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さながらショートコント
短時間で自己紹介をするのは難しい。特に、初対面の人に対しては。ついでに、自分とは全く異なる人物像として捉えられているなら、なおさら。
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タクシーアプリが揃いも揃って「サービスエリア外です」という表示を出すエリアでは、「ここに行けばタクシーが絶対いるだろう」という場所の目星をつけなくてはならない。
そう、たとえば我が地元のクソ田舎。だいたい安定してタクシーが見つかるのは、病院のタクシー乗り場だ。だからこの日も、病院のタクシー乗り場で待機していた1台に乗り込んだ。
走り出して1つ目の信号で停車中、運転手さんがこちらを見やって言う。「病院の出張帰りですか」。ただの遊び帰りだったけど、手には変形するほど荷物をもりもり詰め込んだカバンが2、3個。顔には、歩き疲れたヘロヘロフェイスを貼り付けていたもんだから、そう思われるのも無理はない。
さてどうしたものか。誤解を解いても良いが、道程はせいぜい20~30分だ。丁寧に本当の私を伝えるよりも、このまま運転手さんから見た人物像としてやり過ごした方が無難かもしれない。
……いや、「無難」という言葉はちょっと違う。訂正しよう。こんな機会だし悪ノリしてみようじゃないか。どうせあと20~30分でオサラバする、今生で二度と会うことのないだろう相手だもの。
そう思った。そして返事をした。
「そうです、朝早くに来て今、帰りなんです!」
かくしてこの日は、「都会から郊外の病院に出張に来た医療機器の営業マン・シモカワヒロコ」として振る舞うことになったのである。
さながらショートコントだ。「ショートコント:タクシー」か?「ショートコント:クソ田舎」か?と真剣に悩んだ。結局よいタイトルは思い付かなかった。ちなみにこの設定が実態とどれくらいかけ離れているかと言うと、名前しか合っていないぐらいだ。
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出張帰りで疲れているように見られたのは、都合が良かった。こちらからあまり言葉を発さないでも不自然ではなく、相手の言葉への返事がせいぜい1文2文でも気を悪くされなかったからだ。
「出張ですか、それはお疲れ様ですね。この辺は店も全然ないし、大変だったでしょう」
「そうですね、バスも全然なくてびっくりしました」
(ごめん、20年近く住んどったからめっちゃよく知っとる。店は年々減ってっとるのも知っとる。)
「でしょう?タクシーもいたりいなかったりなんです。今日は見つかってラッキーでしたね」
「えっ、そうなんですね~!ホント助かりました~!」
(そうやおな、おってもだいたい1台やもんな。それも知っとる、この道は通勤路やったし…)
「お客さん、また出張来られるんだったらね、病院の中の電話を使っていただくといいですよ。タクシー会社に直通のがあるんです。営業所も近くにあるもんで、すぐ伺いますから」
「うお~まじですか!それは良いこと聞きました。いつも困ってたんですよ。次はそうしますね!」
(つ ぎ は な い !)
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こうして見事、30分弱のショートコントを走り抜けてみせた。駅について、笑顔で下車した。「またよろしく!」なんて声を聞きながら。
善良なるタクシー運転手のおじさまを独りよがりな漫才師ごっこに付き合わせたのは若干、罪悪感がないこともなかった。が、良いのだ。「出張帰りか?」と聞かれたあのとき、正直に「遊び帰りです」と答えたところで話が盛り上がることはなかっただろう。沈黙の30分弱を過ごすくらいなら、多少の仮面を被って楽しく過ごした方が良いじゃないか。
さて、次はどんなテーマでショートコントを演じてみせようか。