『ジェネラリスト』な生き方
『ALL-Purpose霜村(実際は旧姓)!高校生活で1番おしゃべりしてて楽しかった!』
高校生の時、ある友人が卒業アルバムに書いてくれた。
all-purpose=万能。多用途。
その友人とは普段は別のグループで過ごしていたが、出席番号が2年連続前後のよしみで、よく一緒に試験勉強や色んな雑談をしていた。思い返してみれば、本当に幅広く色んな話をしたと思う。
こちらはそんな風に思ってもらえているなんてつゆ知らず、暢気におしゃべりを楽しんでただけなので、恐れ多くも光栄だった。
「霜村さんって、仕事の話から雑談までどんな話題振ってもきちん返してくれますよね!」
「そうそう!めっちゃ色んなこと知ってるの!」
職業訓練校に通っていた時、同じクラスの干支ひと回り以上年下の若者達に、不意に褒めてもらえた。
おばちゃん嬉しいありがとう。泣
しかし、それはもしやいわゆる年の功が成せる技なのでは…?
それはさておき、私は思った。
『そうか、私はどうやらジェネラリスト”らしい…』
“ジェネラリスト”。
看護師時代に出会った言葉だ。
下記のサイトにとてもわかりやすい解説があった。
“博識”という言葉が当てはまるだろうか。
あらゆる分野について広く知識•技術を持つ『何でも屋さん』。
自分が博識とまで名乗れる自信は毛頭ないが、たしかにあらゆることに興味を持って情報や経験を集積してきたとは思う。
趣味だけでなく、気がつけば経歴も。
そんな生き方をしてる中でひとつ、密かに肝に銘じている。
広くは良いけど『浅く』はならないこと。
その浅さはヘタをすると、人間性の浅さに繋がってしまう。ひととの信頼に関わると思うからだ。「何一つ続かず、身にならない•成せない薄っぺらいヤツだ」との汚名も避けたい。
だからこそ、ジェネラリストとは逆に、スペシャリストー何かの専門家にはとても憧れている。
おそらく無いものねだりをしているのだ。
世界を広げるのではなく、何かひとつだけや限定された分野を深く深く究めること。職人然としたストイックさを感じて、尊敬してしまう。
憧れゆえに、自分なりに学んだり経験したりで深掘りをすることも少なくなかった。
むしろ、スペシャリストへの憧れがあるからこそ、何事もある程度『浅く』ならずに済んでるのかもしれない。
しかし、結局これまでの私にはおそらくスペシャリストは合わなかったのだろう。
そもそも究める覚悟が足りなかった。
そして、何事にも好奇心が強いから、自分の中の世界を広げたかったから、何かひとつでは足りなかった。
おかげで、ひとよりほんの少しだけ、多くのものやひとに、広い世界に触れてこられたのは貴重だったように思う。
ジェネラリストな生き方。
AI化が進むとスペシャリストが生き延び、ジェネラリストはいずれ淘汰されると言われる世の中で、未だスペシャリストになれてない後悔と焦燥は、正直なところ、ほんの少しくらいはある。
だけど、このジェネラリストな生き方を、私はそこそこ気に入っている。
これからも、『スペシャリストになれたら良いな』という心持ちで、ジェネラリスト的に私は生きていくと思う。
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