黒ひげ危機一髪~わたしに起こった小さな危機一髪
松川さんの「危機一髪~命あっての物種」の投稿に触発されて、まだ自身が若い頃に体験した危機一髪を書いてみます。
ほんまもんの危機一髪を読んでみたい方は、こちらをどうぞ。
さて、わたしの場合の危機一髪は、非常にスケールの小さい話しです。でもあれは、当時のわたしには、相当におっかない出来事でした。20年以上も前の話しなので、詳細に書き綴るのが困難ですが、想像を膨らませて読んで頂けたら幸いです。
あれは、30代前半の春から初夏にかけて、時間は10時前くらいに突然、降って湧いたようにやってきました。その時、事務所には、わたしと経理のおじさんの二人だけが仕事していました。「コン、コン」と事務所の扉をノックする音がしました。「はい。どうぞ。」と扉を開けると、そこには、細身の一見サラリーマン風の、でもどこか違和感のある中年の男性が立っていました。彼は、突然名刺を差し出してきました。「こう云うものです。」と差し出された名刺を見た瞬間、わたしは凍り付きました。
差し出されたその名刺は、四辺の辺の全てが、まるでチリ紙を割いたようにボソボソになっており、しかも、薄汚れていました。印刷の字体も明朝体ではないちょっと格式ばった毛筆のような字体で、「...同和...同盟」(記憶が定かではないため思い出せなくて、すみません)住所は、鹿児島県指宿...(ここ名古屋なんだけど。。。)名刺のボソボソは、意図的に作られたものだと、すぐに気が付きました。中学、高校の学生が、革の鞄をわざと傷付けたり、新品の革ジャンを軽石とかでこすって、箔をつけたりするあれです。この名刺、ご丁寧に古臭い感じの折り目まで入れてありました。(まずいぞ。これ、絶対まずい。)名刺を差し出されてから、数秒の出来事でした。
はっと我に帰ると、すでに、彼らは、入り口の脇に備え付けられた応接セットに「どうぞ」と促されれば、そのまま座れる場所に立っていました。彼ら。。。そう。そこには、二人立っていたのです。わたしは、「どうぞ」と彼らを椅子に座るよう促しました。本当は、そんな言葉など掛けたくなかったのですが、もうそう云うしかない状況でした。わたしの向かって右側には、一見サラリーマン風の得たいのしれない男が座り、左側の男は、まるでこれはジャガイモかと云うような歪な形のツルツルに剃り上げた頭の男が座ることになりました。本当にジャガイモのような頭の形でした。その理由は、一見してすぐに分かりました。ジャガイモの窪みのところに何針も縫う痛ましいキズ後が残っていたからです。どう見ても、頭蓋骨の三分の一が割れる生死を彷徨う大けがだったはずです。この投稿の画像。「これなんだろう?」と思われたでしょうが、そう云うことです。そのキズ後から、下になぞって説明していくと。。。眉毛。無いです。きれ~に無い。脱毛したかと間違うくらい無い。目つきも鋭く、所謂、三白眼。瞬きなど一切せず、こちらの目の奥だけを凝視してきます。服装はと云うと、絵に描いたようなチンピラ・ルック。右側の男は、きちんとしたスーツにネクタイ。まるで、昭和の三流やくざ映画のような設定です。(困った。本当に困ったぞ、これは。)
動揺を隠せないまま、名刺をテーブルに置くと、途方に暮れる間もなく、スーツの男が、話し始めてきます。それも、淡々とゆっくり丁寧な言葉使いで。それは、初対面の相手で、通常のビジネスシーンであったなら好感が持たれたことでしょう。でも、スーツの男が言葉を積み重ねるたびに、わたしには、恐怖だけが積みあがっていくのでした。
スーツの男の話しを要約すると、「自分たちは、日本の同和問題に心を痛め、その解決を目的に日本全国を廻り、この趣旨に賛同される方たちからの支援を募っている。」「ついては、ご賛同頂いた証に、この名簿を貴社に置いて頂き、協賛していただきたい」と豪華な本を差し出され。。。わたしは、それを手に取ってしまいました。箱付きの豪華な装丁です。箱の中の本は、勿論ハードカバーです。箱から中身を出すことはしませんでした。わたしは、それを丁重にテーブルの上に置きました。
相手と自分のちょうど真ん中の位置に。
スーツの男は、「いくらでも構わないので、我々の活動に賛同して欲しい」と迫ってきます。(いくらでも構わないって、それ、一番あかんやつですよねぇ)一円でも払うと、時間を於いて何度でもくると話しには聞いていたので、「お恥ずかしいですが。うちのような貧乏会社には、このようなりっぱな本に見合うような協賛は出来かねます」と固辞するのですが、「いくらでも、構わないのですよ」とぐいぐいと迫ってきます。その内、ジャガイモ男が、段々とこちらの顏をのぞき込むようにして、下から目あげてきます。部屋に入ってから一度も声を出すことなく、ただただ、黙ってわたしの目の奥を睨みつけているのです。この時、頭の中はとてもクリアでしたが、どうしても体に力が入りませんでした。気が付けば、膝がプルプルと笑っていたのです。
このような押し問答を三、四周繰り返した時にハタと気が付いた。
この事務所には、もう一人いる!(やった!二対二ならなんとかなる!)
助けを求めるように目をそちらにやると。。。
下を向いて、微動だにしない経理のおっさんがおりました。
(アカン。。。このおっさん、風景の一部になっとる。orz)
(自分一人でなんとかするしかない!)そう悟ったわたしは、覚悟を決めました。とにかく、相手はプロです。下手な応対は、逆手に取られるはずです。場数を踏んでる彼らは、どんな応対でも、すかさず、Aパターン、Bパターンで畳み込んでくるはずだと考えました。(どうする。どうすればいい。)脳みそが沸騰するぐらい必死で考えました。一計を案じて出したわたしの答えは、千日手でした。将棋の千日手です。お互いが、同じ手を三回続けて指すと指し直しになるあれです。要は、商談をクロージングさせなければいいのです。(よ~し!こうなったら、十周でも二十周でもしてやる!)
スーツの男は、微妙に攻め手を変えて迫ってきましたが、わたしは、なんとか話しを振り出しに戻すように努めました。その間、沈黙のジャガイモ男は、角度をきつくして、どんどん下から目あげてきます。最後は、顏を横に傾けて、テーブルの高さまで下がってきました。もうそうなると、わたしの膝は、左右に笑うだけでなく、上下動まで加わってきました。(止まれ!止まれよ。オレの膝。TT)
相手も流石にプロでした。お昼のベルが鳴っても、まだ諦めてくれません。(あぁ。今日はお昼抜きだなぁ)それから、十五分くらい経ったでしょうか。突然、「ご賛同いただけなくて、残念です。」と告げ、帰ってくれることになりました。勝ったと云う気持ちなど、微塵も起きませんでした。ただただ、疲れた。その一言でした。
帰り際、ジャガイモ男は、わたしが手にしていた名刺をピッと取り上げて、彼らは、そのまま帰って行きました。扉が閉まり、しばらくすると、経理のおっさんが、「いやー、大変でしたねぇ。」の一言。
(おい!この風景!大変だったのは、オレだけだろ!)
まぁ、責めてもしょうがないことですけどね。誰だって、本物はおっかないです。(チャンチャンw)
後付け。
後日、あぁ云うプロの方たちが、金額を提示しないのは、犯罪要件を満たさないようにするだけではないことを知りました。どうしたら勘弁してもらえるかを相手側に考えさせることに意味があるそうです。許して貰うために自分が出来る最大限の回答を相手が提示するように仕向けることが、最大の目的だそうです。