確かなもの探し②
体験自体は確かなものだと言えるんじゃないかという話の続きです。
これについて考えていて、まず「確かなもの」って何なんだろうと思うに至りました。
「確かなもの」という言葉の定義の部分。
わかっているつもりで言葉を使っていましたが、考えれば考えるほどわからなくなって…
わからないことは、確かなのだね。
確かに!笑
って、この場合の(僕が言ったほうの)「確かさ」っていうのは、「本当にその通りだと思う」という意味ですね。
答える側の僕のいった「確かさ」っていうのは、「本当だ」ということですね。
本当とは何かな。
おお…
これってもしかして際限なく続くんじゃ…
とりあえず辞書を当たってみましょう。
こうみると、僕が今探している「確かなもの」とは、「偽りや見せかけではなく、確実で、信頼できるもの」ととらえるのが分かりやすい気がしますね。
では、どうだろう。
体験は「確かなもの」だろうか。
そうですね。
体験は、例えそれが「偽りの体験」であろうと、体験として受け取られたものであるはずです。
「僕が受け取ったもの」という意味では、確かなものなんじゃないかな。
確かに受け取ったわけだし。
昨日は電車に乗ったかな?
昨日の夢でという意味で?
どうだったかな…
昨日は乗ってない気がしますね。
…
あ、あぁー…
そうですね…
夢での体験…忘れてる…
そういう意味では、過去の起きているときの出来事も、記憶があやふやかも…
はっきりと覚えていると思っていても、後で思い直すこととかあるしな…
だめじゃん、体験、全然確かなものじゃないじゃん。
あ、でもアカシックレコードは?阿頼耶識といってもいいですが。
そこにはすべての体験の記憶が残されているんじゃない?
それなら確かだって言えるかな?
冗談が好きだね。
はい、はい。
僕はアカシックレコード読めないし。
阿頼耶識知らないし。
それがもしかしたら存在するとしても、それを前提に考えちゃだめですよね。
そういうことだ。
可能性に心を開くことは大切なことだ。
だが、今はあなたが確かだと思えるものを探している。
知らないものを前提にはできない。
ですね。
振り出しか…orz
そんなことはない。
このやり取りの中でも成長を感じているだろう。
まぁそれはそうですね。
なかなかおもしろいです。
うん、「確かなもの探し」、頑張ろう…!
PS
お借りした素敵なトップ画像のように、瞑想しながら考えよう。
(それじゃ瞑想にならない)