第七歌集『男の眼』奥村晃作鑑賞
現代ただごと歌の提唱者として著名な歌人、奥村晃作の全歌集を読み込んでいます。(奥村晃作氏の紹介はこちらをご参照)
第一歌集『三齢幼虫』、第二歌集、『鬱と空』、第三歌集の『鴇色の足』、第四歌集『父さんのうた』、第五歌集『蟻ん子とガリバー』、第六歌集『都市空間』まで読んできました。
今回は第七歌集『男の眼』から私の好きな何首かをご紹介します。
これまでの記事はマガジン「歌人 奥村晃作の作品を読む」をご参照ください。
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第七歌集『男の眼』 雁書館 (1999年)
一九九四年[平成六年]
居ても居なくてもいい人間は居なくてはならないのだと一喝したり
本人がいかほど懸命に努めても崩れてしまう心とは何
頼むからその顔やめてと言われてもどうにもならぬこの顔なのよ
一九九五年[平成七年]
「自動改札」に塞き止められて 喚かれて 納得したりわれの間違い
本当の地震の様を知らなんだ トランポリンのごと歩行者が跳ぶ
ネズミ・ナマズが予知能力を持つなんて 地下ではすでに揺れていたのだ
瞬間に何ひらめきしこの男の子、第七問をまっさきに解く
樹の中心どのあたりかと仰ぎ見て樹に中心のなきを思えり
〈イチロー〉は〈一郎〉でなく〈いちろう〉とも違いさすがに大打者である
マッチ棒の如きかんじの小犬が眼をギョトギョトと動かして行く
一九九六年[平成八年]
エスカレーターの備えがあれば一般にフツーの人はそちらへ歩く
ミニスカの女子高生の脚ばかり見つめるわれはフツーの男
フェミニズムそれはそれとしておとめらがみずからの脚誇る 良きこと
台湾は外国なれど電圧は110ボルト、シェーバー使えます
校門を出ずるやルーズソックスのミニミニスカートの可愛いコギャル
だらしな系服装はやり少年はシャツをズボンの内側に入れない
「レインボーブリッジ」と言うも虹の色一切あらぬ白銀の橋
臨海の何が副都心か知れねども「臨海副都心」のネーミングよし
〈リージェント通〉ブランドの靴買うと妻はハマりて買物世界の人
日本のエレベーターは高速かつ扉がすぐ閉まる〈閉ボタン〉付く
のべつまくなししゃべくるガイドに「静かなる私の時間」とられっぱなし
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この歌集は奥村晃作氏58歳から61歳までの歌をまとめている。本歌集より奥村氏は歌の表記を旧仮名から新仮名に改めた。あとがきによると、出版の十年ほど前に、ある友人に「奥村さんの歌は現代かなづかいが相応しいのではないか」と言われたという。新仮名遣いの直接のきっかけはツール(道具)の変化に対応したということで、この頃キーボードライティングに転じた奥村氏は、何事においても「自然体」を旨とする自身のポリシーに従ったそうだ。
奥村晃作氏の歌は、上記を参照の通り、「奥村ワールド」とも呼ぶべき独特の調子、言葉遣いが印象的で、私としては旧仮名・新仮名はあまり気にしていなかった。しかし改めて第六歌集までの歌と見比べてみると、新仮名の方がなんともいえない臨場感を放っている。
本歌集はそういう意味でも、90年代中盤の日本社会をまなざす奥村氏の益々の眼力の強さが注目である。
奥村晃作氏は歌を通じて言葉を開発する。本歌集で気になった言葉遣いは例えば、
マッチ棒の如きかんじの小犬が眼をギョトギョトと動かして行く
“マッチ棒の如き小犬”ではなく、あくまで「如きかんじ」なのである。わかる気がする。まるでマッチ棒!と驚いてしまう小さくか弱そうな犬との出会い。その衝撃と感慨を見事に歌にしている。
続いてこちら
台湾は外国なれど電圧は110ボルト、シェーバー使えます
下の句の「シェーバー使えます」が意表をつく。出張で一緒の部下が上司に報告するような言いようで何ともいえない印象が残る。
また当時の風俗を描写した歌ではこちら
校門を出ずるやルーズソックスのミニミニスカートの可愛いコギャル
だらしな系服装はやり少年はシャツをズボンの内側に入れない
「ミニミニスカート」「だらしな系服装」、この時代に生きていた人にはなつかしい光景を奥村調で歌い上げている。一定の距離感で観察する坦々とした客観性が客体の滑稽さや愛らしさを引き立てているようだ。
海外旅行のワンシーンを切り取ったこちら
〈リージェント通ブランドの靴買うと妻はハマりて買物世界の人
注目は結句の「買物世界の人」だ。造語であるこのワードの説得力は強い。買物世界に溺れる、など広く流通しそうな言葉である。
奥村氏の観察眼と命名力とでもいうべきユニークな言葉の斡旋と歌い上げ。そんな奥村氏に褒められたネーミングがこちらである。
臨海の何が副都心か知れねども「臨海副都心」のネーミングよし
「臨海副都心」、確かに何が副都心?と謎は残るが、結論としてはネーミングよし。これでよいのである。今の高輪ゲートウェイのネーミングはいかがなものかインタビューしてみたい。
次回は第八歌集『ピシリと決まる』を読んでいきます。