妊活未満
「こどもがほしい」
ずっとずっと思っていたことだけれど、ここ数日、突然涙があふれるような気持ちになる夜がふと訪れる。
なぜだろう、なぜこんな気持ちになるのだろう。
いわゆる母性本能、というやつかもしれない。
生まれ育った家庭に対して100%の信頼を持てていないから、そんな存在を自分でつくりたいのかもしれない。
理由は自分でも明確にはわからない。けれども、幼き頃から、いずれ自分は家庭を持って、子供を2人産む。そんなことをいつも考えていた。
わずか50人ほどの職場では、わたしが知り得るだけでも10名以上の人が不妊治療をしている。もちろん年齢も様々、第一子なのか第二子なのかも様々。
けれども週7日のうち5日間を同じように働いている人たちがそういうことになっているということは自分も…結婚前からずっとずっと漠然とした不安があった。
そして昨年、結婚した。
ただ、これは不妊治療をしているとか、お金が貯まったら、とかそういう類の話ではないのだ。
我が家は新婚。けれども、子供ができるためのその行為にいたらない。近頃は全くない。
もともと2人ともとても多忙で、頻度が高いわけではなかった。愛がなくなったわけでもない。
旦那はよく聞く「まだ」いらない族。やりたいことがまだまだたくさんあるからこそ、自分の選択を狭めてしまいそうな子供は「まだ」いらない。
しかしこちらにはキャリアの選択のタイミングや身体のリミットがある。年齢的にはもう妊娠確率が下降するフェーズに入っている。
だからこそ、結婚式が落ち着いたタイミングで、今後の家族像について話をした。そして解禁のタイミングを一緒に決めた。
わたしの思いも汲み取ってくれたと思っていた。
けれども、在宅勤務で毎日一緒の空間に2人きりでいる中、行為が全くない。
この我が家で起こっているセックスレスという社会問題に触れてみると、旦那から出てきた答えは、「子供をつくることがよぎると萎える」。
(たとえ避妊したとしても)妻を抱くという行為よりも、まだ子供はいらない、という想いが強く勝る。
そういう心情なのだそうだ。
「こどもがほしい」
そう調べると、たくさんの情報が出てくる。
-旦那と一緒に不妊治療に行った
-排卵日に合わせてみたけどダメだった
そんな記事が多い中で、そもそも旦那に協力をしてもらえないわたしはどうしたら良いのかと無性に悲しくなってしまった。
とても利己的で自分勝手な感情。
どうしてと言われても説明できない、納得させることができない感情。
この想いはどこに仕舞えばいいのか分からなくて、夜中に突然、とりとめのない文章を書いている。