99話。英語学習法
今日のハイライトは、ひなたがストレートに下ろした髪でした。ロングヘアーをいつも束ねていて、元気な活動家である側面を表し続けていた中、時の流れを示すかのように大人びた姿を、自室で見せてくれました。すでに30歳になったでしょうか。同級生には子供が生まれました。
短い訓練期間を経て錠一郎のピアノはプロの腕前へと成長したようです。劇伴を担当する金子隆博さん同様、知人にも管楽器を挫折しピアニストへ転向された人が実在します。クインシー・ジョーンズのように編曲家へ転身して大成功を収めた例もあり、こうしたことは珍しくありません。1からやって、そのスピードは有り得ないので、きっと隠れて弾いていたに違いありません。彼の演奏する姿を、私たちは画面で見ることができるでしょうか。
るいが、ラジオ講座の冒頭の挨拶から丸暗記していたのには感心しました。ひなたも一生懸命音声から学ぼうとしています。私は約1年(実質300日)間米国に住んでいたことがあり、その期間は真剣に英語を勉強していました。音楽に挫折し、仕事を辞めて向こうへ行きましたので、英語が出来るようになるだけで十分と思いました。
語学学校に籍を置き、滞在期間の過半数の日々を、半日ではありましたが学校で過ごしました。宿題をこなす傍ら、到達の目標を現地の大学院を受験する資格を得るに足るTOEFLのスコアをクリアすることに置いていましたので、自身の計画に沿った英語学習も、受験生よろしく頑張っていました。
考えてみれば、そうして部屋にこもって勉強することは、日本に居たって同じだとも言えます。もちろん英語習得という点で、部屋を出れば英語を聞き、喋らなくてはなりませんし、目に入る文字情報も同様ですから、腕試しに事欠かない利点は大きいと思います。しかし日本を一歩も出ずともできることを、贅沢にも場所を移して行っていたのは事実です。だからこそ、その期間を無駄にしない努力はしたつもりでいます。
私の、学校に通い、そのカリキュラムをこなす以外に行っていた勉強は、しごく単純なものでした。今でもあるのかわかりませんが、都心部の日系書店で、日本から取り寄せられた英単語学習帳を1冊買って、付属CDを聴きました。重要度の高い英単語が数百集められたリストであり、特に日本人が誤って理解しがちな(誤解された和製英語になったような)単語が、その本質的な意味がわかるような例文と共に解説されています。CDは、ネイティブスピーカーが、ただその例文を順に読み上げていくだけのものです。日本語が挟まらないのが良かったです。訳が後を追うようでは使い物になりません。
冒頭はsmartで始まり、例文はPigs are smarter than dogs.でした。1枚のCDに収録できる時間いっぱい、このように短文が次々と読み上げられます。これをノートに、文章そのままに書き取っていきます。1チャプターを全てやり終えると、本を開き答え合わせをします。音声が聴き取れ、文章を書き取れたとしてもスペルが1箇所でも間違っていれば不正解です。そのチャプターの90%が完全に書き取れるまで何度も繰り返します。もちろん先に挙げたような子供にもわかるような語彙だけではありません。大人の社会で耳にするレベル、即ちTOEFL / TOEICの対策に効果的であるように選び抜かれたものになっています。
この本の内容を、そうして一旦は全て覚えるまでになります。このとき、私のリスニング能力と共にスピーキング能力が比べものにならないほど向上し、生活するに当たっても困ることのないレベルになりました。アメリカを出るまでに、目標としていたスコアをとり、帰国後にTOEICを受けても満足いく結果となりました。
言語習得のキーは語彙力と聴取力だと思っています。難しい話法は、結果的にそれを肯定しているのか否定しいるのかだけわかれば正しい理解と言えるので、その程度で大丈夫です。相手の言っていることがわかるためには単語の意味をあらかじめ知っていることと、自分の持つ語彙が音声となった時にそれと当てはまるかどうかに掛かっています。
学校にいたときは文章を書かされたり、文法の問題集をやらされたり、スピーチの用意をさせられたり、フィールドワークへ出されたり、まぁまぁ色々やりましたが、全ての基本は「いっぱい単語を知っている」ことと「聞いた時に単語が特定できる」ことです。
渡航に先立って現地へ旅行しています。その際に、あるオフィスで、どの部屋へ行けばいいか尋ねたとき、相手はエイ、と言いました。Aの部屋を探し回っても見つからず、戻って聞き直しても同じ事を言います。しばらくの混乱を経て、それが8であることがわかりました。私たちはエイトと思っています。しかし現実にはトの部分は耳に届きません。
というわけで、ひなたが、本日の放送回(第99話)の後半を、ずっと英語でナレーションしているのは、胸が熱くなりました。ラジオで勉強する、耳から言語を入れる学習は正しいと思います。目の前に人がいると、表情を見れば伝わる部分もありますが、ラジオではそうはいきません。音声だけで理解できなくてはならず、耳を鍛えるのに有益です。錠一郎はどうやら天才的な音楽家であるようで、それは耳の良さが支えています。ひなたにはその才能が引き継がれているようです。