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【2024.06.07@横浜地裁101号法廷】村田しゅんいち最終意見陳述全文

説明

「女性スペースを守る会」から村田しゅんいちに対して起こされた名誉毀損SLAPP訴訟の最終口頭弁論が2024年6月7日11:00から横浜地方裁判所101号法廷で開かれました。そこで読み上げた〈被告〉村田しゅんいちの意見陳述全文を公開します。

最終意見陳述全文

2024年6月7日
村田峻一

1 私が原告を差別団体と論評したのは、原告の主張と行動が、すべての人が個人として尊重され(憲法13条)、人は平等である(同14条)という憲法の基本原則に反し、トランスジェンダーとりわけトランス女性の人格を否定するものだからです。

人の性的指向と性自認は多様です。生物学的性別と本人の性自認が一致する場合もしない場合もあります。現在では、いずれも人間の性の自然なあり方であり、「等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重され」ねばならないことが共通認識です(性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律(令和5年法律第68号)第3条)。
昨年7月11日、最高裁判所は、経産省職員のトランス女性が、自らの勤務するオフィスがあるフロアーの女子トイレの使用を長期にわたって制限されていることは不当だとして国を訴えた裁判で、原告の女性職員の訴えを認める判決を言い渡しました。最高裁判所第三小法廷の各裁判官が「自認する性別に即して社会生活を送る」ことを「重要な利益」「切実な法益」等と位置付ける補足意見を述べ、「誤解に基づく不安などの解消のためトランスジェンダーの法益の尊重についても理解を求める方向で所要のプロセスを履践することも重要である」との指摘もなされました。
同年10月25日、最高裁判所大法廷は、「性別の取扱いの変更」に「生殖腺除去手術」を必須とする法律の規定(性同一性障害特例法第3条1項4号)は憲法第13条に違反し無効だとする決定を下しました。この決定も、性自認が生物学的性別と一致しない場合があること(同決定2頁下から6行目参照)、「心理的な性別は自己の意思によって左右することができない」こと(同2頁下から5行目以下)を指摘し、「性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けること」は「個人の人格的尊厳と結び付いた重要な法的利益」(同6頁から7頁)と指摘します。そのように重要な法的利益であるのにそれを実現するためには、医学的に必要が無い場合も上記手術をせねばならないという事態は、「自己の意思に反して身体の侵襲を受けない」という憲法上の権利を不当に制約するとしたのです。

2 ところが、原告らは、他団体との共同声明で、この大法廷決定を「最高裁のとんでもない暴走」「『性自認至上主義』に侵された最高裁」と非難しました。

 “法的女性とは精巣の除去、陰茎を切除した人であることが前提となっており、それが性犯罪目的などにより、男性から女性に法的性別を変更する人はまずいないというハードルになっていたからである。”

 “性犯罪目的の男の一定数は、生殖腺除去を要せず、更に5号要件である陰茎の除去もなくなることとなれば、何としても法的性別を女に変更するよう努力するだろう。最高裁は、女性の安心安全という生存権を劣後・矮小化してしまった。”

女性スペースを守る諸団体と有志の連絡会2023年10月30日付声明より

というのです。

トランスジェンダーという属性を、犯罪可能性と一律に結びつけるのが原告の主張です。
原告が作成した「女性用スペースは女性のもの」と題するチラシ(乙36)の漫画や「女装関係事件リストnote公開用20231227」といった資料には、この「トランスジェンダー=性犯罪者予備軍」「性犯罪を容易にする存在」という原告らの考え方が端的に表れています。その上で、性同一性障害(現在の性別不合)の診断を受け、性別適合手術(生殖能力喪失・外観形成)を施した者については、例外的に「性犯罪者予備軍」扱いから除外するという態度表明となっています。トランスジェンダーの人格権・幸福追求権を原則否定した上で、「身体への侵襲」を受容した者に限って人権否定を解除するというのが同会の主張と行動の出発点なのです。

この発想は、個人の人格の根幹に関わる属性で一律に犯罪可能性・誘引性と結びつける点で差別です。原告はこの発想に基づいて、本来すべて個人として尊重されるべきトランスジェンダーを「良きトランス(=性同一性障害/性別不合当事者)」とそれ以外に区分し、SNSで攻撃しています。原告の主張は、トランスジェンダー当事者たちから、自己肯定感を育みながら生きる可能性を絶望的に奪い、マジョリティたるシスジェンダーからの評価を過剰に気にしながら生きることを強います。個人としての主体性を奪い去って客体に貶めています。さらに、原告やその「防波堤弁護士」を自認する滝本太郎氏の発信にはアウティングやミスジェンダリングに該当するものも散見されます。これらの発信により、トランスジェンダー当事者の人格権・幸福追求権が大きく侵害されているのです。

3 原告らは「(シス)女性の権利を守る」という建前でトランス差別を行います。しかし、シス女性対トランス女性の対立構図を煽っても、女性の権利の回復はありません。例えば、男性から性暴力被害を受けてトラウマを抱え、男性一般に対する恐怖を抱きながら生きる女性が存在しているのは事実です。その恐怖は嘘でも間違いでもありません。私はかつて、人格論や人格乖離についての研究に従事していました。トラウマの克服には、安心できる空間でフラッシュバックを繰り返しながら、その経験を言語化することが必要です。だからこそ、性暴力被害者支援の要は「この社会には性暴力加害者も存在するが、むしろ加害者ではない人間の方が多い」というメッセージを被害者に伝えながら、被害者がセーフスペースで発する言葉を拾い上げることです。同時に、例えばトイレでの性暴力事件を防ぐためには、個室空間以外の死角をいかに減らして、性暴力加害者の潜伏や力づくでの連れ込みを無くすかということをこそ考えていかなければなりません。現在、研究者や便器を製造している会社によってトイレの構造改良が模索されています。また、公衆浴場を巡る課題については、国内の各温泉地でLGBTQ+当事者たちにも温泉を楽しんでもらうための方策の検討が始まっています(*)。

 このように、この社会はすでにSOGIESQ(性的指向・性自認・性表現・性的特徴)の如何によらず、主体性を持った個人として生きられるように法制度の改善を試みる方向に歩み始めています。先に引用した2つの最高裁の判決・判断はその大きな一歩です。対して、原告である女性スペースを守る会は、シス女性たちの男性に対する恐怖や不安、時には、一部のトランス当事者たちの被抑圧感情を焚き付けてトランス差別に動員します。本来乗り越えるべき感情を増幅させられているという点では、動員されている人々さえ被害者性があります。差別は、その対象者たちはもちろん、扇動された者たちの主体性さえ奪うのです。

4 最後に、差別は人を殺しうるということを改めて強く申し上げます。
本件提訴から1年半。この期間にも私は数名のLGBTQ+の仲間を自殺で失いました。近しい人の訃報に触れるたびに自殺か否かを確認し、自殺ではない時に安堵する癖がつきました。もう充分です。裁判官のみなさま方におかれましては、日本国憲法、とりわけ人格権・幸福追求権や法の下の平等を重んじ、反差別の立場を明らかにし、ジェンダー平等への歩みをあと推しする判断をしてくださいますよう、心からお願いを申し上げます。

以上

補足

(*)2023年6月23日付厚労省通知「公衆浴場や旅館業の施設の共同浴室における男女の取扱いについて」において、2000年12 月 15 日付け生衛発第 1811 号厚生省生活衛生局長通知「公衆浴場における衛生等 理要領等について」における“男女”の解釈が「身体的な特徴をもって判断するもの」であることが確認されている。それを前提としながらの方策の検討が各温泉地で進んでいる。


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