Gentle Thoughts その1
1977年発売のリー・リトナーによる同名アルバムは、その時13歳だった私にとって衝撃でした。音楽の情報は雑誌とラジオからしか得にくい時代でしたし、中学に上がったばかりの少年にはレコードを買うお金もままなりません。しかし愛読誌がミュージックライフからプレイヤーマガジンへ、やがてアドリブへと変わっていき、ジャズミュージシャンではないスタジオ系セッションミュージシャンが流行らせた音楽への関心は、聴取体験を伴わぬまま膨らみ続けました。好奇心が臨界点を超えようとするとき、何か一枚だけ買うとしたらこれだと確信して、「ジェントル・ソウツ」を選びました。私自身はギターという楽器に深く没入しており、リー・リトナーが当時のメディア的には腕前においてナンバーワンとされていました。そしてこの翌年にチェリーレッドのES-335を模したグレコのギターを買いました。
ピアニストの桑原あいさんがJ-Waveの番組に出られたときに『キャプテン・フィンガーズ』のベースラインをエレクトーンのペダルで弾いていた(小学生の時?)エピソードを話されていました。その番組では、トピックで特定のミュージシャン、アルバムに触れるとBGMに流れてくるのですが、その時聞こえたのは同名タイトルのアルバムに収録されるリードテイクの方で、参加しているベーシストはアルフォンソ・ジョンソンです。彼女が夢中で聴き、エレキベースへの興味の門を開いたのはアンソニー・ジャクソンだとおっしゃっていたので、それは、間違いなくこの「ジェントル・ソウツ」に収録された方のテイクでしょう。
日本企画のアルバムですから、さもありなんですが、日本のミュージシャンに絶大な影響力を与えたアルバムであることは間違いありません。そして、結局のところ、私自身にとっても、ここで聴けるアンソニーのプレイが三つ子の魂百までとなって、エレキベースが楽曲中でどのように振る舞うべきかの指標であり続けているわけです。
といった話はどうでもよくて、このアルバムに対峙する取り組みの一貫として、昨日2曲目の『シャンソン』を採譜していました。他のトラックに較べて、特に語られることのない1曲ではありますが、デイブ・グルージンの作曲のうまさが表れていると改めて感じ入ったのでここに記します。
アーニー・ワッツによるフルートの旋律はC調のペンタトニックから始まるので、リラックスした牧歌的なバラードの様相ですが、展開するに従い、めまぐるしい転調が用意されています。サス4からのドミナントモーションの連続が迷宮に誘い込みますが、僅かに使用される明確なドミナントの響きが、効果的に難解さから救い出してくれます。一方、終止はAマイナーですが、曲中のセクションではAメジャーにも解決し、情景描写のバランスが絶妙です。
メインテーマの一箇所にEbm7(b5)onAbという和音が出てきます。これはDbMaj7へ解決するサス4なのですが、その一瞬の響きが見事に格調高くはまっていました。ここの、このコード遣いに唸らされたのが、明らかに本日の記事を書くモチベーションになりました。
火の出るようなアドリブの応酬を、ダイレクトカッティングという一発勝負の場で演じきるというのが、オリンピアンの競技にも近いレベルのものであったことは否定しません。ですが、用意されたマテリアルの中で、特に耳目を集めることは無くても、このように優れた楽曲がさりげなく提供されていることが、アルバムの評価をいつまでも高いレベルに留めている所以ではないかと思います。また何か見つけたら書き残しておこうと思います。