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語らないマスター 語るコーヒーカップ
以前、お客さんの雰囲気に合ったカップでコーヒーを出してくれる、昔ながらの喫茶店によく行っていた。静かでゆったりとした時間を過ごす事ができる、コーヒー好きが集まる店である。
私が提供してもらうカップはいつも、凛としたデザインだった。その雰囲気のものは他に何種類もあり、ほぼ毎回違うカップを出してくれるのも楽しみの一つ。
自分はこんな雰囲気なのかと自惚れていた。 (山のようにある恥ずかしい勘違いの歴史のうちの一つである)
マスターのカップ選びの基準は、表面上の見た目だと思い込んでいた私は、服装や髪型にそれなりに気を使い、凛としたイメージのキープに努力を惜しまなかった。(全く、恥ずかしい歴史だ)
仕事で起きた嫌な出来事を引きずっていた、ある日の週末、その喫茶店に一人で向かった。
怒りのような感情を、美味しいコーヒーを飲んで切り替えたかった。
オシャレをして、いつものようにすまして、何事もなかったように店に入った。
注文して、ふぅっと一息つく。
しばらくして運ばれてきたコーヒーのカップはいつもの雰囲気ではなく、、
強そうな鷹のイラストが大きめに入った、強そうなカップだった。
一人で小さく笑ってしまった。
いつも穏やかでもの静かなマスターとは、長い会話をしたことはなく、その日も会話はなかった。たくさんの人間を見て養われたのであろう鋭い目の持ち主には、わたしの傲慢な怒りがハッキリ見えていた。
カップを眺めているうちに、抱えていた黒っぽい感情がすうっと消え、自分の気持ちを覆い隠すことに使っていたエネルギーも自然と離れ、また一人で小さく笑った。