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『創世記』⑥――聖職者たちの暗躍――

第六章 聖霊秘抄

そのかみ、人は樹上の存在から地上の存在になった。
人は地上にあっても神々を慕い、神々の守護を願った。
人に慕われ人を守護する神々は、自らを補佐する存在、地上の人と神々を結ぶ存在を欲した。
そこで神々は、その意志に従い、その望む方法で自らの手足を創り出し、その中でもいと優れた者を神々の意図の代理者と定めた。
人は、神々の手足を“使徒”あるいは“御使”または“聖霊”と呼び、神々の意図の代理者を“小神格”と呼んだ。

地上にあっても人は自由に“聖霊”と“小神格”と交わった。
人と“聖霊”との間にあらゆる隔たりはなく、共に語り、共に喜び、ときには共に怒り悲しんだ。
神々の恩寵と誡めは、聖霊を通して人に行き渡り、人は幸福だった。

ところが、“僧侶”と“祭司”たち“聖職者”は、人と聖霊の近しい交わりを快く思わなかった。
自らこそが神々の選び出した人の代表であり、神々の意志は聖職者を通じてのみ降ろさるべきだ、と。
そこで聖職者たちは一堂に会し、神々に呼びかけた。
「人と聖霊の自由な通交を禁じて下さい。そうでなければ、神々がお選びになった我々聖職者の立つ瀬がありません」と。
聖職者たちの訴えに耳を傾けた神々は、ここにパンデオスを開いた。
“在って在る”神は深い眠りにあり、“時の神”は黙して何も語らなかった。
白い神々のうち、“生命の女神”は命の公平と遍在の故に異を唱え、他の神々は黙して答えなかった。
黒い神々のうち、“死の女神”は死の公平と遍在の故に異を唱え、他の神々は黙して答えなかった。
最後に摂理と転変を司る神が答えた。
「聖職者は、人を正しく公平に導くことが役目ではある。しかし全ての神々の意志は、全ての人に等しく与えられるものであり、そこに聖職者とそれ以外の人との間に差別はない。従って、聖霊と人との通交を聖職者に限るのは正しくない」、と。
ここにパンデオスは決し、神々は聖職者の願いを否とされた。

パンデオスの定めを享けて、聖職者たちは泣く泣く神々の前から退いた。
しかし、聖職者たちは諦めてはいなかった。
聖職者たちは密かに謀り、寺院と神殿を除くすべての場所に、見えない霧を立ち昇らせた。
この呪われた霧は、人の心の目を覆い、人の心の耳を塞ぎ、人の心の声を遮った。
呪われた霧に包まれた人は、聖霊の姿を見失い、声を聞き洩らし、呼ぶ声を忘れ去った。
聖職者たちの謀は功を奏し、聖霊との通交を断たれた人は悲しみ、困惑し、地上における神々の代理である寺院と神殿に集った。
聖霊との通交を独占した聖職者たちは、自らを通して人を導いた。

人からの呼びかけが途絶え、自らの呼びかけに応えない人の異変に気付いたのは、月のない闇夜を司る黒い聖霊だった。
惰眠を貪る貴人と、人目を忍ぶ恋人と、夜陰に乗じる盗人からの祈りと呼びかけが突然途絶え、闇夜の聖霊は訝った。闇夜の聖霊は闇夜の小神格に注進し、闇夜の小神格は主神である新月と月蝕の神に報告した。
新月と月蝕の神は、自らと近しい三つの人倫の神々に異変について訊ねた。
怠惰の神、性愛の神、物欲の神も異変に気付き、新月と月蝕の神の問いに応と答えた。

そこで新月と月蝕の神、怠惰の神、性愛の神、そして物欲の神は、各々の小神格に命じ、自らの祭司たちを検めた。
四つの小神格は聖霊たちを駆使し、ほぼ全ての祭司と、全ての僧侶が人に霧の呪いを行使したことを知った。
四つの小神格たちは、それぞれの主神に霧の呪いを報告した。

新月と月蝕の神、怠惰の神、性愛の神、そして物欲の神は、人との直接の通交を是としていたので、この状況に憤慨した。
しかし聖職者たちは結託して人と神々とを切り離しており、また人は霧の呪いに気付いてはいなかった。
新月と月蝕の神、性愛の神、そして物欲の神はパンデオスへの付託を主張したが、怠惰の神がそれを諫めた。
「霧の呪いは人が人に仕組んだものであり、人が自ら霧の呪いに気付き、振り払う努力をしないなら、何をしても霧は晴れない」と。
新月と月蝕の神は箴言を聞き入れ、時が満ちるのを待つこととした。

だが物欲の神と性愛の神は、小神格に行動を命じた。
物欲の小神格は、聖霊に命じ、敢えて祭司を通して“三条の神託”を下した。
”三条の神託”を解いた人は、呪いの霧の三割が晴れた。
性愛の小神格は、聖霊を通じて霧の呪いに関与しない祭司の一族を選び、一つの使命を与えた。
使命を享けた祭司の一族は、性愛の神の祭司たちとは別れ、時が満ちるまで、この聖典と使命とを密かに守り伝えることとした。

※三条の神託
 一.汝の欲するところに忠実であれ。
 一.欲すれば獲得せよ。奪われたなら奪還せよ。
   但し最上は奪わず、奪われないことである。
 一.汝の欲するところがどこから来るか、よく見極めよ。

……以上が『創世記』第六章「聖霊秘抄」と呼ばれる、失われた断章です。

正確には、聖職者たちには非常に都合が悪いので、寄ってたかって封印してしまった、というのが真相なのですが。

この失われた「聖霊秘抄」をめぐり、この世界の既存の宗教組織を破壊してしまおう、そんな話が未執筆の”白銀時代”『訓《おし》えの終焉《おわり》』という長編です。

冒頭部分を書き始め、またプロットと設定も大学ノート十数ページにわたって準備しましたが、プロット上のある欠陥をうまく補完できず、足踏み状態にあります。これが書き上がれば、ある意味で御陵のまとめの出来上がりなのですが……。

この『訓えの終焉』、書き始めたのは三年ほど前。他の話よりも先にプロットはできていたのですが、一か所だけどうしても矛盾を解消できず、そのままに。御陵が他のサイトで書いた『贖罪の屍者』という話に”ユディート”という聖騎士の少女が出てきますが、本当は『訓えの終焉』への登場が先になるはずでした。

ちなみに、御陵は有神論者です。神なる一者の存在と公平を信じております。でもキリスト教徒ではありません。「神と人とは、組織を介さずに個人的に関係を結ぶべき」というのは、御陵の持論でもあります。その昔、プロテスタントの方と少し話したことがありましたが、御陵の考え方は「無教会派」のものに近いのだとか。

以上で、”白銀時代”の基底をなす『創世記』は完結です。このあとは、折を見ながら他の神話や昔話、”白銀時代”の魔術や技のリストなどを記録していこうと思います。

ここまでお付き合い下さいまして、ありがとうございます。ご興味があれば、引き続きちらちらと覗きに来て頂けたら嬉しいです。

よろしくお願い致します。

※ しばいぬだいすきさんによる写真ACからの写真


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