【埼玉県東松山市】鎌倉殿の比企氏、史跡めぐり 北条政子も縁の正法寺 22.09.30_13:30
比企能員縁の地最後は正法寺。
概ね平らな埼玉県ではあるが比企郡は割と凸凹の激しいところにある。
正法寺も岩殿丘陵に張り付くように存在するアップダウンの激しい寺院だ。
一般には岩殿観音の呼び名で親しまれる寺院は坂東三十三観音霊場の十万札所。
鎌倉時代の初期、比企尼を乳母とする源頼朝の命で北条政子の守本尊として比企能員が復興した。
仁王門をくぐり、いきなりの長い階段を上がりたどり着く観音堂は趣が素晴らしい。
明治の初期に火災にあい、高麗村の長念寺から移築されたものだそう。
見下ろす長い参道が美しい。
参道の両端に比企氏の旗指し物が沢山はためいていた。
みんな大河の波に乗っかりまくりだ。
境内は霊的なものがビシビシと感じる空間になっている。
グーグルマップもない時代に、こういう立地を探し出す昔の人の凄さを感じる。
大銀杏が影を作って気持ちがいい。
色づいたときも見てみたいなぁ・・・
というわけで比企氏の縁の地巡りだったんだけど、結局寺社仏閣廻りになってしまった。
畠山氏みたいに公園があったり像があったりしていないところが・・・中川大志と違い、佐藤二朗じゃ仕方ないか(笑)