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今も、新宿御苑のどこかにいるんだよね?

キリッと青い空。紅葉した木々と黄色の絨毯。
美しく広大な公園、新宿御苑で下だけを見て歩く三人。そこそこ若かった母と小学生だった姉と私。

「あれっ?ブローチがない。。。」

母が突然言ったその瞬間から、青い空と紅葉に用は無くなった。母の胸から、付けていたはずのブローチが消えている。
若くしてこの世を去った叔父、母のお兄さんが生前、母にプレゼントした金の葉っぱの形をした上品なブローチが、ない。

そのブローチは、母がいつもジュエリーボックスの上座的な位置にしまっていたもの。
アクセサリーの一つ一つの由来を母から聞いていた私は、そのブローチが母のとても大切なものであることを知っていた。

金の葉っぱ、金の葉っぱ、金の葉っぱ、、、

3人で必死に探した。来た道を辿りながらずっと地面を見続けていた。入場券を買った時にはブローチが付いていた事を確認したので、園内のどこかにあるはずだと信じていたが、金の葉っぱのブローチは、黄金の絨毯の上ではとても探し難いものだった。

広すぎる新宿御苑、探しても探しても見つからなかった。陽が傾き、閉園時間が迫る頃には母はほぼ諦めていたが、姉と私は探し続けた。

私が生まれる前に亡くなった、会ったことのない叔父。アルバムの写真全てが、いちいちカッコいい叔父。おそらく、人が欲しいものを全て備えていた叔父。その叔父がいなくなってからずっと、母と祖父母が抱え続けているだろう言葉にならない感情を、姉と私は日々の中で感じ取っていた。
何が何でも、見つけたい。そう思っていた。

閉園ギリギリまで探したが、見つからなかった。落とし物で届いてる可能性もある、と、最後の望みで管理室に行ってみたが、なかった。
もし届くことがあれば連絡が欲しい、と依頼して園をあとにした。

結局、連絡が来ることはなかった。

「物が身代わりになって危険から守ってくれた」
物を失くしたり壊したりした時によく言われる言葉がある。確かあの時母も、同じような事を言っていたと思う。
しかし私には、母がその言葉で自分自身を無理に納得させているようにしか見えなかった。

過ぎたことに執着しない母の、めったに見せることのない悲しい顔は、帰り道ではいつもの母の顔に戻っているように見えたが、
母はこれから先、時々思い出して胸を痛めることがあるだろうと私は考えていた。あれほど大事にしていたのだ。辛くならないはずはない。

その数十年後、、
高齢になった母と中年になった姉と私で、紅葉がピークの新宿御苑に再び行く機会が訪れた。
あの時と同じように木々が色づいていた。三人とも、下ではなく上を向いている。
歩きながら私は、母にブローチのことを言いかけて、やめた。

母は、長い時間をかけて悲しみにゆっくり折り合いをつけていったのかもしれない。今、話題にしてしまうことによって、母に余計なものを投げつけてしまうかもしれない。

母からその話が出たら話そう、そう思いながらゆっくり散策した。
その日、最後までブローチの話は出てこなかった。

もしあの時、母のブローチがなくならなかったら。いつもジュエリーボックスの上座にちゃんと居る、ずっとそういう存在のままだったら。
私は今でもブローチを覚えていただろうか?

あのブローチは、もう手にすることはできない。
母は、母なりの納得の仕方をした後に、いい形で忘れることができたのかもしれない。
それでも、叔父がブローチに込めた想い、
その想いはきっと、母の心の上座で大切にされ、
ちゃんと、居続けた。

金の葉っぱ、
今、どの辺にいる?

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