製造業とグローバル市場
■拡大するグローバル市場
1980年代以降、世界経済のグローバル化は大きく加速しました。新興国の台頭による生産拠点の移転に加えて、IT技術の発展などによって、各国との貿易のネットワークが拡大し、情報、ヒト、モノ、カネの流れが、加速していきました。
世界経済の構造変化を数字で見てみましょう。国際貿易の規模はWTOの統計によると、各国の輸出額の合計は、1980年に2兆ドルだったのが、2000年には1980年比で3.2倍増の6兆4,000億ドルに増加しました。そして21世紀になるとさらに輸出額は拡大し、2022年には同12.5倍増の25兆ドルに達しました。
同じ期間の世界全体のGDPは、1980年の11.3兆ドルから2000年はで3倍の33.8兆ドル、2022年には8.8倍の100兆ドルとなっています。つまり、経済成長に伴って貿易額が増えただけではなく、世界がより国際貿易に依存する方向へシフトしたと考えられます。(図―1)
その背景にあったのは、先に述べたような生産拠点の移転や業務のアウトソーシングに加えて、輸送コストの削減などがあります。これによって、様々なジャンルの製造業がグローバル市場へと進出し、資源だけでなく中間財の輸出入も合わせて拡大していくという、グローバルなサプライチェーンへと成長していきました。
■ネットワークの進展により世界経済はひとつの方向へ
現在、私達の世界では、ネットワークの進展によって、国と国の経済による結びつきを強めています。そのため、世界中のあらゆる情報は瞬時に駆け巡ることで、物流網が整備され輸送コストも低下しています。この他にも国際金融の規制緩和により海外への直接・間接の投資のハードルが下がったこと、関税などの貿易障壁を撤廃して国際間経済活動を活発にさせる自由貿易協定への参加国・地域が拡大などもあって、世界は経済的にひとつになる方向へ向かっています。
その結果、日本の製造業には何が起きたのでしょうか。
■日本の製造業とグローバル市場
戦後日本は、高度成長期を経て、巨大な国内市場を形成しました。その背景には、特に自動車や電子機器の分野での技術力、開発力が顕著となり、国際的にも大きな競争力を得たのです。1980年代に、「Japan as No.1」と呼ばれたり、トヨタ式生産方式が世界中で研究されたりするなど、日本の製造業は世界を席巻していました。
しかし、国内市場が拡大・成熟化し、バブル崩壊によって日本経済が低成長期に入ると、日本企業の勢いも衰えていきました。1985年のプラザ合意により外国為替市場で円高が進行したことも、逆風となりました。この円高は、日本経済にも大きな影響を及ぼし、輸出がメインだった製造業の海外への生産拠点の移転を加速しました。
■逆風の日本企業の競争力低下の中、ITの台頭が決定的に
世界経済のグローバル化が進展し、欧米の企業が新たなグローバル戦略を整備したり、各国の製造業が製造拠点を中国などの新興国へとシフトして行ったりしました。特に、改革開放路線をとっていた中国は、外国からの投資を誘致し、外国企業の進出を促進しました。2001年にWTOに加盟したことも後押しして、2000年代初頭に中国は、「世界の工場」として広く認知されるようになりました。
当初、中国で製造されるものは、衣料品やプラスチック製品、安価な白物家電など、いわゆるコモディティ製品と呼ばれるものが主流でした。しかし、半導体やデジタル製品などの製造で高い技術力を持っていた日本企業や台湾企業が、中国本土へ進出し始めたことによって結果、技術移転に加えて人材の流出や技術ノウハウが蓄積されていき、ハイテク産業の主役は次第に日本から中国へとシフトしていきました。
日本企業にとって逆風となった要因は、他にもあります。特に決定的だったのは、テクノロジーの主役がITとなり、製品もハードウェアだけでなくソフトウェアやコンテンツと高度に連携する必要がでてきたことです。このことは、ソフトウェアを軽視しがちだった日本企業が、ITが主役の時代の製品企画において、競争力を失う大きな一因となっていきました。
いくつか事例を見てみましょう。
音楽の分野では、ソニーが「ウォークマン」によって音楽を外に持ち運ぶというライフスタイルを生み出し、オランダのフィリップスと共同開発したCDによりパッケージメディアとして覇権を握るなど、世界で大きな存在感を発揮していました。しかし、デジタル技術とネットワークの発展によって、世界において音楽は「パッケージを買うもの」から「ダウンロードするもの」へとシフト。iPodとiTunesストアによる新たな音楽のエコシステムを生み出したアップルに主役の座を奪われてしまいました。
通信分野においては、携帯電話の通信技術が2000年頃に登場した第3世代(3G)をきっかけに、グローバルスタンダードへと統一していく動きが加速しました。日本市場では、通信キャリアが主導して携帯端末や利用サービスの仕様を定め、それに基づいてメーカーが開発した日本独自の端末が主流でした。しかし、スマートフォンの登場を境に、徐々にハードウェアではなく、その上のサービスも含めたプラットフォームを作り出す企業の力が強くなって行き、海外市場はおろか国内市場でも日本企業は大きくシェアを落とすことになりました。
このように21世紀以降、ハードウェア、ソフトウェア、サービスの各分野において、日本企業は徐々に競争力を失っていき、海外企業に市場を奪われました。それに合わせて半導体や液晶パネルなど、日本の強みであったハイテク分野でも、競争が激化し、韓国や台湾、中国の企業がキャッチアップし、グローバルでのシェアを失っていきます。その結果、国内のマーケットシェアは縮小し、関連企業の業績は悪化。利益を確保できないことで、再投資するための研究開発費に充てることが困難となり、負のスパイラルに陥ることになったのです。
バブル崩壊後の失われた10年を経て、2008年をピークに人口減少と少子高齢化が進んだこともあり、GDPは低成長となりました。消費者物価指数も前年割れするデフレに突入。この状況の中、グローバル市場への適応に成功した企業は成長を遂げ、そうでない企業は存在感を失っていきました。
トヨタは、グローバル市場に適応して、アジアや北米などでの現地生産を進めました。また、環境問題からガソリン車への風当たりが強くなる中、電気自動車(EV)は時期尚早と見ていち早くハイブリッド車を市場へ投入しました。2008年には、創業以来、初めて販売台数が世界1位になりました。一方、日産は、国内第2位の自動車会社でしたが、バブル崩壊後の経営危機に入り、仏ルノーからの出資を受け経営再建をすることになりました。2000年代には回復基調となったものの、2018年の経営体制以降は、再び世界市場での販売台数を減らし続けています。
国内産業は、グローバル市場の変化への対応が遅れたことで、各企業の国際競争力が低下し、経済全体が影響を受けたのです。これは、グローバル化の進展とともに、国際市場で競争するための適応が不可欠であることを示しています。
現在、日本企業は、いくつもの課題に直面しています。これまで続いてきた、国内市場の縮小や国際競争の激化に加えて、気候変動対策のための脱炭素、ロシアのウクライナ侵攻や極東アジアの緊張などの地政学的リスクも顕在化しています。例えば脱炭素化は、内燃機関からEVへのシフトという自動車という製品自体のあり方を変えつつあり、また製品のライフサイクルにおけるカーボンフットプリントの削減といった取り組みが必要になってきます。
これらに対応するためには、グローバル市場を前提とした経営シフトと、社内のあらゆる領域でのデジタルトランスフォーメーションの実現、製造サプライチェーン全体におけるイノベーションが必要となります。
さらに、国際市場での存在感を取り戻すためには、国際基準に即した製品開発、海外市場への適応戦略、および国際的なビジネスパートナーシップの構築が必要です。また、デジタル化やサステナビリティへの対応など、グローバルトレンドに対応した戦略も重要となります。
■現在のグローバルマーケットの状況
現在のグローバル市場は、パンデミックによるサプライチェーンの遅延、十分な労働力が確保できないといった影響が続いているものの、多くの国で経済活動の再開が進んでいる一方、ロシアのウクライナ侵攻などの国際関係における緊張状態、それにともなうエネルギー資源の価格上昇やインフレ、貿易リスクの増大など、数多くの影響を受けています。
特に、中国をはじめとする新興国が世界経済の成長を牽引していたため、これらの国々の成長鈍化が経済に与える影響は計り知れません。また、物価高騰は世界中の消費者行動に影響を及ぼし、各国のGDP成長率の鈍化を招いています。
また、中国に関しては西側諸国との関係変化も、大きなリスクとして見逃せません。米国はトランプ政権時に、中国に対する半導体輸出規制を行ったことにより、サプライチェーンが大きく混乱しました。バイデン政権への移行にともない、対中国政策は融和寄りとはなったものの、安全保障上の問題からすべての貿易規制が撤廃されたわけではありません。
中長期的には、先進国だけでなくアジアや中東などの人口減少も大きな問題となります。そのなかで日本や欧州では少子化が進み、なかでも日本は極端な高齢化社会へと突入しており、社会福祉のコストが増大する一方で、労働人口の減少と経済規模の縮小に直面しています。今の日本の姿は、欧州やアジア諸国にとっても今後たどりうる可能性が高いため、その先行事例として注目されています。
そもそも、世界の人口に目を向けてみれば、かつては22世紀まで増加が続くと考えられていましたが、近年の予測では2050~2060年頃には減少に転じるとされています。人口とその年齢構成は、経済に大きな影響を及ぼすため、その変化は企業にとって新たな市場戦略を模索する必要性を示しています。
こうした状況は、市場のグローバル化において新たな挑戦を提起しています。企業は、従来の成長重視のアプローチから転換し、変化する市場環境に柔軟に対応する戦略が求められています。サステナビリティ、デジタル化、新たな消費者ニーズへの適応など、多様な要素を考慮した新しいビジネスモデルの構築が不可欠です。市場のグローバル化は、これまでの経済モデルを再考し、持続可能な成長への道を探る契機となるでしょう。
(青山祐輔)
<<Smart Manufacturing Summit by Global Industrie>>
開催期間:2024年3月13日(水)〜15日(金)
開催場所:Aichi Sky Expo(愛知県国際展示場)
主催:GL events Venues
URL:https://sms-gi.com/
出展に関する詳細&ご案内はこちらからご覧ください。
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