人でもいれば、開講してもいいようなので、頑張ってやっていきますかね。」
私「はい!ありがとうございます!よろしくお願いします!」
こうして、私と教授のマンツーーマン講義の日々が始まった。
私は自分で言うのもなんだが、かなり真面目な性格である。
大学の90分間の講義で寝たことは一度もない。と言えるほどではないが、
自分に対して一生懸命になってくれる方には、こちらも全力で取り組むことで誠意を見せたい気持ちは誰よりも持っているつもりである。
このマンツーマン講義では、教授は毎回たくさんの参考資料を用意し、私の理解が深まるように努めていただいた。
私の講義への取り組み方が、教授をやる気にさせた面も少なからずあるのではないかと思う。
講義は回数を重ね、単位の話になった。
受講生が私一人という予想外のことは起きたが、成績の評価方法はシラバスに記載していた通り、テストによって行うことになった。
私の大学のテスト形式は、
・最後の講義にテストを行うパターン
・定められたテスト期間内に行うパターン
の2パターンに別れていた。
何度も言うが、受講生はなんせ私一人。前者のパターンが採用された。
テストの形式は、短答式の設問が10題。
1題につき10点の100点満点。
出題箇所は配布された資料で取り上げた重要なポイントを中心に出るとのことで、温情無しのガチガチのテストになった。
私は教授をガッカリさせないためにも、念入りに勉強をした。
そして、テスト当日を迎えた。
勉強の成果もあり、私はスラスラと答えを書いていく。
私が解き終われば、それはテスト終了の合図。
教授はすぐにその場で採点をしてくれた。
教「お疲れさまでした。バッチリでした。成績は何も問題ありません。」
私「ありがとうございます。それは良かったです、安心しました。」
そして、教授は嬉しい言葉を掛けてくれた。
「学生がみんな○○さんみたいだったら、こちらとしても嬉しいんだけどね〜」
※○○は私の名前
決して他の学生の出来が悪いとかではなく、物事に取り組む姿勢などを評価しての言葉だったと思うが、自分の学生生活の送り方が認められたようでとても嬉しかった。
今思い返せば、きっと自分の開講する講義に学生が集まらないのは、研究が仕事のメインである教授といえども、ショックだったと思う。
でも、やる気を持って受講する学生が一人でもいたことで、救われる面があったことも間違いないだろう。
こんな経験をできた学生はきっとほとんどいないだろう。
いや、きっといない。
木曜日の1限目は、私にとって忘れられない思い出になった。