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愛されるオリジナル。

私は、Archという洋服屋が大好きだ。
これは入社前も、今も変わらない。
っていうか、むしろその気持ちは今なお増幅し続けている。

だが、困ったことが1つ…。

「なんで好きなの?」という問いかけに、好きなのにも関わらず私はずっと応えられずにいた。

「かっこいいからだ」って口から出そうになるけれど、その「かっこいい」っていう中にも理由が絶対にあるし、ショップスタッフたるものその理由を言語化できなければならないと思う。

けど、今の私にはそれができない。
いや、するべきじゃ無い。というかできなくて当然か。

Archという洋服屋が生まれて20数年。
この長い年月を費やし、先人たちが築き上げてきたArchの文化(スタイル)を、入社して2年弱の私が理解し、他者に伝えるなんておこがましい話だ。

けど、大好きだという溢れん気持ちは伝えたい…。
そこで私は"Archオリジナル"を誰よりも愛することにした。
いや、そうしたわけじゃないな。元よりそうだった。

Archという洋服屋を、"Archオリジナル"を通して、私にしかできない切り口で。私の中に宿るArch大好き魂を他者に伝えていきたい。

・ 私にとってのオリジナル。

「大好きな洋服屋が作ってる洋服だから、カッコいいに決まってる」

私がArchオリジナルを好きな理由はこれだ。
まだ客だったあの頃から変わらずにずっと。

しかしこの理由は"好きだ"という感情が優先されたもので、他者に伝えるとなると少し論理性に欠けるから、私と同じマインドやパッションを持った人間にでないとこの思いは伝えきることが難しい。

暑苦しく感じるだろうし。
感情的な長い話ほどつまらない話はないだろうから。

「かっこいいんですよ!」とか。
「めっちゃ似合ってますよ!」とか。

言うのは簡単だが、私の好きなArchはこうじゃない。

冒頭にも言ったが、「かっこいい」の中にも理由があるし、「似合う」というのも"生物として"骨格であったり、肌や髪の色。身長や体重、容姿だったりが洋服と合致してはじめて「似合う」という理由に繋がるはずだ。

それらを言語化して伝え、納得していただいた上で洋服を買っていただく。

これが私の好きなArchであり、憧れたArchだ。

ただ、これらを全て網羅し他者に伝えるには、洋服とは全く関係のない分野での勉強や経験が必要になってくるが、これらはお金で買うことは決してできないもので、得るためには人生という時を過ごしていく中でしか見出すことしかできない代物だと思う。

日々生きていく中で沢山の経験をし、様々な景色をみて、血の滲むような努力を経た人間の"所作"に「かっこよさ」が生まれるのだと私は思う。

その所作が人によって違うから、何事にも"良し悪し"が存在し、その違いが各々の"価値観"としてファッションや生活様式、好きな食べ物とかをはじめとした違いを生むのかな。って私は思う。

多分、全人類が同じルーティーンでもって、同じ環境や世界で生きていたら1種類の人間しかいないでしょうし、洋服だってみんな同じ格好。そんなのつまらないでしょう。

みんな違ってみんな良いってのはよく言ったものですね。

・"現在"の私にとってのオリジナル。

では、話を戻して。
それらを踏まえて、オリジナルがカッコいいと思う理由を私なりに論理的に考えてみることにした。

と言っても…。

1人で考えても、自分自身が納得する答えが出てこないだろうと悟った私は、直接作り手に聞くという強行手段を取ったのである。

つまり、Archオーナー、山内(マサさん)と、Archオリジナルの企画、製作を手がけている渡辺さんの御二方に、私のArchオリジナルへの想いと疑問を直接ぶつけてみた。

この御二方は、これまでの人生の中で洋服を中心とした様々な経験をして、色々な景色を見た上で血の滲むような努力の上に成り立っている人間だと私は思っている。

言わば、洋服好きが憧れ、カッコいいと思う所作の持ち主だ。

そんな彼らがこんな事を話してくれた。

「遊びや仕事、喜怒哀楽の中で、その時に着ていた服や、こんなものがあったら良いのにな。っていうリアルな洋服の着方や願望が、Archオリジナルを作る上で大事な糧になっている」

「要は、全く異なる関係の無いものの様に見えても、点と点を繋げるとその人物や物を作り出している要素というのは、そこら中に散らばっている」

「それを他人より多く、全ては洋服への経験として拾い上げられるか。気付けるか。って言うのが洋服を着る上での他人との違いになるんじゃないのかな」

「だから、日々洋服屋として生きる中で起こる物事に対して"素直"でいることが大切だ」

そして最後に…。

「だからArchオリジナルは"無機質"なモノでなきゃいけないんだ」

同じアイテムでも着ている人間のライフスタイルによって、シワの入り方や色の落ち方、いわゆる表情が人それぞれ違うモノ。

あらゆる人の人生やスタイルに、自然にビタっとハマり、着用している人の顔が見える洋服。

無機質が故に、誰がどんな風に着たって良い。
何者にも、何色にも姿形、色を変えることができるリアルな洋服。

その"無機質なモノ"を、洋服好きが憧れる所作を持った人間が作っているというバックボーンが、私の大好きだと言う気持ちを掴んで離さない1番の理由なのだと気付かされたのだった。

流行り廃りのないスタンダード。
普遍的なモノだからこそ、ごく自然にArchオリジナルは愛される。

そんなArchを。Archオリジナルを。これからも私は愛したい。

いつか札幌中に。北海道中に。いや。日本、世界とArchのカッコよさを1人でも多くの人間に伝えたい…。

"愛されるオリジナル"を私が着続けることによって作り、生み出していきたいのである…。

ここまでを踏まえて。

大好きな洋服屋が作っている洋服だからカッコいいと思う。というボヤッとした理由も、よりしっくりくるようになった。

だから敢えてもう1度言おう。
「私は、Archが大好きだ」

〜完〜

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