新連載『仏前会議』
『あんたの孫はいくつだったか。』
ざんぎり頭の長身の男が波風も立たない
静かな湖を眺めながら呟いた。
『今年で大学を卒業する頃だったかな。』
答えたのは小太りで白髪混じりの初老の男だ。
『それはあんたが生きていればの話だろ。
お前が七回忌であっちに戻った時には孫を抱いていたと言っていたじゃないか。』
意外と知られていないが、あの世に時間という概念は存在しない。
つまり時は流れない。
人間やその他動植物生あるもの全てには魂が宿り、三途の川を渡るその時には平等にあの世で流れない時を過ごす。
生前良い行いをすれば天国に行けるとこちらでは考えられているが、残念ながらあの世には天国も地獄もない。
ただ、考えてみれば地獄がないだけ幾分マシなのかもしれない。
こちら、とくに我が家は今まさに地獄を迎えている。
家族がふたつどころか、まさに三つ巴の真っ只中なのだから。
『ばあさん、えらいことになってるで。』
『まさか俺の四十九日にあいつらの誰も来ないなんて思いもしなかった。』
冒頭のふたりと同じ湖のほとりに腰掛け、
老人が連れ添いの女性に訴えた。
『サトシもバカじゃないから何か考えてはいるんだろうけど、たっちゃんはどうしちゃっんかねぇ』
『いやぁありゃタツヤが悪い。それでもなんであんなことになっちまったのか。』
ふたりは六十年以上連れ添い、同年代に比べればかなり幸せな生涯をつい最近終えたばかりなのである。
ふたりにはふたりの子供とふたりの孫がいた。
子供はどちらも優秀で近所でも評判だったのだが、長男の息子たちに問題があった。
ふたりの男の子は天真爛漫な所謂いい子供だった。
しかしそれは幼いときだけで、成長とともに親の手を煩わせた。
特に長男はひどいもので、親の金を湯水のように使い、法学部を出たというのに尊法意識のかけらもないような男だった。
仕事もろくにしないその彼が、年頃の娘とつい先日結婚してしまった。
誰がどう考えても順調に行くはずもないのだが、縁の悦に侵された本人たちはそのまま
籍を入れ、見事夫婦となった。
ここで断言しよう。結婚専門雑誌の宣伝文句も虚しく、結婚とは恋愛の延長線の上に存在しない。
2人の個人事業主が経営統合するようなものなのだ。
男は元々、数えきれないほどの精神疾患を抱え、体も決して丈夫ではなかった。
それらを考えると彼女は苦労した。
愛情だけでは到底カバーしきれるものではなかった。
そんな存在が引き金となり、今回の大事件を巻き起こしたのである。
(つづく)