統計モデリングをどのように活用すればいいのか〜モデルへの向き合い方から考える〜
はじめに
2023年の広告・マーケティング業界において話題を集めていたトピックに「Marketing Mix Modeling(通称MMM)」があります。かく言う私も、2023年は多くのMMM関連記事執筆や発表をしてきましたし、現職においてもその推進に対して社内でイニシアティブをとって活動してきました。
さて、ひっそりと「時の人」感漂うMMMですが、一方で以下のような言及も観測されています。
これらの記事では、MMMの根本は数理モデルであり、「厳密に真のモデルはあり得ないが、有用なモデルは有用な近似値と直感的に解釈しやすい結果を得られる」という統計学の領域からの言及を通して、昨今のMMMのモデルとしての精緻さを求める動きへの警鐘を鳴らしていると解釈しています。
この視点は、MMMに限らず広告・マーケティング分析で活用される計量経済学的アプローチを絡めた「モデル」というものに対する向き合い方として検討されるべきであろうということになるでしょう(*1)。
本記事のモチベーション - なぜ"モデル"のコンセプトに向き合うのか
実際、私の長くない経験の中でも既に、MMMを中心とした数理モデルにもとづく分析のアウトプットを活かしきれず、ビジネスサイドの不審感が醸成される事例を観測しています。ちょうどタイムリーに「ゴミ捨て案内AIの失敗」が話題を集めているかと思いますが、数理モデルとは異なれどAIのアウトプットを活用するためのスキル不足が言及されており、本記事のモチベーションで考えを深めていくことの必要性が伺えるでしょう。
「数理モデルというものをどのように扱えばいいのか」、「そういったものをビジネスの場で活用するときに、どのような考え方を持っていると良いのか」。我々は分析者として、そのような観点を意識しつつビジネスサイドとのコミュニケーションを取る必要があるといえます。
従って本編では、数理モデル、もといモデルというものに対する各種学問領域における考え方にヒントをもらいながらモデルに対する考えを深めていけたらと思います。
モデルに対する向き合い方〜それぞれの視点から〜
"モデル"に対する考え方 - 経済学の視点から
まずは、「モデル」というものに対する考え方について経済学の領域における視点から考察していきます。
Rubinstein (2006)における上記の言及では(*2)、モデルは、ファンタジーと現実の間をとるような想像的な状況を描く「寓話」のようなものであり、複雑な物事の枝葉を削ってよりシンプルな事象として一般化することで実態といくらかの差分が生まれるけれども、良い寓話が我々に教訓としての何かを与えてくれるように、良いモデルは我々に重要な示唆を与えてくれるだろうと指摘しています。
抽象度の高い表現にはなっていますが、基本的なモデル活用の態度としては先ほどの統計学の領域で言われていたことと類似していると解釈しています。すなわち、枝葉を取り除いて、(実態との乖離を一定程度許容しながら)シンプルで一般化された形から有効な結果を得るのがモデルを活用することの意義であり、精緻さ・正しさを追究する(≒枝葉の解像度を上げる)ことは本質的に異なるということを指しているのだと推察しています。
"数理モデル"とは何なのか
続いて、モデルの対象を「数理モデル」に限定し、その定義や性質を整理していきたいと思います。
上記の「数理モデル本」をもとに、まずは数理モデルと呼ばれるものがどのように定義できるのかについて整理します。
数理モデルとは、数学的な手段を用いて記述された、対象のデータ生成ルールを模擬したもの
数理モデルによって得られた結論は、常に使用したモデルという仮定の下で、という条件付きになっていることに注意が必要
対象を仮定とともに数式で一般化し、分析なり予測なりに使えるようにしたもの、ということができそうですね。
上記のような性質を前提としつつ、数理モデルはさらに以下のように分類されると書かれています。
理解志向型:データがどういうメカニズムで生成されているのかを理解する
応用志向型:手元にあるデータをもとに、未知のデータに対して予測・制御を行ったり、新しいデータを生成して利用する
応用志向型の観点においては、必ずしも対象を理解する必要はなく、モデルの性能を追求するという考え方に一定程度基づいていることになりますが、そのような側面はあるにせよ、理解志向型のような解釈性を担保するためのシンプルさを求める側面があるということも部分的にあると解釈できるかと思います。
ここまでモデルというものを深掘りしてきて、結局は冒頭で提起した考え方もその一部として内包されているという風に捉えられる気がしています。すなわち、"寓話"として捉えられるべきであるということも考えられる一方で、「予測」という営みがより重視される領域で実効力を持つためには「正しさ」を追究するモチベーションも発生しうるといった感じの解釈をしました。
マーケティング効果を測定するためのモデルとしての考え方
本編の締めくくりとして、マーケティングの領域におけるモデルの考え方について整理してみます。ここではハンセンら(2018)の著書『マーケティング効果の測定と実践』を参照し、考察してみたいと思います。
マーケティング業務において、計画立案や予算編成、その他マーケティング・マネジメントなど多岐にわたる領域でモデルをベースとしたアプローチが取られているといいます。そしてマーケティング意思決定に関わるすべての分析は、売り上げを生み出すという事業の大前提に基づき、売上に対する効果の予測に対して価値をもたらす必要があるとされています。
マーケティングにおける諸トピックでは、時系列情報をもとに、またマクロな市場の反応を観察してモデリングする必要があることもしばしばです。一方でそのようなモデリングにおいて、モデル構造における欠落変数バイアスや不確実性に伴うモデル構造パラメータの不安定性が問題の一部となりうる可能性があり、売上に対する効果を見積もることを難しくすることがあると考えられます。
従って、マーケティングにおける分析者は、自らの事前知識とモデルの最終的な目標に関する整理によって、モデリングの試行錯誤を行うとされます。それはつまり、一定程度我々が分かっていることに依存したアプローチをとることであることを表しています。事前知識にしても、単にデータに集約された情報の集合がわかっているだけでなく、変数間の因果関係の順序、時系列であれば変動のラグ構造とわかっている要素が増えるほど良いモデリングができることになります。それらを揃えることは困難を伴う作業であることもしばしばですが、それらに限らず少なくともマーケティングにおいて、一般的な予測経験や特定の商品知識から得られる領域や状況に関する知識は、定量的予測に対応するテクニカルな知識よりも、予測誤差に対して大きい影響を持つということもいわれています。
このように、テクニカルな部分ではなく事前知識などのコンテキストの側面を重視することに意義を見出しているといえる場合、やはりマーケティングにおいてもモデルは「寓話」としての役割から離れず、一方で有用な結果を与えてくれる可能性のあるツールとしてその構造的背景の考察を怠らない姿勢が求められているように感じます。
さいごに
さて、ここまで壮大なお気持ち表明ポエムにお付き合いいただきありがとうございますmm 笑
それはさておき、冒頭でも述べた通り分析者としてはデータサイエンスを使って出したアウトプットには、ビジネスへの適用に向けた説明責任が伴うと考えています。私自身もまだまだ未熟な部分は数多ですが、不必要な機会損失を避けるべく、今後も引き続き考えを深めていければと思います。
最後に、今回の内容は一個人の考え方であり、論の展開に飛躍や誤認が含まれているかもしれません。そのような部分を観測しましたら、そっとコメント等で教えていただけますと嬉しいです。
*1 : モデルの統計的視点からの考え方としては、推定量の性質に対する言及もありますが、このような推定量から予測することにはある程度のバイアスが伴うということであり、ビジネス活用においては注意する必要があるといえるでしょう。
*2 : 直近ではこちらの動画で解説がされており、入口としてサクッと概要を理解するのにはいいかもしれません
参考文献
Ariel Rubinstein, Dilemmas of an Economic Theorist, 2006, Econometrica, Vol. 74, No. 4, 865-883
江崎貴裕, 2020, 『データ分析のための数理モデル入門 本質をとらえた分析のために』, ソシム
D.M.ハンセン,L.J.パーソンズ,R.L.シュルツ., 2018, 『マーケティング効果の測定と実践 -- 計量経済モデリング・アプローチ』(阿部誠・パワーズ恵子 訳), 有斐閣
TJO, 2023, MMM (Media/Marketing Mix Modeling)を回すなら、まずGeorge E. P. Boxの格言を思い出そう
TJO, 2018, "All models are wrong; but some are useful"(全てのモデルは間違っている、だが中には役立つものもある)という格言
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